短めの小話・5(お嬢様視点)
◇◇◇
「ハローチェさーん。そろそろ小屋に戻りましょうよー……」
……ジェニカさんからの呼びかけに、私はあいまいに頷く。
最後に巻藁に一突き入れ、あごから垂れる汗を拭い、戦杖を収納して天を見上げた。
結界壁の向こうの空はすでに真っ暗になっていた。
このバカみたいに蒸し暑い森の中にも、さすがに涼しさというものが入り込んできている。
ここからさらに北にある私の生まれ故郷なら、雪が降り積もることもあるだろう。
世間ではもう年の瀬になっているはずだ。
あの突然のダンジョンアタックから一月近くたつ。
ナナシさんはまだ、帰ってこない。
◇◇◇
「……ごちそうさまでした」
夜。拠点小屋のリビングで、レミカさんの作ってくれたご飯を食べた。
相変わらず美味しい、けど、何か物足りない。
その気持ちはレミカさんにも伝わってしまっているのだろうけど、レミカさんは何も言わずに毎日ご飯を作ってくれる。
それがありがたくもあり、申し訳なくもある。
……ふぅ、やっぱりダメだ。
「少し、神殿で祈ってくるわ」
食後の勉強用のプリントに向かっているナルさんに告げて、私は拠点小屋を出た。
明るく光る拠点結界の中を進み、ナナシさんが建てた神殿に入る。
一番奥の女神様像の前まで来ると、私は足元に置いてある大きなクッションに身を投げてぼふりと顔を埋める。
そしてまた、悲しい気持ちを吐き出すのだ。
「……ナナシさんの、バカ」
アホ、マヌケ、オタンコナス。
ヘチャムクレの、コンコンチキ。
アンポンタンの、スットコドッコイ。
なによ、すぐに後を追って出ますって言ってたじゃない。
ダンジョンが崩壊し切ったのに、いつまでたっても出てこないし。
せっかく私が、貴方のことをこれでもかと褒めてあげて、
貴方がどれほど素晴らしいことをしたのかを教えてあげて、
またご褒美を、あげようと思っていたのに。
「……バカ、バカ、ナナシさんの、バカ」
いつもニコニコしてるくせに、無自覚に私を振り回して、
たいしたことないみたいな顔して、とんでもないことをやり遂げて、
誰に誇るでもなく、お嬢様お嬢様って私のことを支えてくれて、
こんなに好きなのに……、たぶん全然分かってくれてない。
「……バカ、バカ、……私の、バカ」
毎日夢に見る。
最後に見たナナシさんの顔を。
そしてそのまま闇の中に消えていってしまって、追いかけても追いかけても全然追いつけなくて、
ああ、もう二度と会えないんだと分かって悲しくなって、涙があふれてきたところでいつも目を覚ます。
私は、弱虫だ。
お母様が亡くなってから、強くあらねばと思い続けてきたのに。
強がって意地を張ることばかり上手くなって、心の中は弱虫のままだ。
「……ぐすっ」
左手首に巻いたままの結界電話を見つめる。
表示画面を指でなぞり、ナナシさんの欄をタッチする。
呼び出しのコール音が鳴る。
だけどやっぱりナナシさんは出ない。
いったいどこに行ってしまったんだろう。
私はもう、ナナシさんがいないとダメなのに。
プルルルル! プルルルル!
「っ!?」
突然、結界電話が鳴った。
まさか、ナナシさん!?
「もしもし今どこにいるのよっ!!」
画面に向かって叫ぶ。
数秒間の間があって、おずおずと電話向こうの相手が喋った。
「…………ええーっと、ハローチェ様? 今わたくしは王宮内三階の廊下の突き当たりのカーテンの陰に隠れて通話をしていまして……、その……、できればあまり大きな声を出さないでいただけると助かると言いますか……」
この声は……、ヨークさん?
「……ああ、ごめんなさい。ちょっと相手を勘違いしていたわ。それで、どうしたの?」
ヨークさんは王国から寝返らせた密偵の少女だ。
少々言動が頼りないところはあるけど、腕は確かでいくつかの任務をお願いしている。
「その、火急の報せがあります。落ち着いて聞いてください。実は、弟様と妹様が…………!」
「っ…………!」
私は、ヨークさんの言葉を聞いて、絶句した。
◇◇◇
そして数日後、私は森を出た。
皆と一緒に、グロリアス王国を目指して。
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