ボツにした「『僕』が『君』に語る物語」

 君がこの手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世には居ないのでしょう。



 というような手紙を書いてみたい衝動に駆られたのですが、生憎と僕は元気いっぱいなのでまあまあ普通に生きています。しかし、君の前から姿を消しているはずです。

 何故このような手紙を書くに至ったかというと、君のマグカップを不注意にも割ってしまったからです。それはもう綺麗にパックリと、スッパリと、真っ二つに。ごめんなさい。どうか愚かな僕を叱ってはくれませんか。嘘。僕の心は絹豆腐よりも脆いのでやっぱり叱らないでください。

 白地に黄緑色の花が描かれたあのマグカップは、君が僕とルームシェアをする以前から持っていたものです。きっと何か大事な思い出が宿る品だったのでしょう。いいえ、例え百均で買った適当なものだったとしても、物持ちの良い君のことだから、長年の使用により愛着が湧いていたはずです。それを僕が割ってしまった。普段は恵比寿様のように柔和な笑みを浮かべる君も、さすがに怒ってしまうかもしれない。いつもニコニコしている人ほど怒ったら怖い。きっと怖い。そういうわけで、僕は先手を打って君の前から姿を消したのです。

 しかし、これは罪から逃れようという行動ではありません。僕が君と暮らした部屋を出たのは、金継ぎの修行をするためです。以前、美の壺だかマツコの知らない世界だかで見ました。金継ぎは凄いです。僕もきっとあの技術を習得して帰ります。そうして割れてしまったマグカップを漆でペッタリとくっつけ、美しい金で彩ってみせます。期待していてください。

 完全に元通りにすることは出来なくても、新たなマグカップが君の手に馴染むことを祈っています。


 次に僕が君の前に現れるとき、大谷□平もビックリのヘッドスライディングを決めるでしょう。そして藤□聡太がビックリしておやつを食べる手を止めるくらいの、迫真の土下座をします。そこで君が一言、「いいよ」と許してくれたら、僕が完璧な金継ぎで君のマグカップを直し、仲直り完了です。金色の川が輝くマグカップで、また一緒に紅茶でも飲みましょう。君が好きなクルミ入りのスコーンも買って帰りますから叱らないでください。



(自主企画【「僕」が「君」に、「私」が「あなた」に語る物語】に寄せて書こうと思ったのですが、くだらないし短いので提出するのやめました。供養。)


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