第11話

 あるところに仲睦まじい夫婦がいたのですが、ある日のこと、夫の浮気が発覚しました。それも一人ではなく複数の女性と関係を持っていたことが発覚したのです。

 そのことを知った妻は激怒して夫に詰め寄ります。それに対して夫は悪びれる様子もなく開き直った態度で反論しました。

 その様子を見た彼女はますます怒りを募らせていき、ついには手を上げてしまいました。

 しかしすぐに我に返り、慌てて謝ります。ところが時すでに遅く、頬を叩かれた夫は怒りを露わにしながら家を出ていきました。

 それからしばらくの間、顔を合わせることもなく気まずい日々を過ごしていたのですが、このままではいけないと考えて話し合いの場を設けることにしました。

 そこで改めて話し合うことにしたのですが、お互いの主張をぶつけ合った結果、どちらも譲らずに平行線を辿るばかりです。そのため、なかなか決着がつきませんでしたが、最終的には離婚することに決めました。

 慰謝料などの手続きに関しては弁護士に相談したのですが、予想以上にスムーズに進んだため驚いてしまいました。おそらく事前に用意していたのではないかと睨んでいたほどです。

 やがて全ての手続きが完了したところで正式な離婚が成立しました。これにより晴れて自由の身になったわけですが、だからといって何かが変わるわけではありませんでしたね。むしろ以前よりも不自由な暮らしを強いられることになったのでうんざりしてしまいます。

 しかも厄介なことに借金まで背負う羽目になってしまったのですから最悪ですよ。まあ自業自得と言われればそれまでなのですがね……


 そんなわけで現在は一人で生活をしているのですが、これが意外と快適なものでした。今までは家事全般を自分でやっていたのですが、これからはやらずに済むと思うと気が楽になりますね。

 おまけにお金にも余裕が出来たので好きな物を買えるようになりましたから、それだけでも大きな変化と言えるでしょう。

 とはいえ、贅沢が出来るほどの余裕があるわけではないので、その辺りは気をつけないといけないですね。

 それに今のところは大きな不満もありませんからこのままでもいいかなと思っています。何よりあの人と一緒になるよりもマシですし、今の方が幸せだと思えますからね。


 そんなある日のことです。突然、見知らぬ女性が現れて声をかけてきたではありませんか。一体何事かと思っていると、いきなり腕を掴まれてしまいました。そして強引に連れて行こうとしたのです。

 突然のことに動揺してしまい、抵抗することができませんでした。そのまま引きずられるようにして連れて行かれそうになったその時、誰かが間に入って止めてくれました。おかげで事なきを得たのですが、一体何が起きたのか理解できずに混乱していると、目の前にいる女性が話しかけてきました。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな様子で尋ねてきたので、とりあえず頷いておきます。すると女性はホッとした様子を見せた後、再び話しかけてきたのです。


「もしよろしければ少しお話をしたいのですがよろしいですか?」


 そう言われて迷ったものの、特に断る理由もなかったので承諾しました。すると彼女は嬉しそうな顔を浮かべてから歩き始めました。その後に続くようにしてついていくと、近くにある喫茶店へと入りました。そこで飲み物を注文してから一息つくと、ようやく落ち着きを取り戻してきたので、改めて彼女に話しかけてみることにしました。


「……あの」


 恐る恐る声をかけると、彼女は笑顔で応じてくれました。


「はい、何でしょうか?」

「えっと、助けていただいてありがとうございました」


 そう言って頭を下げると、慌てた様子でこう言いました。


「いえいえ、気にしないでください」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ。あのままだったら連れ去られていたかもしれませんからね」

「確かにそうかもしれませんが……」


 そう言いながらも納得していない様子だったので、さらに言葉を続けます。


「それにあなたには感謝してもしきれませんから、お礼をさせてください」


 そう言うと、彼女は困ったような表情を浮かべていましたが、しばらくすると諦めたらしく、渋々といった様子ながら受け入れてくれたようです。そしてしばらく悩んだ後でこんなことを言い出しました。


「それでは一つだけお願いを聞いてもらってもいいですか?」


 それを聞いて頷きました。


「もちろんです。私にできることなら何でも言ってくださいね」


 すると彼女は嬉しそうに微笑みました。


「ありがとうございます!それなら早速なんですが、私と付き合っていただけませんか?」

「……えっ!?」


 予想外の展開に驚いていると、彼女は更に畳み掛けてきます。


「実は以前からあなたのことが好きだったんです」

「そうだったんですか? 全然知らなかったです」

「当然ですよ。だって初めてお会いしたんですから」


 そう言って笑う姿はとても可愛らしく見えました。そんな彼女を見ているとドキドキしてきてしまい、まともに目を合わせられなくなってしまいます。

 すると何を勘違いしたのか、彼女が申し訳なさそうに謝ってきました。


「ごめんなさい、困らせてしまって」


 そう言って俯く姿を見ていたら放っておけなくなりました。なので思い切って告白することにしたのです。

 すると驚いた顔でこちらを見つめてきました。どうやら信じられないといった感じの様子ですが、構わず続けます。


「私もあなたの事が好きです。ですからお付き合いしたいと思っています」


 それを聞いた途端、彼女の顔がぱあっと明るくなりました。そして感極まったように抱きついてきたのです。私はそれを受け止めて優しく頭を撫でました。

 それからしばらくの間、二人で抱き合っていましたが、やがてどちらからともなく離れて席に着きました。

 その後は他愛もない世間話などをした後で解散することになったのですが、別れる間際になって連絡先を交換することになりました。

 お互いに携帯を取り出してアドレスを交換してから別れようとしたのですが、最後に一つ質問してみることにしました。


「そういえばまだお名前を伺っていませんでしたよね?」


 すると彼女は微笑みながら答えてくれたのです。


「そう言えばそうでしたね。すみません、うっかりしていました」

「いいえ、気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうですか、それなら良かったです。それで私の名前ですが、柊美鈴と言います」


 それを聞いて驚きました。なぜならその名前は彼女の容姿にぴったり合っていたからです。

 私が呆然としていると、彼女は不思議そうな様子で見つめてきましたが、すぐに笑顔に戻りました。


「ではまた近いうちにお会いしましょうね」


 そう言って手を振りながら去っていきました。それを見送った後、私も自宅に戻ることにします。帰り道の途中でふと先程のことを思い出しました。

 まさかあんな事になるとは思ってもみなかったのですが、今となっては後悔していません。何故なら彼女と付き合うことになったのですから、これほど嬉しいことはありませんからね。

 それからというものの、毎日のように連絡を取り合うようになり、デートを重ねていくうちに親密な関係になりました。そして何度目かになるデートの時にプロポーズをして結婚することになったのです。

 結婚式を挙げた後は新婚旅行へ行きました。場所はハワイでしたがとても楽しかったですね。その帰りに立ち寄ったお店でお揃いの指輪を購入しました。もちろんペアリングですよ。これで私たちは本当の意味で夫婦になれた気がしますね。これから先の人生もずっと仲良くしていきたいと思います……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る