巡礼者

葉島航

第1章 巡礼

 おんぼろの乗り合いバスは、砂利道を進む。

 エンジンの具合でもおかしいのか、がたがたと車体が揺れる。咳き込むみたいに。

 走行音のやかましさとは裏腹に、乗客たちの間には沈黙が満ちている。前方に座る老夫婦がみかんをむきながら、時折ぼそぼそと言葉を交わす。それだけ。

 ローレンス氏も、口を真一文字に結んだまま、外をじっと見ている。

 ハンチング帽も、薄手のコートも、長旅ですっかりくたびれてしまった。隙間風に身を震わせて、ローレンス氏はコートの前裾を合わせる。

 砂塵で汚れた窓の向こうを、トタン屋根の小屋が通り過ぎていく。

 野菜の並んだ露店。

 竹籠を担いだ老女。

 道端で陣取り遊びに興じる子どもたち。

 そこには、生活があった。

 ローレンス氏は満足げに鼻を鳴らす。

 彼が見たのは、まぎれもなく復興の風景だった。あの悲しい悲しい戦争からの。


 バスが行くのは第八地区だ。戦時中、「前線」と呼ばれた場所。

 ローレンス氏は西日に目を細めながら、懐かしい風景を眺める。

 ニッパとまきじゃくに出会ったのはここだった。

 小柄で臆病で、そのくせいつもニパニパ笑っている。だから「ニッパ」。彼に「前線」は不似合いだと誰もが言った。その度に、彼はただ「金が要るんだよ」と答えた。

 まきじゃくの由来はさらに単純だ。リーゼントヘアがまきじゃくみたいだったから。短気で粗暴、口も悪くて「シャキッとしろや」とニッパによく怒鳴っていた。でも、人に手を出すことはなかった。

 バスが停まり、立ち上がった乗客たちがのろのろと列をなし始める。ローレンス氏は最後尾についた。

 戦時中の記憶がよみがえる。

「前線」に送り込まれたとき、輸送車の降車順でチームを組むように言われた。今思えばこの上なく乱暴な編成方法だったが、文句を言う者はなかった。

 そうして、ニッパとまきじゃくがチームメイトになった、訓練や任務はもちろん、食事の準備や就寝に至るまで、行動は常に三人。

 どう考えても嚙み合いようのない三人だったけれど、不思議と馬が合った。

 大きな任務が終わると、三人でその辺りの塀によじ登り、乾杯したものだった。回し飲みした安酒の匂いを、今でも鼻の奥に感じることがある。

 バスを降りたローレンス氏は歩き出す。

 復興の具合を確かめるために。

 失ったものを直視するために。

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