二十三、ストロー
所変わって、地下通路内部。気象観測所から続く通路を歩いてきた三人と一機は、終点のドア前へ到着していた。
人間の歩調に合わせて進んでいた探査機は、ロックされた扉の前に到着するとケーブルを繋がれ、開錠を試みている。施設のシステムは少し古いが、鍵は最近になってから更新されたらしい。おそらく裏社会組織と繋がっている研究員からの技術提供があったのだろう。
という旨が専門用語交じりに説明されたことを、淳長は啓一郎に通訳してもらいながら理解した。徐々に近づいていた敵影が鮮明さを増し、このドアをくぐれば色濃さも増していくのが容易に想像できて、思わず身震いしてしまう。
誘拐という目に遭った以前に、どうやら研究所とも関わりを持ってしまったらしい淳長だが、それらの危険は意識するより先に過ぎ去ってしまっている。今度はこれから、自ら危険へ飛び込むとなれば、体が強張るのも当然だった。銃を携帯し、開錠をじっと待つ傭兵二人のようにはいかない。
しんと静まり返った通路に響くのは、機器から発せられる電子音と、探査機搭載の通信機越しに聞こえる技術者たちの声。淡々と作業が進んでいくのを耳で把握すること数分、「オールクリア」の声と共に、ドアが素早く開いた。
ところが、数秒も経たないうちに、探査機から警鐘が鳴り響く。とどめを刺されたようにびくりと硬直した淳長に対し、傭兵たちは怪訝な顔をして振り返るのみ。
「異物の反応か。施設内に保管されてた奴でも暴れ出したんか?」
『おそらくは。どうやら機械に侵入する異物のようです。ただちに探査機のケーブルを外してください』
「機械に侵入!?」
思わず飛び上がったのは、またも淳長だけ。重満は指示の通りにケーブルを外しているし、啓一郎にも動揺の色は無い。
「確認されてはいるのよ、そういう異物。危険すぎるから公表されていないだけで」
「そんなのがいるって公表したら、配慮ってものがちょびっと欠けた怖いもの知らずが余計なことするかもしれねェからなァ。研究所内でも極秘裏に研究が進められてる。俺らも存在だけ知ってて、他はなんも知らん」
「あんたも余計なこと言ってんじゃないの。卯木さん、いま聞いたことは忘れときなさい。一般人が知っていいこととは言えないわ」
きゅっと口を結び、淳長はこくこく頷く。「忘れた方がいいこと」が色々とありすぎて、もはや頭を打って白紙に戻した方が穏便な気がしてきた。
「ってェなるとォ……施設内はそいつに占拠されちまったって状態か?」
『いえ。探査機から得られた情報によれば、異物の大本は四階以降に留まっているだけだと。しかし、探査機の接触を機に、こちらを偵察しに来る可能性が高いです』
「ま、どっちにしろ、行かなきゃいけないことは変わらないわね。卯木さんは引き続き、私たちから離れないように」
「おっともう来た」
言うや否や、重満が威嚇を兼ねて発砲する。異物が来たのだろうが、淳長はまだその姿を見られなかった。啓一郎が咄嗟に、庇うように前へ出たので。
「液状型か。渡貫中佐ァ、俺らが施設から離脱した後、ガス撒いた方がいいぜ。付近の土壌も汚染されてるかもしれねェし、しばらく立ち入り禁止にすべきだな」
『ええ。後続で出発予定の浄化班にも情報を伝達しました。迅速に施設内の人員を救助し、地上へ帰還願います』
了解の返事と共に、傭兵たちと、動作を戦場モードへ切り替え走行速度を増した探査機が施設内へと突入。淳長も遅れず、またはぐれないように無駄口を叩かずに続く。
「いやァまどろっこしいことばっかり続いて嫌になるねェ。帰ったらストローハットあたり一杯キメようぜ、啓ちゃん」
「それ確かテキーラベースのカクテルでしょ。私は付き合わないわよ!」
「やだつれなーい、トマトジュースで割ってレモン添えるんだから可愛いもんだろォ」
「気に食わない猿真似してなかったら大目に見てやったわ」
