第19話

(ベンジャミン様はどうしてここまで、わたくしのために動いてくれたのかしら)


その理由もわからないまま、不思議な時間を過ごしていた。

しかし次第にベンジャミンがここにいていいと言うのなら、今はいいかという楽天的な思考へと切り替わる。


それに加えてこんなにいたせりつくせりでいいのだろうかという疑問が湧き上がる。

お腹いっぱいになり、改めてこうなった経緯を話そうとベンジャミンの方を向いた時だった。



「マティルダ、もう少し休んだら?」


「え……?」


「あんなことになって、森の中を歩き回って疲れただろう?足もボロボロだったから心配なんだ」



マティルダの足には丁寧に包帯が巻かれている。

腕にも傷の手当てがされている。

ベンジャミンの優しさに荒んでいた気持ちが絆されていく。

マティルダはヘラリと笑いながら手を合わせた。



「あの……ありがとうございます。ベンジャミン様」


「うん、いいんだよ……でもマティルダをあんな風に追い詰めたアイツらを僕は絶対に許さないから」


「ベンジャミン様!?落ち着いてくださいませ!」



恐ろしい怒気を孕んでいるベンジャミンを前にマティルダは息を呑んだ。

ブツブツと「許さない…」と呟いているベンジャミンの姿を見て、どうしたものかと考えていると、窓から差し込む日差しが先程まで寝ていたベッドを照らしていることに気づく。

まるでスポットライトのように〝ここで昼寝したら気持ちいいよ〟と誘われているようではないか。

そんなマティルダの気持ちを見透かしているようにベンジャミンはにっこりと笑みを浮かべながらベッドを指差している。



「そこで昼寝したら、とても気持ちいいだろうね」


「ですよね!わたくしも丁度そう思っていたところなんです!」


「マティルダの表情はコロコロと変わって面白いね」


「そうでしょうか?」


「マティルダのそんなところが、ずっと可愛いなと思っていたんだ」


「……!」



ちょこちょこと挟まる甘いセリフにどう対応していいのかわからずに、戸惑いつつもマティルダはヘラリと笑って受け流す。

ベンジャミンのキャラの変化についていけない部分もあれど、これだけ親切にしてくれるのだからきっといい人なんだと悠長に思っていた。



「話は昼寝のあとにしようね」


「ですが、こんなによくしてもらって申し訳ないです……!」


「僕がやりたいからしているんだよ。だからマティルダは気にしないで」


「で、では……お言葉に甘えて失礼致します!」



マティルダはそう言って陽が当たってポカポカしているベッドへと寝転がった。

大きく息を吸うと先程まで大量にあった花の残り香に癒されつつも思いきり伸びをした。


(はぁ~~~!なんて幸せなの!!!)


あまりの気持ちよさにマティルダはすぐに眠たくなってくる。

ぼんやりと視界が歪んでいき、ゆっくりと瞬きをしていた。

こちらを嬉しそうに眺めているベンジャミンの優しい表情に無意識に手を伸ばした。


(ベンジャミン様、どうして仮面で素顔を隠していたのかしら……)


あの黒い兎の仮面の意味はわからないが、ベンジャミンなりの理由があるのだろう。

意外にも表情が豊かなベンジャミンを見て笑みを浮かべていると、ベンジャミンは大きく目を見開いたあとに、ふんわりと包み込むようにマティルダの手を握った。

まるで壊れ物を扱うようにそっと手を体の上に乗せると、マティルダの瞼は完全に閉じてしまう。

そして、ベンジャミンはマティルダの金色の髪をそっと手に取り唇を寄せた。



「おやすみ、マティルダ」



ベンジャミンの優しい声が耳に届いた気がした。



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