第001話・黒髪褐色のじゃロリ女神様の力で転生します!


 はじめまして女神様。

 *****と申します。


 戸籍上の性別は男。

 本国籍は日本で、成人済みでございます。


 ……あれ? 今の僕の自己紹介、なんかちょっと変じゃなかったですか?


 ノイズが入ったというか、うまく発音できなかったというか……。


「そうじゃなあ、おヌシはもう死んでおるから、その名前は使えなくなったんじゃろうなぁ」


 なんと、そんなことがあるのですね!

 それなら僕はなんと名乗ればよろしいのでしょう?


「なんとでも。好きなように名乗ればよい。このワシが許す」


 わかりました!

 それではナナシと名乗ります。


 名無しのナナシです、分かりやすいでしょう?


「それではナナシよ、これよりおヌシには異世界へと転生してもらう」


 異世界? 転生?

 なんだか聞き慣れない言葉ですね。


「む、そうか。最近ではわりと知名度も上がってきたと思っておったが。要するに、違う世界の別の人間として生まれ変わるということじゃ。通常の輪廻転生とは処理方法が違うので、おヌシの人格や記憶はそのままになる」


 へぇー! そうなんですね!


「そして転生の際おヌシには、次の世界の維持に必要な真力と呼ばれるエネルギーをこれでもかというくらい搭載して送り出す。そうすることで、次の世界が滅びの時を迎えるまでの時間が延びるのじゃ」


 なるほど。有限会社エネルギー運送ナナシ、というわけですね。


 そうすることで、次の世界はどの程度の間助かるのですか?


「ざっと見積もって三百年ほどかのぅ。こうして定期的に維持コストを送り込まんとならんのが、創世業務の面倒なところなのじゃ」


 そのたびに、僕みたいに誰かを転生させるのですか?


「ああ。毎回転生者を見繕ってお願いしておる。まったく関係ない世界の人間の魂に真力を乗せるのが、一番効率が良いのじゃ」


 なるほど。たいへんなんですねぇ。


「たいへんじゃとも。分かってくれるか、ナナシよ」


 分かりますとも。


 見た目は十歳くらいの女の子に見える女神様が、はぁ、とため息を吐きます。


「他の創世神の中には、うまいこと誑かして転生させるものもおるが、ワシはどうにもそういうのが苦手でのぅ。毎回ギリギリまで放ったらかしにしてしまうんじゃ……」


 苦手なことでも、お仕事だからと自分を誤魔化してやっているんですよね。


 嫌なことだからといって投げ出さず、ご自分の職務を立派にやり遂げるのはとても素晴らしいことだと思います。


「そうなのじゃ、そうなのじゃよ! ああ、おヌシが初めてじゃ、そうやってワシを労ってくれたのは……」


 そう言うと女神様は、疲れたような感動したような、そんな表情を浮かべました。


 僕は、そんな女神様を見ているとなんだか胸がきゅうーっとなる感じがして、女神様のことがとても愛おしく思えてきました。


 女神様のためならどんなことでもしてあげたくて、どんな困難でも乗り越えられそうな、そんな気持ちです。


 これは、あれですね。

 苦手なことでも頑張っている女神様のことを、僕はとっても尊敬してしまっているんだと思います!


 そういえば、神様のことを思う気持ちというのは、信仰心という名前があった気がします。


 信じて仰ぐ心。

 うん、まさに今の僕の心情にぴたりと当てはまっています。


 そうこう考えている間にも、女神様への信仰心はどんどん大きくなってきています。


 お疲れのご様子の女神様に、なにかしてあげたいですね。


 あ、そうだ。お肩をお揉みしますね。もみもみ。


「お、おお、これはなかなか。おヌシ、肩揉みがうまいではないか」


 はい。前世では女の子の柔肌を合法的に触りたい一心で、マッサージの勉強と練習をしておりましたから。


 それにツボとかハリとか整体とか、その他色々学んでおりますので。


「そ、そうか。……動機は邪念まみれじゃが、腕は確かじゃの」


 女神様の褐色のお肌も、すべすべで素敵です。

 サラサラの長い黒髪からのぞくうなじも、とっても艶やかで良い匂いがします。


 けど、首から肩のあたりがすごく凝っています。お労しや。

 よーくお揉みしますね。


 もみもみもみ……。


 もみもみもみ……。


 もみもみもみもみ…………。



「……うむ、揉んでもらってとてもスッキリしたぞ。頭が晴れ晴れとするようじゃ。礼といってはなんじゃが、本来なら転生特典ギフトとしてレアなスキルを授けたりするんじゃが、いつもより色をつけて授けてやろう」


