第060話・囚われのナル姫


 どうしてこうなったかと言いますと。




 ◇◇◇


「明日は、もっと遠くまで行ってみたいんだが、どうだろうか」


 と、桜鍋をつつきながらナルさんが言いました。


 お豆腐をふーふーしていたお嬢様が、返事をします。


「遠くまでと言うけれど、あまり遠くに行くと夕暮れまでに帰ってこれないわよ。ナナシさんの結界は移動速度に難があるから」


 お嬢様の言うとおりです。

 遠くに行くということは、相応の時間をかけて飛行し、距離を稼がなくてはなりません。


 帰りは上空を直線飛行で飛ぶので行きよりも早く戻れるとはいえ、それでも遠くに行けば行くほど帰還飛行の時間がかかります。


 なので、あまり遠くに行きすぎると夜間飛行する(あまりオススメできません。次の日しんどくなるので)か、結界小屋を作って野宿する必要がでてきます。


「だが、どれだけ探してもティラノサウルスとやらがいないんだ。だとしたら、探索範囲を広げる必要がある」


「……ナナシさんは、どう思う?」


 お嬢様に話を振られたので、僕は正直に答えます。


「これ以上ティラノ君を探すのであれば、ナルさんの言うとおりもっと遠出しなくてはならないと思います」


 拠点周囲の日帰りで移動できる範囲には、すでにティラノ君たちはいないのでしょう。


 であれば、ティラノ君を探すのを諦めるか、もっと遠くまで探しに行くかのどちらかを選ぶ必要があります。


「中途半端な結果で終わるよりは、可能性を求めて行動するほうが僕は好きです。それに、また何かのお祝いのときにはティラノ君のステーキを焼きたい気持ちもあります」


 お嬢様は、アゴに手を当てて思案します。


「ナナシさんから見て、ナルさんはこの森でどの程度戦えている?」


「そうですね。よほど大きな生き物でなければ、よほどの大群でなければ、よほど強かに奇襲を受けなければ、負けることはないと思います」


 長期戦闘あるいは連続戦闘で魔力と体力を削られれば分かりませんが、まぁ普通に戦えているうちはナルさんを脅かせる生き物はそういないでしょう。


 それだけ、ナルさんの電撃が強力だということでもあります。


 イナズマシッポの黄色い電気ネズミぐらい強力です。


「それなら明日は、泊まりがけで探索してみる?」


「そうさせてもらえると、ありがたい」


「ジェニカさん、食料や薬品を多めに準備してあげて。レミカさん、二人がいない時間が延びるから、少し負担をかけるわ。それとナナシさん、」


 はい、お嬢様。


「必ず、二人で無事に帰ってくること。これが至上命令よ。いいわね?」


 はい、お嬢様!!




 ◇◇◇


 というやりとりがあって、今日。


 どんどんどんどん森の奥まで進んでいき、とちゅう何度か戦闘をしてはさらに先を目指し。


 そして何度目かの戦闘中に、ソレはやってきました。


 ナルさんが、大きなヤモリのような生き物が吐き出した紫色の液体(毒っぽい見た目の液体でした)をかわし、再度踏み込もうとした瞬間のことです。


 少し離れたところで戦闘の様子を見ながらいつでも結界を張って援護できるようにしていた僕の耳が、風鳴りのような音を聞き取りました。


 この音は、上から聞こえてきていました。

 それがものすごい速度で近づいてきていたのです。


 僕がその音の正体に気づいたときには、すでにかなりの至近距離まで接近を許してしまっていました。


 ナルさんに注意を呼びかけるより早く、音の発生源はナルさんとヤモリの頭上まで降りてきて、


「なっ……!?」


 ナルさんとヤモリを、両脚のカギ爪で掴みました。


 ナルさんは服の上から上半身を、ヤモリは胴体の真ん中を掴まれたのです。


 ナルさんたちを捕まえたのは、全身の羽毛が真っ黄色で、魔力の圧が紅ティラノ君並みに強い、巨大なハヤブサのような見た目の鳥でした。


 僕はとっさにナルさんの着ている結界服(短ランボンタンの特攻服みたいな服です)の強度を限界まで高め形状を固定しました。


 次の瞬間、ヤモリのほうは身体にカギ爪が食い込んでくの字にひしゃげました。

 ものすごい握力のようで、形状固定したはずの結界服がギチギチと軋むほどでした。


 ナルさんは、素早くハヤブサ君の脚を掴み、おそらく全力の電撃を放出したようですが。


 キッ、キッ、キッ、ギィーッ!!


