新酒まつり

 先日、新酒まつりに行ったのだが、あれは本当に最高だった。

 まずは駅前広場で試飲券付きの特製お猪口を買う。これを持って城下町の酒蔵を巡り、五蔵飲み比べをするのだ。お猪口は、縁日の金魚を入れるようなビニル袋に入っているのだが、紐がショッキングピンクなので非常に目立つ。しかし恥じることはない。誰も彼もがその派手な紐を腕に引っかけ、または手に持ち、その辺りをぷらぷらと歩いている。こいつら全員酔っ払いだ。もしくは酔っ払い予備軍だ。私もその一員になるべく、勇んで城下町へ繰り出した。

 普段は人っ子一人出歩いていない寂れた町も、この日ばかりは賑わう。実は以前も訪ねたことがあるのだが、茶器を売っている店で店主と話したとき、「こんなところに!? 観光で!?」と大層驚かれた。あまり卑下しないでほしい。再建とはいえ一応は城があり、規模は小さくとも城下町があり、何より日本の銘水百選にも選ばれている町なのだ。そして水が素晴らしいということはつまり、酒も素晴らしい。だからこそ、この新酒まつりも大いに賑わっている。

 一本、真っ直ぐに伸びた大通り沿いに酒蔵が点在している。酒蔵の他には茶器、服飾、金物、和菓子など。祭りだからといって特別なことをするわけでもなく、ほとんどが日常のままだ。あとは軒先に自家製の味噌や野菜を出してるところもあるが、あまり商魂のたくましさは感じられない。そういう雰囲気が逆に良いと思った。観光地としての自覚の無さが逆にいじらしくて愛おしい。

 そういった長閑な時間が流れる場所で、酒を楽しむ。酒蔵の前でお猪口を持った人たちが並び、列が進んでいくのを今か今かと待ち望んでいる。店先にある杉玉や日よけ幕の写真を撮り暇を潰す。とうとう、私の順番が回ってきた。威勢の良い店員が言う。

「何を飲まれましょう! しぼりたて生、純米吟醸、特別純米、どぶろく、四種類ございます!」

 こう問われて、「全部!」と返さないだけの理性はギリギリで持ち合わせていた。巡る酒蔵は五つ、買った試飲券は五枚綴り。どれかを選ばなけれなならない。どれを選んでもきっと美味しいのだろう。SSR確定ガチャみたいなものだ。少し悩んだ末、しぼりたて生を選んだ。正確に言うと「純米しぼりたて生酒“福祝”」だ。

 酒を受け取ったら、その辺にたむろして飲む。青空居酒屋だ。それでもまだ常磐線の居酒屋列車よりかは行儀が良いだろう。

 正直、私には酒の良し悪しはわからない。基本的に何を飲んでもうまいし、あとは自分の好みにどれだけ合致するかだ。繊細な舌も食レポする語彙も持ち合わせていないので、味の感想にはあまり期待しないでほしい。結論から言うと、この酒は非常に私好みだった。甘酒に似た甘い香り、それを裏切らないフルーティーな味わい。スパークリングではないのに少しパチパチとした刺激もある。アイスクリームに例えるならホッピングシャワーだ。

 飲み終えたら、道端にある井戸でお猪口を洗い、ついでに水も一杯。さすが銘水の里というべきか、町のいたるところで自噴式の井戸から澄んだ水が溢れ出ている。

 ところで、私は以前この町を舞台にした時代小説を書いたことがある。土屋何某という身勝手な殿様が臣下や領民だけでなく、この地に住む動物まで害し、その報いを受けるという話だ。殿様の命令で、明石志賀之介という力士が狐を引き裂いて殺す場面がある。引き裂かれた狐は勢い余って傍らの井戸に落下する。題名が「釣瓶落としの後始末」と決まっていたから、そういう場面を設けた。井戸に落ちたはずの狐の死骸が、終ぞ見つからなかったという何とも怪しげな展開になっている。しかし、これは全くもって嘘である。フィクションである。これだけ豊かな水を湛えていたら、狐の死骸は鶴瓶落としになどならず、ぷかぷかと水に浮かんでしまうだろう。閑話休題。

 そうして四杯飲んだところで、私はもうとても良い気分になっていた。ふわふわと漂うような心地だ。酔うといつも宇宙に放り出される。無重力空間で歌ったり踊ったりしたくなり、とにかく愉快な気持ちになって仕方がないのだ。

 最後の酒蔵は、大通りを抜けて坂道を少し登った先にある。そこには、極めて原始的で健康的な光景が広がっていた。他の酒蔵は瓶で酒を用意していたが、ここだけは瓶だけでなく四斗樽まであったのだ。試飲の範疇を越え、宴会が始まっている。しかし最低限の品位だけは失ってはいない、良い塩梅だ。

 長机を並べ、一升瓶ケースをひっくり返した椅子に座り、愉快に飲み交わしている。私は最後の試飲券を使い酒を貰うと、その末席に座った。そのうち誰かが、「オイオイ、オイオイ」と節をつけて歌い始める。合間に手拍子も入る。やがて周りを巻き込んで踊りだし、肩を組んで、

「飲んでるかぁい!」

「Yeah!」

 なんて言って、更に渦を広げてゆく。ちなみに前者が若い女性で後者が老齢の男性である。若きも老いも女も男も、酒の前では些事にすぎない。皆一様に酒を飲み楽しんでいる。麗らかな早春の陽気とうまい酒と、愉快な酔っ払いたち。この光景を、梅の香りと銘水のせせらぎを肴に飲む、と書くのは些か詩的すぎるだろうか。



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