第15話

マティルダがシナリオと全く違う対応をとっても動じないシエナにある考えが思い浮かぶ。


(もしかしてシエナ様は……)


しかしそれに気づいたとしても遅すぎたのだろう。

もうマティルダに選択肢はない。

シエナの外見とそれを取り囲む攻略対象者達を見ながらマティルダは頭を下げた。


「連れて行け」とローリーが言うと戸惑う騎士や婚約者の元から抜け出してきた令嬢達がこちらに向かってくるところが見えた。

しかしこのままマティルダと関わり、庇うようなことがあればローリー達に何を言われてしまうかわからない。

牽制の意味も込めてマティルダは自分の周囲に小さな雷を落とした。


ピタリと止まる足。


ショックを受けた騎士や令嬢達に向けて、マティルダは小さく首を横に振った。

それからマティルダが攻撃してきたと騒ぎ立てるローリー達にカーテシーをして背を向けた。



「──マティルダッ!」


「…………」



ローリーの怒号を無視して扉へと歩いて向かう。



「皆様、ごきげんよう」



無駄な抵抗かもしれないが、泣きながら去っていくことだけはしたくなかった。

パタリと閉まる扉と共にマティルダは肩を落とす。


もうこの国に居場所はないのだろう。

乙女ゲームからの退場である。


(…………これで〝元〟悪役令嬢ね)


ガルボルグ公爵邸に帰ったとしても、ローリーの誕生日パーティーの夜の部にやってきた両親が話を聞けば『恥晒し』と言われて、どんな目に遭うかは目に見えている。

たとえ全てがでっち上げの嘘だとしても騒ぎを起こした責任を取れと言われそうである。考えるだけで面倒であった。


城の門をくぐり、マティルダはドレスのまま歩き出したが今更、悔しい気持ちが溢れて止まらなくなった。

じんわりと目に浮かぶ涙を振り払うようにして駆け出した。


もちろん公爵邸には帰りたくないが、お金も持っていないので何もすることはできない。

この姿では目立ってしまうと思ったマティルダは街の路地裏に入る。

とりあえず昼間でよかったと思った。

夜ならばすぐに人攫いにあってしまっただろう。

途中で痛む足に気づいてボロボロの靴を脱いでから歩いていく。

とにかく誰もいない静かな場所に行きたかった。

ひとつだけ心当たりがあるのは、ベンジャミンと行った森だった。


マティルダはそのまま歩いて森の中に向かった。

まさに天国から地獄へ落ちていっている気分だった。



「あれ……?」



マティルダはベンジャミンと行ったことがある花畑を目指したつもりだったが、何故か立っていたのは崖の上であった。


(な、なんで……?)


しかし歩き続けたせいか足が痛んでヒリヒリとしていた。

その場に座り込んだ。分厚いドレスがクッションとなり丁度いい。

枝や葉で引っかかったのか、肌や足の裏、ドレスもボロボロだった。

何度も無意識に重たい溜息が漏れる。

しかし青々と広がる空を見上げていると悩みなんてどうでもよくなるような気がした。

暫くは何も考えずにその場に座っていたが、風がビュービューと吹き荒れており寒さを感じて立ち上がった。



「これからどうすればいいんだろう……」



そう呟いても誰も答えてはくれない。

いつのまにか周囲は薄暗くなっていく。

ずっとここにいても仕方ないと立ち上がって汚れたドレスを払いつつ、あることに気づく。


(アクセサリーはいいとしても、こんなに汚れてしまう前に町でドレスを売ればよかった……!最悪だわ)


今になって残る後悔……マティルダは肩を落とした。

沈んでいく太陽と同じように気分も落ちていく。



「はぁ……」



ため息が冷たい空気に消えていく。


(とりあえずは寝るところの確保かしら。娼館……は自信ないわ。今晩は教会に身を寄せて今後のことを考えましょう)


マティルダは鼻水と涙を乱暴に拭った。



───そんな時だった。

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