第4話 青き視線に囚われて
「どういう、事ですか」
問いかけを告げる唇が、僅かに震える。ありえない状況に混乱しながら、私はこの奇跡の様に現れ出でた黄金色の王子様を前に、視線を逸らすことが出来なかった。
「この『物語の意思』は、既に僕の手の中にあります」
「―――え?」
言われた話の意味が判らず、首を傾げる。と同時に、今のは『お妃様』らしくない仕草だったかもしれないと後悔した。
けれど、一段下で控えている黄金色の彼は、そんな私を見るなりより一層綺麗な笑みを深めている。
「今この時この場が、お話上には無いように、もうこの世界は物語から外れているんです。僕が、外させました」
「そんな事が……出来るのですか?」
黄金色の青年が告げた事実に驚愕する。
物語から外れた世界。
それはもう……絵本では無いのでは。
そうしたら、私達の存在は消えてしまうのではないかと一瞬危惧した。
しかし、未だ私達はここにいる。
城の兵士も家臣達も皆揃っていることから、誰かがいないわけでもないらしい。
「出来ているので、大丈夫なんでしょうね」
私の考えを察したのか、王子様が言葉を付け加えてくれた。軽く首を竦める仕草は、物語の王子様らしくは無い。
だけど、今の方がずっと今の彼に似合っている気がした。
「えっと……それでは私達は、今後自由に過ごしてもかまわないという事でしょうか…? この世界が崩壊するなんて事は…」
正直混乱していたけれど、もう毒林檎を彼女に食べさせたりしなくて良いならこれ以上の事は無いと、私は期待を込めて彼に問いかけた。
私達を囲む兵士や家臣達も皆驚きでざわめいている。
繰り返しの生を生きなければならないことに皆辟易していたのだろう。
自由という言葉に反応して口々に歓喜や驚嘆の言葉を漏らしている。
しかし、そこにはやはり不安の色も含まれていた。
「崩壊はありえません。創られた物語は改変はされましたが、消失する事は無い。それは僕が保証します」
皆が一様に浮き立つ中、王子様がきっぱりとそう言い放つ。
確信めいた彼の声音に、その場が一瞬で静まりかえった。
「そう、なのですか……」
感じていた不安が払拭されたことに、ほっと息をつく。
「はい。『絵本の意思』は、僕に譲渡されましたので。僕が存在している限りは、この世界は在り続けます。ですから安心して頂いて大丈夫です」
言いながら、王子様が物語で登場している時以上の美しい微笑を浮かべる。私も含めたその場の人々全てが、彼の笑顔に魅せられ、ほうと息をつく。
本当に。
本当に―――もう、物語を繰り返さなくて良いのら、こんなに嬉しいことはない。
「ありがとう、ございます。王子様。何と言えば良いのか……」
感激する私に、黄金の王子様が笑いかけてくれる。
思えば彼とは、物語の外でもあまり言葉を交わすことが無かった。他の人々と同じく嫌われていると思っていたのだけど……今こうしてわざわざ告げに来てくれたという事は、強く嫌悪されていたわけでは無かったようだ。
時折遠くから眺め見ていた美しい人を前に、私は物語の解放からとは別の嬉しさを心に抱いていた。
「いいえ、感謝されるほどの事ではありません。僕は自分の為に、そうしただけなのですから」
言いながら、王子様がその場から立ち上がり、ゆっくりと優雅な動作で私の元に歩み寄る。
玉座に座ったままの私は、その一連の動作をまるで観客のように眺めていた。
……美しい人だと思っていた。
物語の中で、私と王子様が関わるシーンと言えば『最後の瞬間』しかないけれど、それでも私は彼にどこか不思議な感覚を感じていた。
お話の最後で彼と目が合う瞬間、いつも沸き上がっていた感覚。それは今も同じく感じている。
彼が近付くにつれ高まっていく鼓動の音は、最早早鐘のように私の耳の奥で鳴り響いていた。
「僕は自分の望みを叶える為に、この世界を解放したのです。あらすじ通りならば、この後僕は物語の主人公(ヒロイン)である白雪姫に口付けをして、彼女を蘇らせるというところでした。だけど、僕が愛しているのは―――彼女ではない」
「え」
唐突な告白が間近で聞こえて、私は私の顔を覗き込みながら微笑んでいる黄金色の王子様を凝視した。
彼の綺麗な顔をこんなに近くで見るのは何度も繰り返したお話の中でも無かったな、などという事を思いながら、どうしてこの人が私の目の前で―――口付けすらできそうな距離で、優しい声音で囁いているのか疑問が湧き出す。
「僕が愛しているのは―――貴女ですよ、お妃様」
座り慣れた玉座の上で。
私は、黄金色の王子様に見つめられ、青く澄んだ彼の視線に―――囚われていた。
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