第2話 冒険船ミグラテール号、最初の海妖対策です!
港を出てしばらくは、穏やかで平和な海が続きます。
とはいえ海妖対策士としてのお仕事がないわけではないので、港で親切に声をかけてくださった赤茶髪の方——シュエットさんに船内を案内してもらいながら各所チェックに回ることにしました。
直接人に悪さをしないまでもいつの間にか船体に取り付き、放置しておくと船にダメージを与えるタイプの海妖も存在するからです。
しかしまあシュエットさんは誰かさんと違ってとても気さくでお優しいので、仕事中ながらついつい話が弾んでしまいます。
「えっ……シュエットさんってお医者さんなんですか⁈」
「そうだよー。実家が診療所やっててね、俺も小さい頃から手伝ってたの。だから流れるように医者になったよね」
「なんでまた冒険船のお医者さんを……?」
「アクイラに誘われたからだね。他の奴らもそうだよ。俺ら全員幼馴染だから、あいつに声かけられたら二つ返事でオッケーしちゃった」
そう言って明るく笑うシュエットさんですが、あの方に声かけられたから二つ返事とはちょっと今の私では正直首を捻るしかありません。
確かにカリスマ性というか……そういうものはすごい方だと感じましたけども。
しかし幼馴染……あのアクイラさんと小さい頃からのお付き合いということは、皆さまかなり忍耐力が鍛えられているとお見受けします。よし後で子どもの頃の恥ずかしいエピソードでも聞いてやろうと内心拳を固めたところで、ブリッジへ辿り着きました。
この船の操舵手であるらしい黒髪短髪のガタイのいいお兄さんが私たちに気付いて振り返ってくださいます。
「おー、シュエット! と、エンテだったよな?」
「は、はい! ええと……」
「オレはファルケ。これから長旅になるけど、よろしくなー」
ニッコリ笑って握手を求めてくるファルケさん。
けっこう目付きが鋭くて強面なので勝手にガラ悪めな方かと思ってしまいましたが、いざお話ししてみると怖さのかけらもなく人懐っこい大型犬のような印象です。
「宜しくお願い致します!」
「はは、めちゃくちゃ気合い入ってんな。無理してさっそくシュエットの世話にならねーように気をつけろよー」
「それは君こそだと思うけど」
ファルケさんの言葉に、落ち着いたトーンの声が被さりました。
よく見てみればファルケさんのすぐ隣には船の設計図を持った人影が。ファルケさんと同じ黒髪赤目の……確かあの時アクイラさんが呼んだお名前の、残る一つはヴェルガーだったはず。つまりこの方はヴェルガーさん。
あまりに物静かすぎて、お声を発されるまでいらっしゃるのに気が付きませんでした……!
「兄ちゃんそんなヘマしねえぞ、ヴェルガー」
「どうだか。毎回、一回は燃料の
「だって次はやれる気がすんだもん」
「毎度そのしょうもない理由の火傷を治療する俺の身にもなって⁈」
「それはやっちゃダメなやつですよ⁈」
唇を尖らすファルケさんに高速でツッコむシュエットさん。さすがに私も同時にツッコんでしまいました。
ただし込められた魔法は回数制限があり、規定回数ぶん使用し切ってしまうと輝きを失ってただの石になってしまうのですが。
この度は長期航海予定なのでかなりの量を積んでいるものとお見受けしますが……決してお安いものではないので、相当の覚悟を決めて購入されたのではないでしょうか皆さま……。
「やらかす度にシュエットに迷惑かけてるしアクイラにも叱られてるんだから、そろそろ懲りて」
「自分も心配だからとは絶対言ってくれねーんだよなこの弟」
あ、やはりお二人は兄弟なのでしょうか。
そう思った私にすかさずシュエットさんが「あんまり似てないけどね、実は双子なんだよこの二人」と教えてくださいました。まさかの双子!
確かにお二人とも背が高いですが、こう……ムキっとしたファルケさんに比べてヴェルガーさんはスラっとしてらして、お顔立ちも瓜二つとは程遠く。これはいわゆる、二卵性双生児というやつなのでしょうか。
そこでヴェルガーさんがチラリとこちらに視線を投げられたのに気付いたので、慌てて背筋を伸ばしました。
「僕はヴェルガー。よろしく、エンテ」
「えっあっ……ハイ! 宜しくお願いします!」
「これからはエンテにも迷惑かけることになるから、なおさらファルケには馬鹿を控えて欲しいところだね」
そう仰るヴェルガーさんは一見無表情に見えて、唇の端で少し笑っているようでした。
とても寡黙な方のようだったのでとっつきにくいかもと思ってしまっていましたが、それも私の早とちりだったのかもしれません。
ミグラテール号の皆さま、揃いも揃っていい人たちばかりで……肩にバキバキに入っていた力が、ゆっくり解けていくような気がしました。
——いや、最難関な方がいらっしゃるので脱力にはまだ早いのですけれどもね!