 なんと、ハヤブサ君は怯んだ様子を一切見せませんでした!

 電撃が全く効いていません!


 こいつたぶん、紅ティラノ君や蒼トリケ君みたいに属性持ちの上位種です!


 電気属性を持っていて、だからナルさんの電撃が効かないのではないでしょうか!


 などと、ナルさんの電撃が効かなかったことに驚いて理由を考えてしまっていたため、反応が遅れました。


 ハヤブサ君は、ナルさんと新鮮なヤモリの死体を掴んだままバサリとはばたき、急上昇していきます。


 ナルさん!?


「は、放せっ……!? ……うおおぉぉぉおおおおおっ!?」


 絶叫を残してナルさんが連れていかれます。や、やばいです!


「結界作成! って、あっ!? 範囲指定が甘かった!」


 とっさに作った周囲を覆う結界の大きさでは捕まえられないほど、ハヤブサ君は上空に上がっていっていました。


 僕は森の木々に遮られて見えなくなる前に、結界壁で階段を作って全力ダッシュで駆け上がり、周囲の木々より高いところに出てハヤブサ君を目で追います。


「いた……!」


 すでに、かなり遠くまで飛んでいっています。この数秒足らずでどれだけ加速しているのやら。


 やはりこの森の制空権を持つ生き物は脅威度が高いです。


 しかも属性持ちの上位種ともなれば、こちらも手加減などみじんもできません。


「結界作成……!」


 僕は、瞬間的に脳みそを過集中オーバーヒート状態にして、豆粒のように小さくなったハヤブサ君とナルさんの位置に向けて起点を動かします。


 僕の結界術の起点は、基本的に見えている場所に対してでないと正確な座標指定ができませんが、ナルさんの着ている結界服までの距離なら感覚で分かるので、距離感覚と目視で無理やり座標を捉えます。


 うぐっ……!?


 目の奥の、脳みそと繋がる神経の部分がズキリと痛みました。神経を針で刺されているみたいな、鋭い痛みです。目の奥がチカチカして吐き気がしてきます。


 それでもここで逃すことはできません。

 見失ってしまえば、ナルさんがどうなるか分かりません。


 今までこれほど遠距離に起点を飛ばしたことはありませんし、一発勝負で決めなくてはならないのが辛いところですが。


「届、け……!!」


 起点の移動速度と結界の作成速度は、結界の移動や変形よりもはるかに早く、それはハヤブサ君の飛行速度にも負けないものでした。


 数秒後、ハヤブサ君の飛行位置に追いついた起点から巨大な立方体の結界が発生し、ナルさんごとハヤブサ君を閉じ込めることに成功しました。


 空間に固定された結界壁に、ハヤブサ君が衝突します。


 って、うわっ!?


 衝突の瞬間、ハヤブサ君の全身から電撃が迸り、結界内部からガリガリと結界壁の耐久力を削ってきます。


 やばい、ナルさんに負けず劣らずの強烈な電撃が!

 発電所にいる伝説の鳥みたいなやつですね!


 結界が自動で直っていって、魔力をどんどん吸われていきます!


 というかナルさん!

 まともにあの電撃を浴びてる!?


 やばいやばいやばい!!


 ナルさーん!?


 僕は、足場となる結界壁をハヤブサ君たちのところまで伸ばして全力疾走で駆け寄り、抵抗を続けるハヤブサ君の首を捕獲用の結界ごと薄刃結界でズパンと切り落としてナルさん(気絶中)を救出したのでした。

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