第29話 幻想DIY(3)

 カワセミは、小窓に水色の羽毛に覆われた肘を付いて空を眺める。

 よく澄んだ良い空だ。

 ハーピー にとって空とは見上げるものではなく、常に同じ高さにあるもので、見上げるのなんて休む時か、食事をする時くらいなものだ。

 だから双子の妹から大地に家を作りましょうと言われた時に驚きを隠せなかった。

 そんな発想を持った事なんて一度もなかったから。

 それから奥方様とオモチ様に手伝ってもらい、家を作った。

 家と言っても王の屋敷みたいな立派なものではない。

 手頃な広さの土地を掘って慣らし、その上に太くて丈夫な木と蔦を使って骨組みを作る、そして樹皮や藁を屋根や壁の代わりにする為に何重にも重ねると立派な家へとなる。

 実際の住み心地も上々だ。

 木の枝と藁が断熱の代わりをして外気の熱を吸収し、室内を適温に保ってくれている。奥方様の提案で窓を付けたのも功を奏し、風通しも良く、日光も通る。

 妹も雨の日でも気にしないで寝る事が出来ると喜んでおり、家の制作はほぼほぼ成功と言っていい。

 そう・・・ほぼほぼ。

 どんなものにも良いことと悪いことがある。

 良いことは今、述べたこと。悪いことは定住場所を決めてしまうと簡単に誰かが押しかけてくることが出来てしまうと言うことだ。

 今みたいに・・・。


「ああーっウグイスぅぅぅぅ!」

 アケは、蛇の目から大粒の涙を絶え間なく流しながら、緑髪と翼を持った幼い顔つきをした少女、ウグイスの胸の中で泣いていた。

「おおっよしよし嫌だったねえ」

 ウグイスは、自分の胸に顔を埋めて泣くアケの髪の毛を優しく撫でながら赤子を扱うように慰める。

 その周りをアズキが心配そうに走り回る。

 外見ではアケの方が年上でウグイスの方が年下に見えるのにこれではあべこべだ。

 カワセミは、いい加減に呆れてしまう。

「つまりアレですか奥方様?王とその家精シルキーがあまりに仲良さそうにしているのが気に入らなくて飛び出してきたって事ですか?」

 自分で口に出して、尚更にくだらないと思ってしまう。

 よりによって家精シルキーに嫉妬するなんて愚行も甚だしい。

「だって・・・」

 アケは、蛇の目から流れる涙を拭い、唇キツく結ぶ。

「すごい綺麗なんだよ家精シルキー。もう大人の女性って感じで色気たっぷりで。主人は楽しそうに話すし、しかも私が来るまでずっと子守唄を歌ってたって言うの」

 泣きじゃくりながら話すアケをウグイスは、よしよしと頭を撫でる。

「あとね。私のこと見て笑うの。勝ち誇ったように。きっと私を一つ目不細工貧相小娘って思ったんだわ」

 自分で言って大泣きする。

「そんなことないよ〜アケは可愛いよ〜」

 ウグイスは、さらに頭を撫でて背中を摩り、アズキはそんなことないよと言わんばかりに鼻をアケの手に擦り付ける。

「よくもまあ被害妄想で自分をそんなに陥せますね」

 カワセミは、呆れを通り越して感心する。

 アケは、育ってきた環境のせいか自己肯定感がかなり低い。それに人との距離感がうまく掴めず、一見、大人だが精神の成長に凸凹がある。

 その為に他者と比較して自分が劣っていると感じてしまうから嫉妬する必要もないようなことで嫉妬する。さらには感情もうまくコントロール出来ずに今みたいに子どものようにもなってしまう。

「・・・十分綺麗で魅力的なのにな」

 カワセミは、ほそっと言葉を漏らす。

 2人と1匹は、そんなカワセミの小さな本音など聞こえておらず泣き叫び、慰め合っている。

「それにしても何でお風呂をそんなに作りたいんです?」

 カワセミが素朴な疑問を口にする。

 凍りついたようにびたりと止まる。

 アケとウグイス、アズキまでも「えっ?」と口を丸くしてカワセミを見る。

 2人と1匹に一様に見られ、カワセミは少したじろぐ。

「いや、さっきの話しじゃないけど身体を綺麗にするなら小川があるし、冷たいなら沸かせばいいのにな、と」

 まあ、既にやってるみたいだけど、と付け足す。

 カワセミの言葉にウグイスは、盛大にため息を吐く。

「分かってないなあ。兄様は」

 額に手を乗せて何度も頭を振る。

 我が兄ながら嘆かわしいと言わんばかりに。

「小川の水で身体を拭くだけで綺麗になると思う?」

「?いや、綺麗になるだろ?少なくても奥方様を汚いなんて思ったことはないぞ?」

「兄様が綺麗だと思っても仕方ないのよ!」

 ウグイスは、声を張り上げ、長剣レイピアのように人差し指を兄に突き刺す。

「アケは!王に綺麗と思ってもらいたいの!兄様に綺麗だなんて思ってもらっても嬉しくも欠片ないの!」

 なんだろう?

 妹の全ての可能性を断ち切るような文字通りの断言にカワセミは心が痛々しく震えて、涙が出そうになる。

「そんなことないよ。嬉しいよ」

 そんなカワセミの様子に気づいたアケがウグイスの服の裾を掴んでぐいっと引っ張りながらフォローする。

「ただね。主人って鼻がいいからさ。私のことを臭いって思ってるんじゃないかな、と思って」

 アケは、頬を真っ赤にして俯き、肩に流れる髪の先端を弄る。

 香木を取りに行った辺りからずっと気になってたのだ。

 ツキは、優しいから言わないけど本当は臭いって思っているのではないか?そう思うだけで夜も眠れない。

「ねっ?分かる?この乙女心!それなのに本当に男共は!」

 ウグイスは、怒りに眉を吊り上げる。

 それに同調するようにアズキも怒りの雄叫びを上げる。

 いや、お前は雄だろう!とカワセミは、胸中で突っ込むが女子達の同調力に何も言えなくなる。

 そんな兄を放ってウグイスは、アケに向き直り、ぽんっと肩を叩く。

「アケ!私達でお風呂作ろう!」

 ウグイスの申し出にアケは蛇の目を丸くする。

「私達ね。これでも諸国漫遊して様々な見聞を深めてるのよ!お風呂なんてちょちょいのちょいよ!」

 そう言って兄を見て笑う。

「ねっ兄様!」

「へっ?」

 カワセミは、思わず間抜けな声を上げる。

 ウグイスは、それを了承と受け取った。

「よおし!アケの為にお風呂作るぞお!」

 ウグイスは、緑色の羽に覆われた腕を高く伸ばす。

「おー」

「おー」

「ぶぎい」

 アケとカワセミ、そしてアズキは戸惑いながらも小さく手を上げた。

 かくしてアケ、ハーピー 兄妹、そしてアズキによるお風呂作りが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る