 ほんとうですか。やったあ。


「真力エネルギーとともに、……ほーれ」


 女神様の手から出てきたキラキラした光が、僕の身体に吸い込まれて消えました。


 わあい。よく分かりませんが、なんだかとても元気になってきた気がします。


 ありがとうございます、女神様。

 これほど良くしていただけるなんて、光栄でございます。


「ははは、まぁおヌシには負担をかけるからのぅ」


 転生した後も女神様のことは決して忘れません。

 毎日祈りを捧げたいと思います。深々と。


「そうかそうか。まぁ、気が済むまで信仰するがよい」


 許された!

 これで信仰し放題ですね。わーい。


 僕は、ぐんぐん膨らむ信仰心を胸に、女神様のお姿をじっと見つめます。


 真っ黒い髪、褐色のお肌。


 優しげに垂れた眉。

 琥珀色の瞳。

 小さなお鼻に可愛らしいお口。


 手足も身体付きもほっそりしていて、見た目は十歳くらいの女の子な女神様。


 僕は女神様のお姿を、決して忘れないように脳ミソに刻みつけました。

 これでいつでも女神様のお姿を思い浮かべて、祈りを捧げることができるでしょう。


「お、おい。ニコニコしたまま無言で見つめてくるのはよすのじゃ。少し、恥ずかしいではないか……!」


 照れてる女神様のお顔もちゃんと覚えましたよ!


 あ、女神様。転生する前にひとつだけお願いがあるのですが。


「お願い? どんなことじゃ?」


 はい。僕、女神様のお足に口づけをしたいです。


「く、口づけじゃと!?」


 はい。なんなら爪先を咥えてぺろぺろしたりちゅぱちゅぱしたりしたいんですけど、女神様にそこまでするのは流石に憚られるので、口づけだけにします。


「な、なにゆえそのようなことを……」


 僕は今、女神様への信仰心で胸がいっぱいになっておりまして。このままだと胸が張り裂けそうなのです。


 どうか女神様への僕の気持ちを、行動で示させてください。お願いします。


「しかし、足に口づけなど、その……」


 なにとぞ、なにとぞお慈悲をお恵みください。


 僕は流れるように土下座をし、地面に額をこすりつけました。

 そのまま微動だにせず待ちます。


 困惑した様子だった女神様でしたが、やがてそっと僕の前に右足を出してくださいました。


 僕はゆっくりと顔を上げると、目の前にあった女神様の右足の甲と、足の指先にちゅっちゅっちゅっと口づけをしました。


「こいつ、三回もしおった……!?」


 本当なら三回どころか何百回でもしたいところですし、なんなら二時間でも三時間でも爪先を咥えてぺろぺろしていたいところなのですが、さすがにそこまですると女神様の足がふやけてしまいますので、今回は我慢します。


 僕は、信仰心を現せて晴れ晴れとした気持ちで立ち上がると、お顔を真っ赤にした女神様を見つめます。


「おヌシ、怖いもの知らずか?」


 怖いものなど。今はただ、女神様にお会いできた喜びで胸がいっぱいです。


「……ううむ。こやつ、本気でそう思っとるの。しかし、出逢ったばかりのワシ相手に? いくらなんでもチョロすぎんか……??」


 女神様?


「ええい、もうよい。これ以上ワシもとやかく言わんから、はよぅ転生してしまえ」


 真っ赤なお顔のまま、恥ずかしそうに言う女神様。


 ああ、そうだ。これだけは聞いておかなくては。


 女神様。また、お会いすることはできますか?


 僕が問うと、女神様は「……まぁ、二度と会えんということでもない」と言ってくれました。


 それだけ聞ければ大丈夫です。


 それでは女神様、お達者で。


 女神様にペコリと頭を下げると、僕の足元に真っ黒な大穴が開いて、僕はその中に落ちていったのでした。

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