第027話・お嬢様無双
おや、そんなに慌ててどうしたのですかジェニカさん。
「え、ハローチェさんだけで降りていっちゃいましたよ!? ナナシくんは行かないんですか!?」
はい。僕はここに残ります。
僕、対人戦闘ってそんなに得意じゃないですし、結界での援護ならここからでもできますので。
「それに、僕が行くと邪魔になりますから」
そう言いつつ僕は、結界内に降り立ち駆け出したお嬢様を目で追いました。
身の丈より長い戦杖を手にしたお嬢様が、突然のことに動揺している盗賊のひとりのみぞおちを強かに打ち据えたかと思うと、返しの薙ぎ払いで隣にいた盗賊二人の首をまとめて打ち、昏倒させます。
打突音と転倒音を耳にした盗賊たちがお嬢様に気づいた時には、お嬢様は近くにいたひとりの盗賊にすばやく駆け寄っていました。
目一杯の遠間から外くるぶしの下を打ち払って転倒させると、倒れた盗賊のノドをズンッと突きます。
白目をむく盗賊を置き去り、さらに数人の塊に突撃するお嬢様に、ようやく盗賊たちも襲撃だと気づいて各々武器を構えますが。
構えただけで体が動き出していない盗賊たちと、すでにトップスピードまで加速して戦杖を振り上げるお嬢様とでは、絶望的なまでに速度差があります。
接敵と同時に一人目を、盗賊たちがお嬢様に斬りかかろうとした時点で二人目を、剣での斬り付けをかわしながらで三人目を、それぞれ一撃で叩き伏せます。
移動の速度とお嬢様を軸とした回転運動の遠心力が乗るので、戦杖の先端の速度はかなりのものです。
それに、上手に間合いを作って杖の先端で急所を打つので、盗賊たちは一撃喰らえば意識が飛んで気絶していきます。
身の丈より長い戦杖を軽々と振り回すお嬢様が、まるで舞うような動きで次々と盗賊たちを打ち倒していく様は、まさに悪鬼を滅する戦乙女といったところでしょうか。
見ているとちょっとインスピレーションが湧いてきました。
今度からお嬢様の勇姿も、木像を掘って形に残していこうかと思います。
「ハローチェさん、つ、強い……!」
「ああやって竜巻のように戦杖を振り回すので、近くにいると僕まで危ないんですよね。……あ、お嬢様!」
僕はパンと手を合わせると、お嬢様の背後に結界壁を作成し、卑劣にも背後から狙ってきた矢を弾きました。
「! このっ!」
お嬢様は振り向きざまに足元の石ころを拾うと、弓を構えた盗賊に向かって投げつけます。
お嬢様の手で握り込めるぐらいの大きさの石でしたが、それが高速で飛んできて額に当たるとかなり痛いです。
二の矢をつがえようとしていた盗賊は弾かれるように吹き飛んで気を失いました。
「これは何の騒ぎだああぁぁぁああああ!?」
お、残りの盗賊もあと数名となったところで、アジトの中から一際身体の大きな盗賊が出てきました。
おお、デカい。
そして太い。
外人レスラーみたいな体格のおじさんが、これまた大きな斧を担いでノシノシと歩きます。
倒れている盗賊たちとお嬢様を見て、ぺっとツバを吐きました。汚いです。
「なんだぁ、まだガキンチョじゃねぇか! テメェらこんなションベンくせぇのにやられたのか! 情けねぇ!」
大男が怒鳴ると、残っていた盗賊たちは「おやぶん!」と言いながら大男の元に集いました。
盗賊たちは皆、安堵したような表情を浮かべています。
なるほど、この大きな人がこの盗賊団のお頭なのですね。
なんかもう見るからに盗賊すぎて逆にパティシエとかパッチワーカーとかなのかもしれないと思いましたが、見た目そのままのようですね。
「おい、嬢ちゃん! 威勢がいいのはけっこうだが、世の中にはやっちゃあならねぇことがある!」
「なにかしら?」
「それはな、俺様の機嫌を損ねることだよ!!」
ごうっと風鳴りがして、大きな斧が叩きつけられました。
