探索編
第六章 天の采配、つながる世界
[6-1]つながる縁、不測の一矢
日本にいた頃、僕は夜更かし朝寝坊の常習犯だった。アラームで起きた後も布団の中でスマートフォンを
休日ともなれば普段より二時間くらい長く布団にこもっていた。
人間って必要に迫られると習慣を改善できるんだね。ここに来て、今はすっかり朝型の生活サイクルになっている。
起床は朝の五時、顔を洗って歯を磨いて、身支度を整えたら朝ごはん……といきたいところだけど、残念ながらすぐに食べられそうなものがここにはない。イーシィは料理をしないので、何か作るにも材料がなかった。
「おはよー、こーやん。どしたの、朝から難しい顔して」
古めかしい台所でどうしようかと悩んでいたら、起きてきた銀君に声をかけられた。その後ろから、クジラを引きずってイーシィもやってくる。
「おはですにゃん。こーにゃん、ごはん作ってくれるのですかにゃ?」
「うん、作ろうと思ったんだけど、食材がなくって。しぃにゃんはいつも朝ごはん、どうしてたの?」
予想はつくけど一応尋ねたら、イーシィはクジラを持ち上げ顔を半分隠して、上目遣いで僕を見た。
「こーにゃんが
「缶詰? 覚えてないけど、まだあるならそれ食べよっか?」
「ぜんぶ食べちゃいましたにゃ……」
きらめくサファイアブルーの代わりに、クジラの黒くて小さいお目目が僕を見つめてくる。以前の僕、何を秘蔵してたんだろう。イーシィが拝借したくなるってことは、魚とかやきとりとか?
さっぱり思い出せないけど、全部食べちゃうくらい食欲があったなら、それもまたよしってことで。黙って聞いていた銀君のほうへ視線をやって、目配せし合う。
「この家にあるものは好きに使っていいよって、書き置いてたもんね。それじゃ早めに出発して、昨日みたいに途中で食べていこうよ。銀君もそれでいい?」
「うん、僕はそれでいいよー」
同居人登録が済んだので僕もお金を使えるし、龍都には食事できる場所もある。昨夜は夕ごはんが早かったので、僕はともかく銀君とイーシィはお腹も空いてるだろう。
意向を確かめるためイーシィに視線を戻せば、クジラが下がって、
「はいですにゃん」
猫科っぽいけど動物ではあり得ない所作が、不思議な感慨を胸に上らせる。大きなクジラのぬいぐるみはイーシィにとって、守ってくれる誰かの代わりだ。
世界崩壊の爪痕は、彼女の心に深い傷を残したんだろう。明るく振る舞っているけれど、以前より強くクジラへ依存してる気がするんだよね。
完全に依存から脱却……というのは難しそうだけど、幾らかでもイーシィの不安と寂しさが軽減されるよう僕は頑張ろう、と自分に言い聞かせる。
特に準備が必要なわけでもないので、早朝ではあるけど僕らは出発した。時刻は午前六時、辺りはすっかり明るくなっている。
昨日に続き今日も銀君がイーシィを抱え、徒歩でお城へ向かう。途中、昨日と同じ食堂で朝ごはんを食べていけば、お城へ着くのは九時くらいになるだろうだからちょうど良さそうだ。道中、なんとなく昨日の続きで、僕は銀君に尋ねてみた。
「銀君、リレイさんは真白さんと縁があるって言ってたけど、それは行方を捜し出せるくらい強いものなの?」
互いに通信できる何らかの
「リレイさんって、
疑問形。おそらく、銀君もよく知らないのだろうとうかがえた。昨日のやり取りを思い出して、僕も考えてみる。
天属性最強魔法が使えるということは、各種コンテンツをしっかりこなしてキャラ強化を欠かさず、入手の難しいレア魔法を『開発』あるいは『購入』できたやり込み勢だと考えられる。古参、もしくは重課金者か常駐組か……。
「りれしゃん、世界革命大戦前に『水明の森王国』で内務官と病院長をしてたのですにゃ」
唐突にイーシィからコアな経歴情報が飛び出した。僕だけでなく銀君も驚いたようで、思わず足が止まる。
「しぃにゃん、それ……ご本人から聞いたの?」
「はいですにゃん。なんたってぼくは、幻想古書店の店員さんですからにゃ!」
「そっかーなるほど! それなら聴かせてもいい話なんだね」
銀君は納得したように声を上げたけど、僕にはまだ意味がよくわからない。補足を期待してイーシィと銀君を交互に見れば、気づいたらしい銀君が解説してくれた。
書物が灰になった古書店でイーシィが、訪ねてくる人に物語を語り聞かせていたのは聞いたけど、それだけではなかったらしい。彼女は物語を集める仕事――訪ねてくる人から話を聞き、それを新たな物語として記憶することもしていたんだって。
風樹の里で子供たちが認識していたように、リレイさんは吟遊詩人、物語を歌い
「水明の森王国って、世界革命大戦のときに陥落したんだっけ」
「うみゅ。あのときはてろりすとの攻撃で、ほとんどの国が落ちたのですにゃん……」
世界革命大戦というのは、呪い竜システムが実装されて間もなく起きた、革命家を名乗る者たちによる組織的な国家攻撃だ。
僕が
その時期に肩書を持つほど活動的だったのなら、あの強さも頷ける。古参であり、やり込み
と、そこでポケットに突っ込んでいたスマートフォンが振動したのに気づく。昨日の夜、父に久しぶりの長文メールを送ったから、返事が来たのかもしれない。
「銀君、しぃにゃん、ちょっと待ってもらってもいい?」
スマートフォンを取り出して見れば、通知が一件。予想通りお父さんからだ、けど――珍しく添付ファイルが付いていた。
ひやりとした緊張感に首筋を撫でられた気がして、思わず息を止めたままメッセージボックスを開く。
写真が、二枚。サムネからして一枚は祖父母の、もう一枚は……お父さんの?
父と僕は良く似ていて、滅多に写真なんて撮らない。一体どういうことだろう。全身の血が引いていくような感覚を覚えつつメール本文を見た途端、衝撃で止まるんじゃないかと思えるほどに心臓が跳ねた。
[そろそろ白状しなさい。恒夜が今いるのは、本当にオーストラリアなのか?]
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