傭兵二人は仲良しな会話を続けながら、施設内の隙間を通って出現する異物を撃つ。ドアが増えた程度しか変わらない通路は、人や異物の気配を感じさせない清潔さを保っていたが、男三人と機械一台によって黒ずんでいった。
自分たちがどこを走っているのか、見たはずの地図が頭からすっかり吹き飛んでしまった淳長だったが、非常階段の入り口へ差し掛かった際に2Fの表示を捉えた。階段へ入ると、階下から這い上がってくる異物が淳長にも見え始める。蒼黒く、スライムが意思を持って動いているかのような姿。グロテスクではないが、不気味なことに変わりはない。
ところが不思議と、淳長はそこまで心を乱されなかった。むしろ、頭の片隅に冷静が保たれてさえいた。
階段を下る直前、通路を振り返ってみると、壁や床、天井の隙間から異物が浸食を続けている。それは単に状況を見に来ただけなのだろうと、自然に湧いた予測が挟まってくる。階段を飛ぶように駆け下りながら、淳長は急速に自覚し始めていた。この異物こそ、恐らく眠っていた自分を呼んでいたモノだと。
先行する二人の背に食らいつきながら、足を止めることなく考える。今のところ、自身に不調は起きていない。だが、このまま深部へ行けばどうなるか分からない。自分が本当に人間なのか、異物に寄生されて夢を見ているだけなのかも分からないのだから、先なんて分からなくて当然だ。
それでも、と。淳長に生じた質疑応答は、すぐに終わりの兆しを迎える。進むしかない。進んだ先にしか、自分が何なのかという答えはないのだと。これまで歩いてきた足跡を証にして、答えへ近づいているのだと。
「――ッ、攻撃動作くるぞ!」
先頭を走っていた重満が、前を向いたまま叫んだ。一歩引いて続いていた啓一郎と探査機が止まり、次いで淳長も踊り場で止まる。ちょうど、三階フロアへ繋がるドアの前に。
一足先に次の踊り場へ差し掛かりつつあった重満の前には、蒼黒い布の
四階へ続く階段はすっかり呑み込まれており、浸水しているかのような状態になっていた。水面のような異物の体は波打っており、光の加減で渦模様も見える。大きな部分は進退どちらもせずとどまっているが、一部を細々と壁に伝わせ、索敵や移動を行っているようだった。
「……さ、三階に行きますか」
「そうね。下がって、私が開けるわ」
提案に応じるなり、啓一郎は長い脚で悠々と段を越して淳長の隣へ、そして先ほどとは逆の脚で三階への扉を蹴り開けた。こちらは電子ロックが掛けられておらず、何の変哲もない扉だったため、爽快なほど容易く開く。
ドアを開けた先には、液状型異物の姿はあるものの、踏破に支障はない通路。啓一郎が左右を確認した後、探査機と淳長が先んじて通路へ踏み入る。啓一郎がドアを体で押さえて開け続けているうちに、戻ってきた重満もまた通路へ出て、階段への経路は閉じられた。
「いやァ、ありゃ駄目だな。おそらく生成弾は効いてっけど、規模がデカすぎる。分かってたことだが、銃じゃ焼け石に水だ」
「だけど、あまり敵意は感じられなかったわね。攻撃態勢を取ったのも、重満が四階へ行こうとしたからかも。今も、この場に染み出してる異物は襲ってこないし」
啓一郎の指摘通り、液状型の異物はただ
「……あの、お二人とも。この異物なんですけど」
「ああ、こいつらが卯木さんに寄生してるかもしれねェ奴ってわけか」
「は、はい、たぶん。何でもお見通しですね、シゲさん」
「いや、あんたの顔とか態度が分かりやすいってだけ。まあそもそも、卯木さんが寝ている間に奇妙な反応をしたって場所から入ってきたわけだから、そう予測するのは簡単だよなァ」
クックッと引きつるように笑う重満に、啓一郎も頷いている。途端、淳長は自分だけ事を重々しく考えすぎていたような気がして、顔を真っ赤にした。いや、大事なことだから恥ずかしがる必要はないと思うのだが、当然とばかりに言われるとやはり恥ずかしい。
