トンネルをくぐって色々と変わった話

田吾作Bが現れた

ある変わった話

「……最悪だよ」


 「スーツに着られてみた感想を、どうぞ」とどこか痛々しい声色の煽ってきた牧村に、石田はただ力なく答える。無理もない。今の彼は本当に『スーツに着られている子供』といった見た目だったからだ。


「ったく、だったらどうして例のトンネルなんか通っちまったんだよ」


「さぁ、な」


 牧村の問いかけにどこか遠くを見つめながら石田はそう返す――事の発端は久しぶりにかかってきた石田の電話であった。夜十時、既に仕事を終えてひとっ風呂浴びた牧村はソファーに座ってテレビをながめながら二本目の缶ビールのプルトップに手をかけようとしていた。そんな時に彼の電話が来たのである。


『牧村か? た、助けてくれ!! とにかく俺の話を聞いてくれ!!』


 大学以来会ってない悪友からの五年ぶりの電話。一体どうしたのだろうかと出てみれば、聞こえて来たのは子供らしきハイトーンボイス。しかしあまりに緊迫感のあるその声を聞いて無視するほど牧村も人間性は終わっておらず、とりあえず茶化しながらも話を聞いてみることにしたのである。


『はいはいボクくーん、どうしたの? オレのダチの電話なんか使っちまってさ。理由話してくれるー?』


『茶化すな牧村!! 俺だ、石田だ! あー、その……“ナイトディスティニー”で三度目に指名したヤツがナマハゲだった! それでわかるだろ!!』


 どういう経緯で石田のスマホを子供が使ってるのかが疑問であったものの、もしや事故か何かに巻き込まれて自分に助けを求めたのだろうかととりあえず理由を聞こうとした牧村だったが、その石田と名乗った少年の言葉に思わず目をむいた。ナイトディスティニーは彼とちょくちょく一緒に行ってた風俗店の名前であり、三度目の時の大外れだった時の感想を少年が述べたのだ。


『……何があった? 話してくれ』


 もちろんこんな恥ずかしいことは石田にしか言っていないし、彼とてこんなことを吹聴するはずがないだろうとは牧村は考えている。そう信じたかった。あの出来事は黒歴史なのだ。


 ともかく、この電話に出ている少年が石田である可能性が出てきた以上、真剣に耳を傾ける必要があると考えた。流石にヤバい組織に追われてて、その時服用した薬のせいで体が縮んだ、とかそういうものなら『警察に行け』と言うつもりではあったが。


『――ったんだよ』


『何? よく聞こえなかった』


『だから入ったんだよ!! 例の神隠しだの若返りだのウワサになってるあのトンネルに!!』


『……は?』


 意外過ぎる理由に牧村はしばし呆然としたのである。


「しっかし、例のトンネルね~。まさか本当になっちまうとは思わなかったわ」


「笑いごとじゃねぇんだよ……明日、大事なプレゼンがあるってのに」


 その後石田と思しき少年から場所を聞き、車で彼を迎えに行って牧村は自宅へと戻った。彼等二人の大学時代の趣味の一つが心霊スポット巡りであり、こういったいわくつきの場所に入ってはよく探検をしていた。


 尤も、それらの場所は総じてガセであり、今回のようなケースに見舞われたのは初めてであったが。そうしてひと心地着いた後に牧村は石田を煽ったのである。


「……なぁ、石田。じゃあどうしてそんな場所なんか入っちまったんだよ」


 石田との縁は唐突に切れたという訳ではなかった。彼の入社先がとんだブラック企業であったらしく、会って話をすることはおろか電話でのやり取りがかろうじて出来る程度のヤバさであったのだ。その電話も日に日に少なくなり、電話が来なくなるまでほんの一年もかからなかった。


 だからこそこうして自分に電話をかけ、頼ってくれたことを牧村は嬉しく感じていた。しかしそれは石田本人が無事であればの話だ。今の彼の見た目は小学低学年の子供が大人が着ているスーツを悪ふざけで袖を通したような具合である。ひとえに自分を頼って来たのも関係が険悪な両親に見られたくなかったがためだろうと牧村は見ている。


「……懐かしくなっちまったんだよ。お前と一緒に馬鹿やってた頃がさ」


 その一言に牧村も何も言えなくなってしまう。彼の疲れ切った表情が、その目の下に浮かんだ隈が、どれだけ石田が追い詰められていたかを如実に現していたかのようで。重い雰囲気に耐えきれなくなり、牧村は流し場へと向かうと半乾きであったコップに水を入れ、それをうつむいている石田に差し出す。


「飲めよ。流石にその見た目で酒飲ませたらとっ捕まっちまうから水だけどな」


「……ありがとよ」


 両手でコップを掴み、コクコクと水を飲んでいく。とりあえずこれで少しは落ち着けるだろうかと思いつつ、牧村は風呂のお湯を温め直そうとする。


「とりあえず風呂あっため直すからよ、入れよ」


「……いいのか?」


「俺らダチだろ? それに俺のアパートで寝泊まりしたのだってしょっちゅうだったじゃねぇか。ほれ入れ入れ」


 そう言って牧村は背の縮んだ友人を風呂場へと追い立て、彼が脱いだスーツをとりあえず余ったハンガーに適当にかけた。後でちゃんとしたものを買っておけばいいだろうと思いつつ、牧村は石田の今後のことについて考える。


(とりあえず、当面は着るもん用意しねーとかな。いや、大屋さんに話つけるのが先か)


 今の石田は天涯孤独の身だ。例のオカルトトンネルに入って若返りを証明することが色んな意味で不可能だ。だから彼が石田優征であることを証明することは出来ない。保険証も身分証明書も一切使えないだろう。


「……ま、あんま先のことばっか心配しなくってもいいか。アイツもようやく自由になれたんだしな」


 とはいえあまり先のことばかり考えてても自分も石田も潰れてしまう。そう割り切った牧村はただ友人がブラック企業から解放されたことを純粋に喜んだ。


「あー、そういえばアイツの下着とかどうすっかな」


 そうして石田が風呂から上がった際の下着や衣類をどうするか。そのことに牧村は少し楽し気に頭を悩ませていた。

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