20歳年上の、あなた

@rabbit090

 あなたは、ただただ優しい人だった。

 

 お茶が飲みたいとワガママを言い、浩之ひろゆきは苦笑いを浮かべながら頷いた。

 分かっていた、私と彼の関係は、恋などではないということに、職場に馴染めずいじけていつも不機嫌な態度を表していた私に、浩之は親切を無条件で、投げかけてくれていた。


 じゃあ、それって愛なの?と聞かれたら何だか、多分違っている。

 私はただただ孤独で、叫びだしたくてずっと、かきむしられるような気持ちから逃れられなかったというのに、あなたといるとずっと、本当にびっくりするぐらい、穏やかに笑っていられた。


 幸福を、享受している。

 その事実をただ、受け入れていた。


 なのに、私はあなたを捨てて今、お嫁に行こうと思うの。

 「君が決めたことだから、俺は尊重する。」

 「………。」

 馬鹿な私は、一言も発することができず、ちょっと苦しそうな笑いを浮かべながら去っていくあなたを、いつまでも見つめていた。


 その時は、生まれてから一番切ないような気持ちになっていたし、それが持て余してしまう程、甘美で、愛おしくて、だから罪悪感から逃れられなくて。


 「ごめんなさい。」

 あなたを裏切って、あなたを傷つけて、私は。

 ただ黙って、泣くことすら許されないのだと、思った。

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