そのまま立ち話を続けるわけにもいかず、一行は千衣からのナビゲートに従いつつ、三階フロアの中枢を目指して進み出した。下の階層まで続く正規経路が開かれている場所へ。
小さな道が潰されてしまっている以上、そこも異物によって閉ざされているだろうが、少数ながら人間の生体反応が確認されている。
「卯木さんの体調は、引き続き問題ないと見て良さそうかしら」
「はい、今のところは。でも、この異物がオレの中にいる奴と同じだっていう……直感? みたいなのはあります」
走りながら問いかけてくる啓一郎に、淳長は先ほどよりも余裕を確保して答える。アニメやドラマの演出じみた、ビビッと強く惹かれる感じはないものの、見えない根拠のようなものはあった。恐怖が消えたわけではないが、必要以上に身を強張らせる必要はないことも分かる。分からないと言ってばかりだった今までに比べれば、淳長の視界はずいぶん明瞭になった。
「シゲさんや啓さんが異物を撃っても、オレ自身には何にも。オレの中にいる奴は、ここの異物とは完全に切り離されてるのかもしれないですね。あ、異物側がオレを操るってことも、無きにしも
「その危険もあるっちゃあるが、逆手に取れる可能性も捨てきれねェだろ? もしかすると、卯木さんから異物に働きかけることができるかもしれねェぜ? 今はとりあえず強行突破してるから分からんが、拾った生体反応の連中と合流してから、いろいろ試してみるって手もある。どうだ渡貫中佐、それくらいの猶予はあるか?」
『……現状、確認できた情報では、異物の危険性は低いですからね。試してみる価値はあるかと』
「えぇ……できるのかなぁ……」
先ほどよりも格段に銃声がしなくなったため、引き続き先頭を走る重満との会話も明確。千衣の声は二つの通信機に加え探査機からも聞こえてくるので、沈黙に混じる
言われてみれば確かにと、目から
『間もなく、生体反応があった地点へ出ます』
「おっと、そうこう言ってるうちに到着だな。元気な銃声も聞こえてくらァ」
千衣の指摘から間もなく、連続した発砲が空気を振るわせ始めた。必要最低限の弾数しか消費しない傭兵たちに比べ、淳長にも分かりやすく「ぶっ放している」。広さを増した通路や天井も、異物の蒼黒に覆われた割合が高くなっていた。その先、さらに広くなったフロアにも。
一気に開けた視界の中、液状型の異物が、ズタボロになった赤いトラックの残骸を取り巻くようにして蠢いている。誰かが布を大げさに
「げぇっ、ルゥナじゃないのあれ」
「ほんとだ。ってこたァギンもいるし、光理が呼んだな。それ以外ありえないだろ。とりあえずあの中に突っ込んで、ギンに声かけた方が良いな。ありゃ下手するとこっちも撃たれる」
飛び跳ねる蛍光イエローの人影をかろうじて捉えていた淳長の胴に、嫌な顔をすぐに仕舞った啓一郎が腕を回す。新がアクセルを踏み込んだ時、シートベルトに縋った心地を思い出して、淳長はきゅっと体を縮めた。あとは弾が当たらないよう祈るだけ。
「早急なご理解ありがとう、卯木さん。安心して、危険はほんの一瞬だけよ」
プラチナブロンドにブルーグレイ、オパールグレイで構成された宝石の横顔に、余裕の微笑が浮かんでいる。向けられると男でも心臓にくる笑みだが、淳長への衝撃は軽度で済んだ。光理が浮かべていた余裕の笑みと、いま啓一郎に浮かんだ笑みが、よく似ていたので。
淳長が抱えられた傍らで、探査機もエンジンを吹かせる車よろしく、クローラーをその場で高速回転させている。軍部の操作班の眼光が乗り移ったかのように、メインカメラがきらりと光った。
「そんじゃ、行くかァ!」
道を開く重満の相棒が、高らかな銃声を響かせる。蒼黒い異物の幕が左右へ逃れ開き、その先にいた灰銀の男と一行の視線が、確かに合わさった。
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