第25話
あの日以来、私と旦那様との関係性にこれといった変化は、当然ながら何も無く、以前と変わらぬ主人とメイドの関係性を保っていた。
領主としての苦悩を漏らすといった弱い部分も、少し砕けた感じの雰囲気も、今の旦那様からは見て取れない。
紅茶の給仕の際にも、私へ向ける言葉数は少ない。
「失礼致します、旦那様。紅茶をお待ち致しました」
旦那様は厳しい目つきでただただ書類へ視線を落としたまま、
「……そこへ置いててくれ」
「かしこまりました」
こうした最低限の言葉のやり取りのみで、視線を上げる事すら無い。……いや、無くなった。
以前はもう少し旦那様の優しい微笑みが見れていた気がする……。
もしかして、避けられてる?
私はメイドとしての仕事に、より一層打ち込むようになった。
幸い、この職場環境は私の肌に合っているようで、良い人間関係にも恵まれている。
高額と想定していた報酬もその想定を上回ってくるもので、念願のお洒落を思う存分楽しめるようにもなった。
何不自由ない暮らし。楽しい毎日。将来へ対する安心感。
こうして娘に心配掛けずに、自分の力だけで生きていける環境を手に入れた。
まさに理想郷。これを得る為に私は貧民という身分でありながら、『貴族家の使用人』という高いハードルに挑んだのだ。
私の目指した目標。辿り着けた世界。新たな人生――歩く道標。希望に満ちた未来。
――私は今、幸せだ……。
「これは?」
「リデイン子爵家の使者が訪れて来て、これをエミリアに、と――」
「はい、ありがとうございます……」
クライン様から手渡されたのは一通の便り。一体何事かと、変な胸騒ぎを覚えながらもそれを受け取る。
クライン様も、私とリデイン子爵家との関係性を知らないが故に、疑問の目で私を見つめる。それを受けた私は答えるように口を開く。
「えぇ……私の娘の嫁ぎ先がリデイン子爵家でして……」
「何と……これは驚きました。貴女に娘君がいる事は伺ってはいましたが、まさかその娘君があの『ギルバード領一の美少女』だったとは――」
クライン様は目を剥き驚きの表情を浮かべ、直後、私の顔をじーっと見つめながら更に言葉を継いだ。
「――平民でありながらも、その美貌が故に貴族から求婚を受けた……ですか。なるほど。お目に掛かった事はありませんでしたが、貴女の娘と聞いて納得しました」
え?何に対しての納得?
それと、正確にはアリアはマルク様に求婚されたわけではない。
むしろその逆だった事を今ここで訂正するのも無粋な事と判断した私は苦笑を浮かべてこの場を誤魔化した。
それにしても、わざわざこんな便りが私へ届けられるなんて、アリアの身に何かあったのだろうか。
そんな胸騒ぎを覚えながら便りを手に自室に戻った私はそれを開封した――
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