[5-3]宙の聖域、天球儀の間


 ちょっとややこしいけど龍都は、正式国名が「碧天へきてんの龍都」、主城名は「そらの聖域」となっている。

 CWFけいふぁんは国王権限で国名や施設名の変更ができて、役職者が承認すれば反映されるシステムだったので、国名なのに「町」とか「都」が使われているパターンも多かった。その感覚はそのまま、ケイオスワールドに引き継がれたんだろう。


 生身でじかに目にするお城の内装は、やっぱりどこかテーマーパークっぽさがある。でも足元はふかふかの絨毯じゅうたんではなくき出しの石床だし、天井のシャンデリアは半分以上外されていた。お城らしい装飾や調度品もほとんどなく殺風景な印象だ。


「王の意向で、復興に使えそうな物を取り外して街の各所へ支給したのです。それでも到底足りないのですが、城にただ飾って置くより有用ですからね」


 観光客みたいにきょろきょろしてしまう僕や銀君に苦言を呈することもせず、丁寧に解説しながら笑顔で見守ってくれるルスランさんは優しい人だよね。

 長い廊下をしばらく歩いて辿り着いたのは、いかにもといった雰囲気の大きな二枚扉だった。木製か金属製か謎の物質かわからない重厚な扉に、銀の縁取りで竜が描かれている。


「王はここにおられます。心の準備を」


 意味深にそう言って、すごく重そうな扉をルスランさんが押すと、扉はきしむこともなくスッと動いた。


「大変お待たせいたしました、あさ様。……さ、こうさん、どうぞ」


 大きく開いた入口から光があふれてくる――錯覚ではなく、扉の向こうは廊下より明るいようだ。銀君やイーシィも緊張した面持ちで前を見ている。

 どきどきする胸を押さえて、僕は思い切って部屋へと踏み入った。


「遅い、遅いよ、ルス! 私は待ちびすぎて、尻尾のトゲが抜け落ちそうだったよ!」


 扉の向こうは中世ヨーロッパ風の王座……ではなく、広く大きな空間だった。天井が透明なのか、降り注ぐ日差しで部屋全体は明るい。

 足元の床は途中で途切れ、部屋の中央に大きな装置――天球儀てんきゅうぎ? が浮かんでいる。その前で、とても大きな銀色の竜が地団駄を踏んでいた。

 立ち絵イラストで知っていた竜人の姿ではなく、竜そのもの。大きさは、えっと……三階建ての家より高いんじゃないかな?

 開口一番に責め立てられたルスランさんは、涼しい顔をして答えている。


「トゲが抜ければ、子供たちを尻尾に乗せる夢が叶いますね。それより浅葱様、人型になってくださいませんか。うっかり踏まれそうで怖いですよ」

「何の話かな、私がそんな不覚を取るはずないだろう。おまえが全然帰ってこないから心配して星占ほしよみをしていたんだよ。言われなくても、この姿ではちょっと不便だからね」


 わぁ、そんなにお待たせしていたなんて知らなかった。王様にもルスランさんにも、申し訳ないことしちゃった。


「すみません、王様。僕が、先に寄りたいところがあると無理を言ったんです。先に、謁見えっけんに来るべきでした」


 たまれなくなり思わず発言した後で、無礼を働いた気がして一気に全身が冷たくなった。王様とかなんかそういう偉い方と話す時は、発言を許可されるまで黙っているべきだったっけ?

 王様とルスランさんが同時に僕を見る。思わず背筋を伸ばして姿勢を正したけど、返ってきたのは叱責でも糾弾でもなかった。


「そうだね、真っ先に来て欲しかったよ……でもイーシィを一緒に連れて来てくれたことだし、いいよ。許してあげよう」

「許すも何もないでしょう。恒夜さんは悪くないです、こちらこそ浅葱様が我がままで申し訳ありません」


 ふっと、懐かしい気分が湧きあがる。CWFけいふぁんが健在だったころ、王様が役職者の方や国民たちとよくこういうやり取りをしていたのを思い出す。だからみんな浅葱様を「おじいちゃん」扱いしていたんだったってことも。

 おそらく十メートルを超えるだろう竜の姿は迫力があって、の気持ちをいだかせる。それでも浅葱様はやっぱり、僕がよく知る親しみ深い王様だった。大きな姿がほんのり光り、次の瞬間には見覚えのある竜人姿がそこに現れる。


 すらりと背が高く、きっちり衣装を着込んだ気品あるたたずまい。色素の薄い肌とゆるく編まれた銀の長髪が神秘的な印象をかもしている。背中には灰白二色の大きな羽翼があって、太い尻尾が波うっていた。

 あ、確かに先端にはトゲがある! 頭の両側から突き出す枝ツノと尻尾のトゲ、そしてつり気味の目が浅葱色で、名前の由来なんだって。


「浅葱しゃま、お久しぶりですにゃん。その節はお世話になりましたにゃ」


 銀君の腕の中からそう言って、イーシィはクジラのぬいぐるみをくわえ身軽く床へ飛び降りた。前脚でクジラを抱え直し後脚ですっくと立つ姿を見た王様が、綺麗な顔をほころばせる。


「イーシィ、元気そうで安心したよ。君が希望するなら、いつでも城に来てくれていいんだからね? もっと私に頼って欲しいな」

「ありがとですにゃ。今後のことは、こーにゃんと相談してから決めますにゃん」

「おや? もしかして彼は、君が話していた古書店の……?」

「はいですにゃ」


 僕がぼけっと見惚みとれている間に、イーシィははきはきと事情を説明していく。そうだった、この子喋り方は子供っぽいけど僕よりよほどしっかりしてるんだよね。

 うんうんと頷きながら王様は最後まで話を聞いて、それから笑顔で僕を見た。


「なるほどねぇ、それならばようこそではないね。おかえり、恒夜。星占ほしよみで君の訪れを予知してから、私はずっと君を待っていたのだよ」

「た、ただいまです! え、っと……星占いで?」


 王様の温かな言葉に胸が熱くなる、と同時に、思わぬ事情を聞かされて胸の奥がぴりりと緊張した。入国希望者として歓迎されたと思っていたけど、それだけではない? 王様は僕が来ることを予知していたんだろうか。

 問い返した途端、王様は目を輝かせて「実はね!」と身を乗り出したけれど、隣で見守っていたルスランさんがすかさず口を挟む。


「話が長くなるのでしたら場所を移しませんか。恒夜さんも銀郎さんも長旅で疲れているでしょう」

「そうか、人は疲れやすいいきものだったね。それならふかふかのソファーがある応接間がいいかな。あたたまるものを飲みながらゆっくりお喋りするのもいいね」

「引き留めるのは程々に、ですよ。では準備をして参ります」


 王様にしっかり釘を刺してから、ルスランさんは颯爽さっそうと部屋を出ていった。彼すごいな、軍務長官なのに軍務に限らず何でもできる大人って格好いい。

 お喋りをおあずけされた王様は思案するように長く太い尻尾をぱたりと動かし、それから僕ら三人を見て相好そうごうを崩す。


「疲れたときは甘いものが良いと聞くよ。君たちには特別に金平糖を出してあげようね」



 

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