第27話
「――エミリア」
背後から呼ばれた私の名前。
子爵様の声だ。しかし、同時に感じた違和感――そう。子爵様は普段私の事をそう呼ばない。
いつもなら、
――『母君』。
これが私への呼称となっていたはずだ。そう思いながら私は恐る恐る振り返る。
「……はい」
比較的線の太い体型ではあるものの、決して太っているというわけではい。筋肉質のがっちりとした体型だ。
紺青色の髪はオールバックに整えられ、深みのある顔立ちに刻むシワは時の流れを感じさせる。
私から見た彼――ハワード・リデイン様は、40代半ば、威厳的で風格ある男性といった印象だ。
アリアの結婚後、度々ここを訪れるようになってから割と子爵様とは砕けた間柄になっていた。
その中で子爵様がよく口していた事。
アリアが嫁いできた事をどんなに自分が喜んでいるのか、どんなに大事に思っているのかを、まるで私へ伝えるかのように話し、それはおそらく彼が私に『娘の事は心配いらない。これからはリデイン家の大事な嫁としてしっかりと守っていく』と、そう伝えたかったのだろうと思う。
平民から貴族の世界へと嫁いで行ったアリアの事を親である私が心配しないわけが無い。
そういった私の煩慮を思い、子爵様は少しでもそれを払拭させようとしてくれていたのだと思う。私としても、その気持ちは素直に嬉しいと思ったし、同時に安心もした。
そんな心のやり取りが交わされる場、子爵様、マルク様、アリア、私と、歓談するその席にマルク様の母――つまりはリデイン子爵夫人の姿は無い。
子爵様の奥様は2年前に亡くなっており、今の子爵様は独り身。
しかし、亡くなった奥様への愛情は未だ健全の様子で、どれ程美しかったか、どれ程素晴らしい女性だったかを身振り手振りで語る子爵様の姿は見ていてとても微笑ましかった。
きっと2人は深く愛し合っていのだろう。そう思うとちょっぴり羨ましくも思えた。
子爵様は一見すると近寄り難いような雰囲気を纏っている。だが、実は穏やかで優しい人柄をしていて、更にお茶目な一面も持ち合わせる。
目と目を合わせ、会話をする度にいつも、なるほど、とその瞳の奥からも彼の優しい人柄は感じ取れていた。
しかし今、彼から受ける視線、その紺青色の瞳からはそれらが感じ取れない。
全く違う印象――
何だろう……この感じ……
いつもの『父』的な印象は無く。まるで、『男』が女を『女』として見るかのような……。
私の瞳へ、恍惚とした艶かしい視線が一点に注がれる。
そして、子爵様は次なる言葉を紡ぎ出そうと、口を開いた――
「エミリア――いつからか、私は貴女に魅入ってしまったようだ……」
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