お嬢様はそれをかわしましたが、叩きつけられた地面が大きくえぐれ、ひび割れます。
「な、なんという怪力……!」
凄まじい衝撃音に、ジェニカさんの声が震えます。
確かに、ものすごいパワーです。
あんなものをまともに喰らえばただではすまないでしょう。
「おおおおぉぉおおおおおっ!!」
さらにお頭は、息もつかせぬ早業で次々と斧を振り下ろしながら、お嬢様を追います。
すごい。
この破壊力で連打ができるのですね。
相手がお嬢様でなければ、あっという間にやられてしまっていたことでしょう。
「ぐっ、このガキ、ちょろちょろと!」
そこら中の地面を耕す勢いでやたらめったらと振り下ろされる斧を、お嬢様はひらりひらりとかわしていきます。
そして、疲労からか僅かに緩んだ猛攻の隙をついて。
戦杖の先端に作成した鋭刃結界で、スパン、と斧の柄を切断しました。
「……はっ?」
丸い木の棒で突然斧の柄を切られたことに、盗賊のお頭は一瞬呆けた顔をし、
「……せやあっ!」
お嬢様は、コマのようにくるくるっと回った勢いで、お頭の顎先を掠めるように打ちました。
あれ、脳しんとうになるやつですね。
僕も訓練でやられましたが、マジで立ってられなくなるんですよ。
顎先を打たれたお頭の目がぐりんと白目になって力を失い、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れました。
「お、おやぶん!? ……ぐべっ!?」
驚く残りの盗賊たちを、お嬢様は一人ずつ素早く打ち倒していきます。
そして最後の一人が倒されたのを見て、僕はジェニカさんを連れて拘束結界内に降りていきました。
僕はお嬢様にお声がけします。
「お見事でしたお嬢様」
「ありがとうナナシさん。ところで、私とジェニカさんは盗賊たちのアジトの中を確認してくるから、貴方は気絶してる盗賊たちを縛っておいてくれないかしら」
了解しました!
僕は、倒れている盗賊たちを一人ずつ結界縄で縛り上げ、一か所にまとめて寝かせておきます。
それから盗賊たちのアジトに目を向けました。
なかなか奥の深そうな洞窟です。
自然にできた洞窟というよりは、自分たちで穴を広げて住みやすくしたというふうに見えます。
洞窟暮らし、慣れたら快適なんですよね。
いつでも温度が一定に保たれているので。
内部の衛生環境には気をつける必要がありますが、ゼロから家屋を建てるよりはよほど手早く、頑丈な住居になります。
さてさて、しばらく洞窟の外で待っていると、お嬢様と、目に涙を浮かべたジェニカさんが出てきました。
おや、どうされたのでしょうか。
ジェニカさん、何か洞窟内で怖い目に遭われたのですか?
「いえ、ナナシくん。これは、嬉し涙なの。それもこれも、ハローチェさんと、ナナシくんのお陰よ」
ほほう?
そうなのですか?
僕は、お嬢様のほうを見ます。
「簡単に説明すると、ジェニカさんが大切にしていたものをこの盗賊たちに奪われていて、それを取り戻せたのよ」
なるほど。それはめでたいですね。
「それなら、今日の晩ご飯はパァーッと豪勢にいきますか? おめでたい時は、美味しいものを食べるのが良いと思います。僕、腕によりをかけてお料理しますよ!」
「良いわね、そうしましょう。ジェニカさんも、それでいい?」
「はい! ありがとうございます!」
その日の夕食には、鮮度を維持するための結界で厳重に包んだティラノ君の生肉を、しっかり焼いたティラノステーキをお出ししました。
ジェニカさん、あまりの美味しさに、また泣きながらステーキを食べてましたよ。えへへ、喜んでもらえてなによりです。
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