第29話

 ――残り1ヶ月。


 私がギルバード邸のメイドとして居られる残された時間だ。


 シフト制で回るメイドの業務、それを管理するクライン様の『次の人材が確保できるまでの期間、なんとかそれまでは継続して働いて欲しい』というクライン様の要望を子爵様へ伝えたところ、ならばと、1ヶ月の猶予を与えられた。


「1ヶ月ですか……」


「はい……。『私の後が入って来るまで』という、ふんわりとした期間はダメでした」


「まぁ、そうでしょうね。――では、取り急ぎ求人広告を出すと致しましょう」


 そう言ってクライン様は求人広告の作成に取り掛かった。


 私の経験測から言って、1ヶ月という猶予は微妙なところ。だが、人気職種である故に日程さえ詰めれば1ヶ月以内に新しい人を入れる事は可能だと思う。

 但し、その後その新人メイドがどれ程の期間で仕事をマスターし、シフトに入れるようになるのか。こればっかりは個人差がある為何とも言えない。

 私の場合だと3日目からシフトに入るようになった。だが、遅い人だとそれだけで1ヶ月以上掛かる場合もあるとか。ただそれは本当に稀なケースらしく、大抵の者は1週間ほどでシフトに入るらしい。

 まぁ、あの厳しい採用試験を経て来るわけだから、そこは大丈夫だと信じたい。




 私からクライン様へ、皆に公表しないで欲しいと所望した為、ギルバード邸の中で、私の結婚、退職を知る者はクライン様のみだ。

 

 辞める事を前提とした場合と、そうでない場合とでは、同じ1ヶ月でも前者と後者、その内容は大きく異なるだろう。


 親しいメイド仲間達と最後まで、変わらぬ日常を過ごしたかった。――という理由が半分。

 

 もう半分の理由――




 いつものように客室の清掃をミリと2人でやっていると、


「――ねぇ、エミリアさん」


 作業をしながら声を掛けてきたミリへ、私も同じように返す。


「――ん? 何?」


「最近、旦那様とはどうなの?」


「……またその話? 何度も言ってるでしょう?違うって。 そもそも――」


「はいはい――こんな、私みたいなおばさんを旦那様のような御方が――、ですよね?」


 私が言わんとする言葉を予想で切り取り、それを口にすると、ミリは得意気な微笑みで私の方を向いた。


 そんなミリに私は膨れ顔で応じて、口を開く。


「……そうよ。 あなた達が聞いたっていう旦那様のそれは何かの間違い。なんでそう言い切れるかっていうとね――」


「はいはい。 で、最近旦那様とは、どうなんですか?」


 私の否定的な意見には全く聞く耳を持とうとしないミリ。こういった反応はミリだけではない。他のメイド仲間達もミリ同様。

 

「私の話聞いてる? どうもこうも、何もないわよ。あなた達と同じ、旦那様に仕えるただのメイド。それ以上も以下もないわ」


 口にした言葉が私の本意であるのには間違いない。彼女達の言う事こそが間違いだと。

 でも、そう口にしながらも、私は彼女達のその冷やかしの言葉が欲しい。


 ――真実では無い。分かっている。こんな事を思ってしまう自分が気持ち悪い。……こんなおばさんが、あろう事か年下の、それもあんな雲の上の人を相手に……。


 『何かの間違い』だった事を、旦那様の言ったその言葉こそが真実だと捉えている自分。


 旦那様との関係を、違う、と否定する自分に対して、他者からの『肯定』が入る事でそれが心地良く感じるのだ。


 ――え、そうかな? そう思う? だったら私が間違ってるのかな?


 と、そう思う事で、僅かな希望を見出すようで、嬉しくなって――その後、虚しくもなるのだが。


 私が結婚する事を彼女達が知ってしまえば、そう言った嘘の希望も見れなくなる。

 

 少しでも長く、私は旦那様の事を想いながら、ドキドキしていたい。

 

 ――うん。やっぱり私って、本当、気持ち悪い。

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