第088話・大亀討伐開始
商隊長さんは、キャラバンの進路上に突如現れた山(少なくとも、小山ぐらいはある巨大な何かです)を見て、愕然とした様子で膝をつきました。
「おお……、まさかこんなところにスーパーバチボコビッグタートルが出るとは……」
……スーパーバチボコビッグタートル?
なんだか悪ふざけみたいな名前が出てきましたが、商隊長さんや他の商人の皆さんのみならず、他の護衛の冒険者の皆さんまで深刻そうな表情を浮かべています。
仕方がないので僕は、隣で青い顔をしているロビンちゃんに聞いてみました。
「あの大亀は、そんなに恐ろしい生き物なのですか?」
「え……、あ、はい。あれはバチボコビッグタートルという巨獣の超上位個体で、山のように大きく鬼のように凶暴な亀です。普段は幽玄の大泥沼の奥底に潜って暮らしているのですが、時折こうして地上に出てきては近づく生き物を全て喰らい尽くしてしまう災害のような存在なのです」
さらに聞くと、あの大亀は地面の中を自在に泳ぐ能力を持っており、硬い岩盤だとか高い城壁だとかお構いなしに突き破って姿を現すのだとか。
海水が苦手なので海に出ることはないみたいですが、逆に言うとこの大陸のどこにでも出没する可能性があり、古来より帝国でも自然災害のように扱われているヤバい奴みたいです。
近づくと地面を液化してきて動きを封じられ、飛び道具なども硬い甲羅に阻まれて効かず、しかも大量の有毒な水を口から放出して攻撃してくる。
なんともはた迷惑なやつですねぇ。
「アレがそうなのか。アタシも初めて見た」
メラミちゃんだけは、興味津々といった表情です。
面白そうなものに出会った、とでも思っているのかもしれませんね。
さて。通せんぼするみたいに道の上にいる大亀から距離を取って停止した僕たちなのですが、このままここで待っていても状況は変わりそうにないですね。
というかここで足止めを食らうと、護衛依頼自体の成否にも関わってくるのではないでしょうか。
そんなことを考えていると、大きな山がぐらりと動き、甲羅の中からにゅうっと首が伸び出しました。
うわっ、頭も大きい。
そして首が長い。
爬虫類特有の感情の読めない目は、いつのまにか大亀に迫っていた剛突牛の群れに向けられました。
十数頭の暴れ牛の一団が、体格差も気にせず大亀に突進していっています。
暴れ牛を見ていた大亀がパカリと口を開くと、ダムからの放水のような勢いで真っ黒い水がドバドバとあふれ出し、暴れ牛たちの進む先の地面を濡らしていきます。
あっという間に地面が泥濘化し、牛たちの足がずぶずぶと沈み込んでいきます。泥に足を取られた牛たちが転倒し、勢いを失います。
そこに、長い首が伸びてきて。
「……おいおい、あの牛を一呑みかよ」
メラミちゃんが「ヤベーな、アレ」と呟きました。
大亀は、足止めした剛突牛を一頭ずつ丸呑みしていきました。地面に半ば沈んだ牛たちを土ごと口に入れて食べていっています。
あっという間に牛たちを平らげた大亀はぐるりと首を動かすと、その視線はまっすぐに僕たちのほうに向きました。
ほほう、つまり。
「次は僕たちを食べようとしている、ということですか?」
大亀の巨体が、ゆっくりとこちらに向けて動き始めました。
大亀の周りの地面が水面のようにざばざば揺れていて、海上を進むタンカー船のように、滑るようにして動いています。
あまりにも巨体なので距離感と速度感がおかしくなりそうですが、意外と動きが速いのではないでしょうか。
このままだと、あと数分もたたずに大亀に襲われそうですね。
「商隊長さん、どうしますか?」
僕は、呆然とした様子の商隊長さんに声をかけますが、返事がありません。
見れば、皆さん一様に全てを諦めたような表情を浮かべて立ち尽くしています。
……うーん。
「メラミちゃん、こういう場合ってどうすればいいと思いますか?」
僕が頼れるパーティーメンバーに聞いてみると、紅髪の女の子はこともなげに言いました。
「いや、邪魔だから倒しちまおうぜ」
ですよね。
「できるんだろ?」
まぁ、おそらく。
「じゃあ、行くぞ」
はい、行きましょう。
僕とメラミちゃんは、キャラバンを囲った巨大結界から飛び出し、大亀を迎え打つことにしました。
とつげーき!