「自分の仕事は済んだのか」
皆さまとの歓談ののち、甲板にて遠ざかっていくキクノス王国のほうを眺めていたらいきなり後ろから声をかけられました。件の人に。
振り返ると、焦茶の長い髪を海風に靡かせてアクイラさんが立っています。
ただ立っているだけなのに何という威圧感。俺様何様船長様といった具合で、一瞬心臓が縮み上がりました、が。
「済……み、ましたとも! ええ、ちゃんと!」
堂々と胸を張って答えてやりました。ちょっと声は上擦りましたがそこは仕方ないとして!
もちろん口先だけではお話になりません。海妖対策士として何を為したのか、しっかり業務報告しなければ。
「目に見えて危険な海妖たちは主に外洋に生息していますが、かといって沿岸部に全くいないわけじゃありません。むしろ地味に厄介なのが存在しています。それがこの——セラステス・ミクロスです」
手に下げていた麻袋の口を広げてみせると、アクイラさんの空色の目がスイと動いて袋の中を見てくださいました。
袋の中にいるのは人間の腕の肘から先くらいの長さと太さの、乳白色で筒状の生き物。口と思しきものがついている先端の方には二本の平べったいツノ状のものがあり、全体的にぐにゃぐにゃしています。
「セラステス・ミクロスは直接人を襲うことこそしませんが、食欲旺盛で悪食な海妖ゆえ船を食べてしまいます。出航したてでまだあまり速度の出ていない船に齧り付き、消化液で溶かして食べながらツノで掘り進み船体に穴を開けてしまうんです」
「……それが原因で沈んだ船も、少なくないと聞くな」
「はい。獰猛でなくとも、決して無視できない厄介な海妖です。なので早めの対策が必要となりますゆえ! 私エンテが、雷の
反対側の手に握りしめていた透き通る黄色の
込められた雷の魔法を船の外壁に伝わせて放てば、齧り付きたてのセラステス・ミクロスを一網打尽にできるのです。これが奥深くまで潜り込んでしまっているとまた駆除が大変になるし修復も必要になるのですが、現段階ならまだ多少表面に傷がついた程度。
「セラステス・ミクロスは波の穏やかな沿岸部にしか生息していないので、沖に出るまで定期的に
……などと、ドヤってみましたが。
セラステス・ミクロスの対策など海妖対策士として基本中の基本。初級試験に出てくるような内容です。
冒険者で船乗りであるアクイラさんだってきっとご存知でしょう。
ですが初級だろうと何だろうと、これは間違いなく海妖対策士たる私の仕事。
冒険者たちが何の心配もなく航海だけに専念するために、海妖の生態とその対策を極めた私たちがいるのですから!
「……なるほど。良い目をする」
「え」
ドヤ顔の私を見てさぞかし嫌そうにするかと思っていたら。
たいへん予想外なことに、穏やかにそう言って微笑むアクイラさん、が……。
「シュエットの言う通り、研究所も籠耳じゃなかったか。仕事にかける誇りは本物のようだな」
……お言葉の内容は相変わらず、海鳥羽ばたく遥か上空目線であらせられるのですが。
美人はやっぱり笑顔が一番映えますね……じゃなくて!
これはもしかして、私、ちょっと褒めていただけてたりします?
実はミグラテール号への派遣が決まったとき、先立って船長さんのこと調べたんです。
古代遺跡残る人類未到の島や伝説上の存在と言われていた幻の海遊民族を発見したすごい若手冒険者なんだと知って、胸が躍りました。私の知識が、そんな人の力になれるんだと。
まだ見ぬ世界を拓いていくお手伝いができるのだと——
「とはいえ第一級らしさはまだ見えんがな。せいぜい期待に応えてみせろよ、アヒル」
「エ、ン、テ、ですッッ!」
ちょっとウルッとしてしまった私の馬鹿!
前言撤回です。お手伝いなんかで済ませてやるものか。
この王様然とした船長殿に、私の力が必要だと言わせてやりますからね!
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