[4-5]想い出残して、白い砂漠へ


 映写用に白く塗られた壁に写真が大きく映し出される。さすが最新型のスマートフォン、こんなに拡大しても皆の表情が良く見えるなんてすごい!


「すごぉい! 大きくなった!」

「あっ、あたしがいる。なんかへんなの、えへへ」

「すごいすごい!」


 子供たちが歓声を上げて画面の中に思い思いの姿をさがしているのが、とっても微笑ましい。思えば僕も小さな頃は、集合写真に自分を発見するとテンション上がってたな……。

 嬉しさと安堵で気が抜けてぼうっと眺めていたら、両肩を同時にポンと叩かれた。咄嗟とっさに左右を見ると、右に銀君、左に先生がいる。二人とも満面の笑みを僕に向けていた。


「やったね、こーやん! さすが!」

「お見事ですな。やはり恒夜殿は、神使しんし様なのでは?」

「あはは、僕は本当に……ただの旅人ですって。ちょっと試してみたいことがあるんですが、いいですか?」


 レスター先生には見透かされている気がする。どうぞどうぞ、と快く身を引いてくれた先生にお礼を言って、僕は動画フォルダからラジオ体操をさがした。データの送信、保存が可能なら、動画データだって置いていけるかもしれない。

 音量がミュートになっているのを確認してから動画を開き、共有アイコンをタップ。こちらも写真と同じ手順でいける。映写機パネルに「完了しました」の文字が浮かんで、動画サムネイルが追加された。やった、成功っぽい!


「先生、これ、皆に教えたラジオ体操の動画です。このサムネ……縮小された画像に触ると再生できるので、良かったら朝の運動とかに使ってください」

「ほう、これはこれは。何から何まで、ありがたいことです」


 先生が顔をくしゃりとさせて喜んでくれたので、ほっとして僕も笑顔になれた。アップデートされた映写機は元のアナログ機能そのままにデジタル機能が追加されたのだけど、今の世界で新しい画像や動画を入手できるかわからないもんね。だからって、元の世界から持ち込んだ動画をあれもこれも置いていくわけにいかないし。

 僕が目的を達成したとき、もしくは何かの縁で再びここを訪れたときに、新しい写真や動画を見せられるようたくさん撮り溜めておこう、と心の中で決意する。


 最初の想定より長居してしまったけど、結果的に僕はいい仕事ができたんじゃないかな。そうだといいなと思いながら、心配してくれてるだろう向こうの技術担当さんに[成功しました!]と入力して送った。

 即座に[やったね!]と返してくれたのはルリさんかな。

 これで一安心。少し……どころじゃなく寂しいけど、いよいよ出発の時間だ。


 出発の直前、どうしても心残りだったので、僕はラチェルに頼み込んでグリフォンに触らせてもらった。近くで見ると想像以上に大きくて萎縮いしゅくしそうになったけど、このチャンスを逃したら次なんてあるかわからない。

 思い切って首周りの羽毛に触れてみれば、ふかふかした柔らかさにびっくりする。ライオンの胴体はまた感触が違っていて、滑らかだけれどみっしりしていた。翼はデリケートな部位なので触ってはいけないらしい。

 ゲームや小説のイラストでしか知らない幻獣が、生身の存在で目の前にいるのは感動だった。思わず抱きつきたくなるのを我慢する。


「アズルは風樹から生まれてあたしと一緒に育った子から触っても怒らないけど、野生のグリフォンは危険だから近づいちゃ駄目だよ?」

「うん、それはわかってるつもり」


 ラチェルが大真面目な顔で僕に言い聞かせてくれる。これでも僕、わりと慎重派だと思うんだけど、グリフォン見たら飛びついていきそうに見えたのかな。

 彼女の解説によると、本来グリフォンは賢く獰猛どうもうな肉食幻獣で、触るどころか遭遇するだけでも危険なんだって。

 まぁ、そこは解釈一致だよね。ハイエナに噛み付かれた時の痛さをつい思い出し、背筋が冷える。この鋭いくちばしや太い前足……に隠れている鋭い爪で攻撃されたら、あのときよりもっと痛い思いをすることになりそうだ。


 ラチェルの脅しに震え上がりながら、僕は野生種を見掛けても決して近づかないことを約束し、一緒の写真を撮らせてもらい、別れを惜しみつつ風樹の里を出発したのだった。





「こーやん良かったね、アズル触らせてもらえて」


 魔狼姿になった銀君の背に乗せられて、僕らは白い砂漠の旅を再開する。乗るのに慣れて最初より落ちなくなったので、順調にいけば、暑すぎる昼間を避けて動いても、数日中には龍都へ着けるらしい。

 当たり前のことだけど、グリフォンの首周りの柔らかさと、ベロアっぽさのある身体部分の手触りと、魔狼銀君のもふっとした感触は、全部違っていた。改めて、ここも現実なんだ……と胸に染み入る気がした。


「うん。すっごいふかふかだった。銀君は、もふもふって感じがする」

「何ソレ、ちょっと恥ずい!」

「あっごめん」


 確かに、ちょっとハラスメントめいてたかも。慌てて謝れば、銀君は明るくアハハと笑い飛ばしてくれた。魔狼の姿だと、笑い声の合間にうなり声が混じるんだね。同時翻訳が掛かってるみたいで不思議に響く。


「こーやんに悪気ないのくらいわかってるって。僕のモフモフで良ければいくらでも堪能たんのうしてくれていいんだよー!」

「なんかそう言われると僕のほうが恥ずかしくなる……」

「なんで?」


 銀君、時々破壊力ある発言するよね。自覚があってなのか無意識かはわからないけど。

 自分の羞恥心を解説するなんて恥ずかしいこと、できるわけがない。立ち止まって振り向き見てくる銀君に気づかない振りをしてかわした。


 いつか父に本当のことを全部打ち明けて、銀君やラチェルの写真を送って見せてあげられる日が来るんだろうか。

 僕の性格を良く知っている父は、僕があまり写真を撮らないこともわかっている。今も撮った写真を送るようにと催促してきたりはしない。けれど僕は気づいてしまったのだから、知らぬ振りを通すことはもうできないと思う。


 覚悟はまだ、決まらない。それでも。

 いつか手段があるいは覚悟ができた時のために、出会った人を、目にした光景を、ここで積み上げた想い出と絆を、撮り溜めていこうと決意する。



  ★☆★☆★



 結論をいうと、こちらの写真をメールに添付して向こうに送るのは技術的に可能なんだって。でも、それだと父にこちらの状況がありのまま伝わってしまうことにもなる。


 休憩や休息の合間に技術担当さんとチャットでやり取りして、写真添付はいったん保留ということになった。ルリさんは画像加工アプリを使えるらしく、髪色や背景を変えてあげようかと言ってくれたけど、そういう不自然な加工ってすぐばれるよね?

 横から銀君が、着ぐるみとか着て写真を撮るのはどうかって提案してくれたけど……。


 クォームや技術担当さんが僕の要望を考慮して、実装可能そうな手段を探ってくれるそうなので、焦らず待とうと思います。




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