◇◇◇
近づいてみると、さらにその巨大さを実感できます。
まさしく山。山が動いています。
「的がデケーってのは、まぁ、良いことだな」
僕とメラミちゃんはカベコプターに乗って近づき、甲羅の上に降り立ちます。
大亀は、僕たちが甲羅の上に乗ったことに気づいてもいないような様子です。
「結界作成」
僕はまず、大亀を囲んで逃がさないために立方体状の結界を張りました。
地中に潜って逃げられないように大亀の直下の地中に底面を作り、さらにこれ以上移動できないようにガチガチに位置固定をします。
すぐに大亀の巨体が結界壁にぶつかり、ズズンと地鳴りがしました。
むむ、やはりこの巨体だと、相当の質量ですね。
デカクラ君にも負けていない重さです。
持ち上げるのはたぶん厳しいかな。
それに位置固定をしているのにじわっと押して動かされているような感じもします。
全力で抵抗すれば動きを止めることもできそうですが、それよりも仕留めてしまうほうが早いでしょう。
僕とメラミちゃんはコクリと頷き合うと、足元の甲羅に目をやります。
メラミちゃんがグッと拳を握りました。
スキルに魔力を流し込み、拳に魔力を集中させて纏わせます。
「スタンパンチ」
そして瓦割りみたいに、足元の甲羅めがけて拳を突き込みました。
大亀の全身がビリリと細動し、一瞬動きが止まりました。
うん、メラミちゃんのスキルは効くようですね。
「結界作成、薄刃」
僕も薄刃結界を作り出して足元の甲羅に叩きつけてみましたが、こちらはほとんど刃が通りませんでした。
なるほどなるほど。
この甲羅の硬さは、蓬莱樹の枝に匹敵するわけですね。
じゃあ、甲羅以外の部分を攻めましょうか。
「メラミちゃん。振り落とされないようにしながら適当にスタンパンチとノックバックパンチを入れ続けてください。僕は下に回り込んで、動きが止まるのに合わせて切り刻んでいきますので」
「分かった。ゲージパンチは?」
「それも適当に織り交ぜる感じで。貯めといて緊急避難用に使ってもいいですよ」
軽く打ち合わせをしてから、僕は結界板に乗って降りていきます。
まずは右前脚のそばに来て薄刃結界をぐぐっと伸ばし、メラミちゃんのスタンパンチで身体が硬直したタイミングに合わせて切り付けていきます。
さすがに大きすぎるので一刀両断とまではいきませんが、極魔の大森林の大木よりも太い脚に深々と切り込みが入り、大量の血が噴き出してきました。
グゴゴゴオオオオオォォォォオオオオッ!
大亀が、痛みからか咆哮し、その巨体を激しく揺さぶりました。
大亀を取り囲んでいる結界がビリビリと震え、大きな頭をゴリゴリと擦り付けて結界壁を押そうとします。
僕は巨体の揺れに巻き込まれない位置に退避して様子をみつつ、必死に甲羅にしがみついてスキルによる特殊パンチを入れるメラミちゃんに合わせて薄刃結界で切り付けていくのを繰り返します。
何度か右前脚を切りつけてやると、自重を支えきれなくなったのか、バランスを崩して大亀が傾きました。
甲羅から落ちてくるメラミちゃんを回収し、大亀の頭上に避難します。
すると。
「うわっ、またゲロ吐きやがった」
大亀が大きな口を大きく開き、土石流のような勢いで黒い水を吐き出し始めました。とても濁っていて、強烈な刺激臭がします。
これ、あれですね。たぶんこの大亀が住処にしている幽玄の大泥沼の泥水ですね。かなり有害で、飛沫に触れるだけでもヤバいらしいです。
「おい、臭えし汚ねえし、量がすごいぞ。この結界が浸かっちまうんじゃねぇか?」
確かに。明らかに大亀の質量以上の黒水が結界内に溜まってきているので、たぶんこれ魔力が続く限り出続けるやつですね。
様子を見ている間に、すでに結界内の三分の一くらいが水没してしまいました。大亀が水の浮力を利用してその巨体を浮かせ、体勢を整えています。
そして水の中ですいーっと巨体を反転させると、空中に浮かぶ僕たち目掛けて高水圧の黒水を撃ってきたのでした。
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