第13話

 あるところに仲の良い家族がいました。父親と母親、それに二人の子供からなる四人家族でしたが、中でも一番下の娘は病弱だったためほとんど病院で過ごす日々を送っていました。

 そのせいであまり友達を作ることができずに寂しい思いをしていましたが、家族のおかげで寂しさを感じずに過ごすことができていました。

 特に母親が献身的に看病してくれたおかげで体調を崩すこともなく元気に育っていったのです。


 やがて中学生になった彼女は少しずつ大人へと近づいていきます。それに伴い女性らしい体つきになっていくにつれて、周囲から注目されるようになっていました。

 その事に気づいた母親は喜びましたが、当の本人はあまり嬉しくなかったようです。

 というのも学校では孤立しており、親しい友人もいませんでしたから話す相手すらいなかったからです。

 だからといって家にいる時は退屈な時間を過ごすことになるため、不満を感じるようになっていました。


 そんなある日のこと、母親に連れられてある場所に向かいました。そこは大きなお屋敷でしたが、なぜか周囲には人の気配がありません。

 不思議に思いながらも案内されるままに中に入ってみると、そこには一人の男性が立っており、こちらに気づくと微笑みながら挨拶をしてきたのです。


「やあ、こんにちは。今日は来てくれてありがとう」


 そう言って握手を求めてきたのでそれに応えると、自己紹介を始めました。


「僕は柊正一と言います。君のお母さんとは古くからの友人でしてね、頼まれてここへ連れてきたんですよ」


 それを聞いて驚きました。なぜなら自分と同い年くらいの子供がいることに驚いていたからです。

 さらに言えば顔立ちが良くて美形だったこともありますが、それ以上に気になったのは彼女の事を知っているような口ぶりでした。それについて尋ねてみると意外な答えが返ってきます。


「ええ、知っていますよ。君は僕の娘だからね」


 それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になりました。確かに似ているところもありますが、それでも信じられなかったからです。

 そんなことを考えていると、彼はおもむろに近づいてきて頬を撫でてきました。そして顔を近づけてくると耳元で囁いてきました。


「信じられないなら証拠を見せてあげようか?」


 その言葉を聞いた途端、背筋がゾクッとするような感覚に襲われてしまい、思わず後ずさりをしてしまいました。それを見た彼がクスリと笑うと、また話しかけてくるのです。


「怖がらなくても大丈夫だよ。優しくしてあげるから安心しなさい」


 そう言いながらゆっくりと迫ってくるのを見て恐怖を感じたものの、逃げることができませんでした。なぜなら体が動かなかったからです。

 まるで金縛りにあったかのように指一本動かせないまま固まっていると、彼の手が伸びてきて頬に触れてきます。それからしばらく撫で回された後で今度は首筋の方へと移動してきました。その瞬間、全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れ出します。

 しかしそんなことはお構いなしに続けていくうちに徐々に顔が近づいてきたので顔を背けようとしたのですが、いつの間にか両手で固定されており動かすことができなくなっています。

 そうしている間にも距離は縮まっていき、とうとう唇が触れそうになったところで思わず目を瞑ったのですが、次の瞬間には柔らかい感触と共に生暖かいものが口内に侵入してきたので驚いてしまいました。

 何が起こったのか分からずにいると、今度は舌を絡められて吸われてしまいます。さらには歯茎や上顎などをなぞられながら蹂躙されていくうちに次第に頭がボーッとしてきて何も考えられなくなると同時に力が抜けていき、気がつけば彼に身を委ねるような形でもたれかかってしまっていました。それを満足そうに見つめるとようやく解放してくれたので、荒い呼吸を繰り返しながら呆然としていると、今度は耳元に顔を寄せてきたかと思うと囁きかけてきました。


「どうだい? これでもまだ信じられないかい?」


 その言葉を聞いて小さく首を横に振ると、満足したように笑みを浮かべると、今度は正面から抱きしめられてしまいました。

 突然のことに戸惑っていると、今度は頭を撫でられます。最初は戸惑っていたのですが、だんだんと心地良くなってきたので自然と身を任せていると、突然首筋に痛みを感じたので悲鳴を上げました。

 見ると彼の歯が食い込んでいるではありませんか。慌てて引き剥がそうとしたのですが、力が強くて離れられません。それどころか噛み付く力が強くなっていく一方で血が滲み出てきたのか口の中に鉄の味が広がっていきます。

 あまりの痛さに涙が流れ出るのを感じながら必死に抵抗していると、ようやく口を離してくれたので安堵したのも束の間、今度は反対側の首にも同じように歯を立てられてしまうのでした。

 そして同じように血を吸われた後で解放されると、その場に崩れ落ちるように倒れ込んでしまいます。そんな彼を見ながら満足げな表情を浮かべると、手を差し伸べてくれたのでその手を掴むとゆっくりと起き上がりました。

 するとそこで初めて自分が裸になっていることに気づいたのです。しかも全身が傷だらけになっており、特に首にはくっきりと痕が残っていることに気づきました。

 それを見て困惑していると、彼が説明してくれることになりました。その内容は以下の通りです。

 まず最初に娘のことを教えてくれた女性は、この屋敷の主人の妻である女性だそうです。つまり私の実の母親ということになりますね。そんな彼女はある病を患っていて長くは生きられない状態だったらしく、このままでは娘を残して死んでしまうことを恐れた結果、藁にもすがる思いで私を訪ねてきたのだそうです。

 最初こそ断っていたのですが、何度もお願いされたことで根負けしてしまい、最終的に引き受けることにしたらしいですね。ちなみにどうしてそこまでしたのか聞いてみると、やはり我が子のことが心配だったようで、何とか助けてあげたいと思っていたようです。

 ただ一つだけ問題があったそうで、それは私が男性恐怖症になっていたことです。その原因は幼い頃に受けた虐待によるものだったのですが、当時は何も知らずに過ごしていたため、後から聞かされた時にはとても驚いたと言っていました。


 その後で色々と話し合った末に私に全てを打ち明けることを決め、今日を迎えたわけですが、その結果として今の状態になってしまったわけですね。

 話を聞いているうちに何となく理解することができました。それと同時に申し訳ない気持ちが込み上げてきたのですが、すぐに首を振って気持ちを切り替えます。何故なら目の前にいる彼に対して怒りを感じていたからです。

 いくら自分の母親を助ける為とはいえ、ここまでする必要はなかったはずですし、何よりも許せないことがあります。

 それは私に対する仕打ちについてです。私は彼にとって他人かもしれませんが、私にとっては唯一の肉親であり大切な存在でもあるのです。それなのに酷い目に遭わせられただけでなく、命まで狙われているのですから到底許せるものではありません。だからこそ絶対に復讐してやると心に誓いました。

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