第106話・想定よりもはるかに早く、そして深くまで


「シィソウにぃは、悪い人じゃないんだけど、ちょっと思い込みが激しい人だから……」


 と、フェアネス殿下が困り顔で言いました。


「ニューバランス公爵家は皇帝一族とも非常に繋がりの深い由緒正しい家系で、血縁的に見れば、シィソウ様はフェアネス様の従兄弟にあたる方です。なので、フェアネス様のことを妹と呼ぶのも、あながち間違いではないと言いますか……」


「ただ……、それはそれとして気に入った者や将来有望とみた者に自身のことを兄と呼ばせる困った……、いえいえ、変な……、んんっ、……そう、独自の感性をお持ちの方でもあるので……」


 フラーさんとロコさんも、微妙に言葉を濁しながらソウ兄ちゃんの人となりを教えてくれました。


 なるほど、一風変わった御方なのですね。


「でも、Aランク冒険者パーティーの一員であることとか、ゲヘナダンジョンの五十五階層まで攻略していることとかは、事実なんですよね?」


「うん、それはそう。家の権力とか関係なしに、本人の実力だね。冒険者パーティーもシィソウ兄がリーダーだし、阿修羅土蜘蛛を仕留めたのもシィソウ兄だよ」


 まぁ、見るからに強かったですからね。

 少なくとも、僕と出会ったばかりの頃のメラミちゃんでは手も足も出ないと思います。


「たぶん、私が皇帝陛下おとうさまに、阿修羅土蜘蛛の魔石がナナシから献上されたことを伝えたから、それをどこかで聞きつけてナナシに会いに来たんだと思うなぁ……」


 ……じゃあ、あの人が来たのはフェアネス殿下のせいってことですか?


「……いやでも、シィソウ兄は家を継ぐまでは現役で冒険者するって公言してるし、この街にも魂の弟妹ソウルブラザーが何人もいるらしいから、そっち経由かなきっと!」


 それならフェアネス殿下のせいではないですね!




 ◇◇◇


 というわけで、はい。

 攻略開始から十二日目です。

 今日も元気に探索を進めましょう。


 今日は五十階層のクリスタルからスタートして、五十三階層の終わりまでは最短ルートを駆け足とカベコプターで進みます。


 で、五十四階層に降りてみると、いきなり出ましたシルバーゴーレム。

 銀のインゴットを落とす銀色ピカピカのゴーレムです。


 こいつを鋭刃結界で真っ二つにしてやろうと思っていると。


「ナナシ、ここはワタシが」


 過剰蓄魔石をポリポリと噛み砕きながら、キャベ子さんが背負った大剣を抜きました。


 キャベ子さんの背丈ほどもある大剣、通称グラ剣です。


 キャベ子さんが両手で柄を握ってグッと魔力を込めると、グラ剣から重々しい気配がほとばしり、グラ剣のがゴーレムを捉えました。


「重力斬」


 引力によってゴーレムに向かってキャベ子さん。

 ゴーレムの鈍重な一撃をスルリとかわしながら、その巨体をグラ剣で撫でます。


 熱したナイフでバターを切ったみたいに、グラ剣の刃は純銀製の体躯を両断しました。


 すれ違い様の一撃です。

 ぶった斬られたゴーレムは光になって消えていき、後には純銀のインゴットだけが残りました。


 うん、やっぱりすごいですね。


「これぐらいならそんなにお腹も空かないから、ワタシに任せてくれて大丈夫だ」


 キャベ子さんの持っている大剣、通称グラ剣は、グラトニーアンドグラビティーソードと呼ばれる魔剣だそうです。


 所持者が魔力を込めれば込めるほど強い効果を発揮できる能力があり、魔力喰いから引力操作、切れ味の増加や形状の変化、硬度の増加や自動修復なども可能で、


 そこに、暴飲暴食術によって貯め込んだ大量の魔力を流し込み、さらに自身の身体能力も魔力によって爆発的に強化させると、


 瞬間的に絶大な戦闘力を発揮できる魔剣士ができあがるわけです。


 今までのキャベ子さんは、あまりの燃費の悪さになるべく魔力を節約してコンパクトに戦うようにしていたみたいです(それでも普通に切れ味の良い剣を使う腕の良い剣士だったわけです)が、


 大量の過剰蓄魔石によって魔力の補給に何の憂いもなくなった今、あらゆる場面で最高火力を何度でも叩き出せる連射式大砲になったというわけでして、


 それはもう嬉しそうにズバズバとエネミーを倒してくれます。すごい。


 結界を大きく広げようとするとかなりの妨害が入るようになった(少なくとも、階層全てを囲むような巨大結界にしようとすると天文学的な量の魔力を消費させられそうです)今、安全確保のためのエネミー退治にはキャベ子さんの力が必要不可欠となりました。


