第21話 ※ウイリアム視線

 ――『私の娘も……』




 朝日を感じ瞼を開けると、俺は上半身だけを起こして溜息を一つ吐いた。その、溜息の理由は聞かないで欲しい。


 『私の娘』……『私の娘』……。


 ――コンコン。


 扉を叩く音が響き、俺は「入れ」と、そう声で促す。


「失礼致します」


 やって来たのはクライン。彼は執事らしく颯爽とした足取りで寝台の上で上半身だけ起こす俺のもとへと歩み寄る。


「おはよう御座います。旦那様」


「あぁ、おはよう」


 寝台から降り、着替えに取り掛かる。すると更にメイドがもうひとり部屋へやって来た。


「おはよう御座います旦那様。朝食は如何なされますか?」

 

「ん、頼む」


 『私の娘』……『私の娘』……『私の娘』……


「かしこまりました。お待ち致しますので、少々お待ちくださいませ」


 そう言い残しメイドが退室していくと、次にクラインが口を開く。


「では、旦那様。本日のスケジュールをお伝え致します」


「あぁ、頼む」


 着替える俺の後ろからクラインがその内容を口にする。が、しかし、


「――……――……――……――」

『私の娘私の娘私の娘私の娘……』


 頭の中を流れるノイズに掻き消され、クラインの言うその内容が入って来ない。


「――旦那様?」


 クラインの怪訝な表情がこちらを向く。


「ん?何だ?」


「今、聞いてましたか?」


「……もちろんだ」


「まるで魂が抜けたかのような表情に、着替える手も止まっていましたが?」


「……気のせいだ」


 クラインはその怪訝な表情を一瞬更に深めたように見えたが、


「そうですか……。では、本日は以上のスケジュールでよろしくお願い致します」


 すぐにその怪訝な表情を引っ込め、気を取り直していつものように丁寧且つ、エレガントなお辞儀をしてみせた。


「あぁ、分かった」


 分かったと言いつつ、本当は全く分かっていない。だが、分かったフリは一応、しておこうと思う。


「では、私はこれで失礼致します」


 クラインは再び一礼すると退室して行った。そして、部屋には俺ひとりとなる。


「――はぁ」


 瞬間、深い溜息を吐くと同時に、どうしようもない脱力感が俺を襲う。


『私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘………』


 ――あぁ。俺の頭を駆け巡っているコレか?


 何、大した事では無い。ついこの間来たばかりの新人メイドが既婚者だった。ただそれだけの事。俺には全く関係ない。興味、関心も一切無い!


『私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘私の娘……』

 

 ん?大丈夫かって?……何が?


 ――昨日の事?いや、知らないな。


 何も無かった。 

 うん。そんな……人妻を抱き締めたりだとか、そんな事は一切無かった。


 ――え?

 

 じゃあ、この脳裏に焼き付いて離れない、『愛しい人が胸の中で納まる感覚』はどう説明するかって?

 

 さぁな。夢でも見ていたんじゃないか。俺は。

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