第9話
ある日のこと、お爺さんとお婆さんは散歩に出かけていたのですが、途中で休憩するために近くの公園に立ち寄りました。
ベンチに座って休んでいると、一匹の野良猫が近寄ってきたのです。どうやらお腹が空いているらしく、しきりに鳴いています。それを見た二人は可哀想に思ったので、持っていたパンをあげることにしました。
しかし、すぐに食べ終えてしまい、おかわりを要求してきたのです。仕方なく追加で与えると、あっという間に平らげてしまいました。よほど空腹だったのか、次から次へと口の中に入れています。
その勢いは凄まじく、瞬く間に無くなってしまいました。それでもまだ足りないようで、もっとないのかと言わんばかりにこちらを見続けてきます。そこで今度はお菓子を与えてみると、そちらに興味を示してくれたので安心しました。
ところが一口食べた途端、いきなり苦しみだしたのです。慌てて水を与えようとするも間に合わず、その場で倒れてしまい二度と起き上がることはありませんでした。
死因は毒物による中毒死だと判明しましたが、なぜそのようなことになったのかは不明でした。おそらく食べ物に混入していたのではないかと推測しています。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、それは犯人は絶対に許さないということですかね。見つけ次第相応の報いを受けさせてやりたいと思っています。
それから数ヶ月ほど経ったある日のことです。いつものように散歩していると、ふと気になるものがありました。
それは道路脇に佇む小さな地蔵さんです。
よく見ると供え物が置いてありましたので、誰かがお参りに来たのでしょう。それを見て感心している時でした。
突然背後から声をかけられると同時に肩を叩かれたのです。驚いて振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていたのです。一体誰だろうと疑問に思っていると、その人は笑顔で話しかけてきました。
「初めまして、私はこの近くにあるお屋敷に住んでいる者です」
それを聞いた瞬間、嫌な予感がしました。何故ならその屋敷には心当たりがあったからです。なぜならそこは以前住んでいた場所であり、今は空き家になっていることを知っていたからです。
もしかするとこの人は引っ越してきた人なのでしょうか?
そんなことを考えているうちに話は進んでいきます。どうやら自己紹介をしたかっただけのようですね。彼は自分の名前を名乗ると、再び質問してきました。
「あなたのお名前は?」
それに対して素直に答えるわけにはいきません。なにしろその名前はかつて自分が名乗っていたものだったからです。しかも屋敷に住んでいた頃の話ですので、尚更口にすることはできませんでした。そのため、適当なことを言って誤魔化します。
「私の名は太郎と言います」
すると相手は納得した様子で頷きました。
「なるほど、太郎さんですか……」
それからしばらく間を置いてからこう言いました。
「実はお願いがあるんですが聞いてもらえませんか?」
そう言われた時に何となく察しました。恐らくお金の無心でしょう。世の中にはそういう人もいると聞いたことがありましたからね。まあ別に構いませんけど、出来れば他の人を当たってもらいたいものです。何せ自分にはもう関係のないことですし、何よりあの屋敷にはもう関わりたくありませんから……
「すみませんが他をあたってください」
きっぱりと断りを入れると、足早にその場を立ち去りました。後ろから呼び止める声が聞こえてきたような気がしましたが、構わず走り続けました。
そしてある程度離れたところで立ち止まり、後ろを振り返ります。当然ながら誰もいませんでした。どうやら諦めてくれたみたいですね。やれやれと思いながらも安堵していると、近くで猫の鳴き声が聞こえてきました。
見ると首輪をつけた三毛猫がこちらを見つめています。なんとなく気になってしまい近づいてみると、向こうの方から近付いてきて足元に擦り寄ってきました。まるで甘えるかのような仕草を見せてくるので、つい頭を撫でてしまいました。それが嬉しかったのかゴロゴロと喉を鳴らしていましたよ。その姿を見ていたら自然と笑顔になりましたね。
そこで思い切って抱き上げてみると、意外にも大人しくしていてくれました。それどころか気持ち良さそうな顔をしていたので驚きましたよ。そのまま抱きかかえたまま家路につくことにしました。
幸いにも近くに動物病院があったので診てもらうことにしたのです。すると特に異常はないとのことだったので一安心しました。
その後、念のために注射を打ってもらった後、簡単な検査を受けてもらいました。結果は特に問題なしということでした。それを聞いてホッと胸を撫で下ろします。これで安心して暮らせると思ったからです。
ちなみに料金の方は無料にしてもらえたので助かりました。
こうして無事に治療を終えた後は家に帰りました。その間ずっと猫はおとなしくしていましたよ。おかげでとても楽が出来ましたね。
そして診察室を出ると、受付の人から一枚の紙を渡されました。どうやら飼い主が見つかったようです。つまりこの子とはここでお別れということでしょうね。
せっかく仲良くなれたというのに残念ですが仕方がありません。それにいつまでも手元に置いておくわけにはいかないですからね。
なので別れ際に頭を撫でてあげました。すると嬉しそうに鳴いてくれたので、こちらも嬉しくなりました。それと同時に名残惜しさを感じましたが、これ以上長居しても迷惑になるだけなので帰ることにしました。最後にもう一度だけ撫でておくと、元気よく返事をしてくれたので思わず笑ってしまいます。
それを合図に後ろ髪を引かれる思いでその場を離れることにしました。そして出口に向かうと、そこで振り返ります。
「……元気でね」
そう呟いて手を振りながら別れを告げたのでした……
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