 さらに。

 侵蝕結界による進路の捜索及び確保も難しくなったわけですが、ここで勇猛楽団の三人が活躍をし始めました。


 ロビンちゃんが事前に仕入れた知識から予測される地形情報を推測し、


 ユニ子ちゃんが笛の音による音響探査で実際の地形を把握し、


 ヘリーちゃんがなんか不思議な踊りを踊って得た閃きで進む方向を導き出し、


 そっちに向かってカベコプターで進んでみると、ちゃんと次の階層への下り階段が見つかるのでした。


 安全確保のため道中出会うゴーレムを全て薙ぎ倒し、ついでにドロップするインゴットと魔石を回収しつつ先を目指したところ。


 夕方ごろに、五十七階層に突入しました。


 これはつまり、五十六階層を突破したということであり、


 帝国の公式記録での最大到達階層を更新(ソウ兄ちゃんたちのパーティーは五十六階層を突破できていないので)したということになります。


 まぁ、しかし。

 ソウ兄ちゃんの実力的に考えると、ソウ兄ちゃんたちのパーティーも五十六階層を突破できてもおかしくないはずなので、


 五十五階層までで攻略が止まっているというのは、実力以外の理由がありそうな気もしますね。


 たとえば、他のパーティーメンバーの実力への配慮だったりとか、ドロップ品の割合(五十五階層からは、稀少金属製のゴーレムの出現率が上がるみたいです)の兼ね合いだったりとか。


 今以上に攻略する必要がないので、そこで止まっているという感じがします。


 まぁ、ゴーレムからドロップするインゴットって、めちゃくちゃ良品ですもんね。


 各種金属が高純度で固まっているので、それを利用して色々なものを作れると思いますし、


 金銀銅なんかのインゴットから作られた貨幣は、金属の配合割合を一定にできるので、貨幣価値を安定させられそうです。


 というかまぁ、金貨銀貨銅貨ってダンジョンエネミーから普通にドロップする(僕は拾ってないですけど)んですよね。


 そして、ドロップ品の貨幣は品質が一定なので標準通貨として扱われるようで、国が発行する貨幣は標準通貨を基準として為替レートが決まるそうです。


 この時に、標準通貨との価値差が少ないほど通貨としての価値が安定しているとみられ、その通貨を作れる国の国力を示す指標にもなるとかなんとか。


 そんな感じの話を、以前ジェニカさんから聞いた気がします。




 ◇◇◇


「というわけで、五十七階層まで辿り着きましたし、金銀銅のインゴットもたくさん拾ってきました」


 と、各種インゴットをテーブルの横に(上に乗せるとテーブルが壊れてしまいそうな量があります)積み上げてからフェアネス殿下に報告すると、フェアネス殿下が見たことないようなスンとした真顔になり、フラーさんとヒソヒソ内緒話を始めました。


 あ、ちなみに金属インゴットはパーティーの皆さんの収納術に手分けして入れて持ち帰りました。


 カベコプターに入れっぱなしだと、リターンチケットやリトライクリスタルでの転移時に持ち物として認識されないみたいなんですよね。


 食糧等の持ち込みに関しても、収納空間に入れておくか鞄などに入れて身につけておかないとリトライクリスタルの転移で持ち込めないので、


 僕のカベコプターにトン単位で食糧を入れてダンジョン内に持ち込む、ということができないわけです。


 そうこうしていると、ヒソヒソ話が終わったフェアネス殿下が、僕を手招きします。


 そして僕の耳元に唇を寄せると、こんなことを言いました。


「ねぇ、ナナシ。このまま攻略を進めていって、もし仮に六十階層まで突破すると、またお祝いをすることになると思うんだけど、それについてはどう思う?」


 お祝い、ですか?

 それは、大亀を退治したときみたいな、あの?


「うん。あんな感じのやつ」


 ……うーん。


 お祝いの準備に時間を取られて、ダンジョン攻略に差し支えたりするのであれば、今回は遠慮したいところですけど。


「……そっか」


 しかもそれをやると、今度は七十階層とか八十階層とかを攻略したときも、同じ感じでお祝いしなくちゃならなくなるんじゃないですか?


「え、……あー、そうなるかも」


 それなら、なおさら今回は遠慮しておきたいです。

 何度もやるのはたいへんですし。


 ああ、そうだ。

 もしお祝いをするのであれば、百階層を攻略したときにまとめてやりましょうよ。


 それならなんかキリも良いですし。

 六十階層攻略よりも、お祝い感が出るんじゃないですかね?


「百階層……。……ねぇ、ナナシは」


 はい?


「ほんとの本当に、ゲヘナダンジョンを完全攻略するつもりなんだね?」


 はい。もちろんです。


 そのために僕は、皆さんの協力のもと、この迷宮都市に来たんですから。


「…………そっ、か」


 僕の言葉を聞いたフェアネス殿下は、なんだかとても困惑したような表情を浮かべ、それきり無言で考え込んでしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る