第040話・大人の包容力


「……とまぁ、コイツはまだまだ色仕掛けには気をつけたほうがいいな、ハローチェ」


「そうね……。ナナシさんもだいぶ我慢できるようになったみたいだけど、まだまだ隙は多いわね。とりあえずジェニカさん、あとはお願いできる?」


「任せてください、ちゃんと見ておきますので」




 ◇◇◇


 ナルさんの騙し打ちを食らって気絶してしまい、気がつけばジェニカさんに膝枕をされていました。


 くっ……、自分が不甲斐ないです……!


 ああでも、惜しかったなぁ……。


 蹴られる前に一舐めだけでもできていたらなぁ……。


 膝枕をされたままそんなことを考えていると、僕を見下ろすジェニカさんがコホンと咳払いしました。


「ナナシくんナナシくん」


 なんでしょうか、ジェニカさん。


「今、ハローチェさんとナルさんは鍛錬の汗を流しに結界小屋のシャワー部屋に行ってるんだけど」


 はい。最近では結界内の動体をなんとなく感じ取れるようになってきたので、それは知っています。


「そ、そうなんだ……。えっと、私は、ナナシくんはとっても頑張ってたと思うし、ここに来る前と比べたら、前にも増して立派になったと思うよ」


 ……ありがとうございます、ジェニカさん。


 しかしですね、今考えればあんな見え見えの誘いを見抜けない時点で、僕はスカポンタンチンなんだと思います。


 この一週間自分なりに頑張ってきたつもりでしたが、やはり魂にまで刻み込まれた性根というものは拭いがたいもののようで。


 僕は今、僕を信じて鍛えてくれたお嬢様やナルさんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。


「大丈夫だよ。ハローチェさんもナルさんも、まだまだこれからだねって言ってたけど、それはナナシくんに期待してるからだから。そんなに落ち込まなくていいんだよ」


 ほんとうですか、ジェニカさん……?


 しかし、そう言っていただけるのは非常に嬉しいのですが、やはりどうしても……。


 あんなふうに簡単に騙されたこともそうなんですが、それでも頭に浮かぶ悔しさの半分くらいは、お足を舐められなかったことへの悔しさでして……。


 自分でも、ちょっと意地汚いなぁ、って思ってしまいます。


「ナルさんの足を舐められなかったことが、悔しかったの?」


 ……はい、悔しかったのです。

 我ながら、情けない話なのですが……。


「それなら、……よいしょっと」


 ジェニカさんは僕の頭をゆっくりと膝の上から下ろすと、少し移動して、砂浜の上に寝転ぶ僕の顔の前に、自分のお足を持ってきてくださいました。


 ジェニカさん、これは……?


「この一週間頑張ったご褒美。今日の分の三分間とは別で、二人がシャワーを終えるまでなら、私の足を舐めてもいいよ」


 そ、それは……、でも……。


 さすがの僕も、嬉しさより苦しさのほうが勝りました。

 ここでジェニカさんの優しさに甘えてお足を舐めてしまったら、それこそ女神様に顔向けできないような気がするのです。


「良いんだよ、甘えても。私は大人で貴方は子ども。それにナナシくんはいつも私たちのために一生懸命頑張ってくれてるでしょ。私だって、ナナシくんのために何かしてあげたいっていつも思ってるんだから」


 ジェニカさん……。


「初めて会った時にも言ったと思うけど、私は足を舐めさせるぐらいならいくらでもしてあげて良いって思ってるの。けど、あんまり無節操に舐めさせるとナナシくんのためにならないからって、普段はハローチェさんに止められてるの」


 それはお嬢様が正しいと思います。


 僕は我慢のできる男ではありますが、それでもいくらでも舐めて良いとか言われると、本当にいくらでも舐めてしまうと思うので。


「だから今日は特別に、この一週間頑張って、ちょっと失敗して落ち込んじゃってるナナシくんに、ハローチェさんたちには内緒でこっそりと舐めさせてあげるの。特別だよ? 私とナナシくんだけの、秘密の特別」


 秘密で、特別……。

 ジェニカさんの、純粋な優しさの……。


 僕は少しだけ逡巡して、そして目を閉じて、ジェニカさんのお足に手を触れました。


「……ぅんっ」


 ジェニカさんの両足の裏を自分の顔に押し付けて、大きく一回深呼吸して、喫足します。


 すぅぅーー、……はぁーーっ。


 ああ、くらくらするほど効きます。

 効きすぎて、目頭が熱くなってきます。


「……ごめんね。ちょっと汗ばんでるから、……しょっぱいかもしれない」


 いえ、大丈夫ですよ、ジェニカさん。

 僕のほうこそ汗ばんでるので、少しお足が濡れるかもしれません。


「そう……。…………」


 …………。


「……舐めなくて、いいの?」


 ……はい、大丈夫です。


 ただ、もう少しだけ、こうさせてください。



 僕は、やけにゆっくりと時間をかけてシャワーを浴びているお二人が帰ってくるまで、ジェニカさんの優しさに甘えたのでした。

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