素で強かった聖女様 

oufa

1. 追放はテンプレ


 ひっそりと連載始めました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私は今、宙を舞っている。いや正確には墜ちている。


 なぜかって? それを今からお話ししましょう。本当はそんなことしている場合じゃないんですけどね。


 俗にいう走馬灯ってやつでしょうか? 多少時間はあるようです。



 遡ること数刻前――



 煌びやかな装飾が一面に施された宮廷の大広間。私は純白のドレスに身を包んでいました。


 今日はこの国の皇太子、ゼノン第一王子とわたくしこと聖女ルウナの婚約の儀が執り行われていました。この国の王と妃、そして国中から集まった貴族たちが見守る中、今まさに婚約の誓いを交わそうとした瞬間――


 私、今墜ちているんでした……ちょっと端折はしょります。



「――よってお前との婚約は破棄だ! 聖教会からも追放とする! 死をもって償うがいい!」


 ゼノン様曰く、私が公爵令嬢マリーアン嬢をおとしいれ、教会の金を横領し、聖騎士や僧侶と姦通し……後はなんだったか忘れました。


 しな垂れるようにゼノン様に絡みつくマリーアン嬢と一瞬だけ目が合いました。片方の口角を上げ、勝ち誇ったような笑みで私を見ていました。


 今日まで身を粉にしてこの国に捧げてきたのは自分はなんだったんでしょうか? 


 こうして身に覚えのない罪を着させられ、ドレスを引っぺがされ、みすぼらしい服で崖へと連れて行かれました。


 はぁ……やっぱり聖女になんてなるんじゃなかった。おばあちゃんの言う通りでした。


 そして私は断崖絶壁の淵ぎりぎりに立たされました。眼下に見えるは激流の川。飲み込まれれば一溜ひとたまりもないでしょう。


「罪人ルウナ! 最後になにか言い残すことはあるか?」


「もう一度言います。神に誓って私はなんの罪も犯しておりません」


 ふんっと、その騎士は私に嘲笑を投げつけると背中を強く蹴りました。激しい痛みと共に訪れる浮遊感。


 私は崖の底へと吸い込まれて行きました。



 あら? まだ落下中ですね。こんなに長いんですね走馬灯って……

じゃあ最後に神に祈りを捧げましょう。もしかしたら――


 そう思った瞬間、一体の黒い影が翼を広げ飛んできた。


 これはきっと神の遣いとされるドラゴンっ! 


 ……て、ドラゴン? じゃなくてただのサルトルチェラ!


 サルトルチェラは森でよく見るトカゲの魔物。大きさは人間の大人くらいで、飛べると言っても気持ち程度の翼でほぼ滑空しているだけの飛行能力。




「ちょっと! あんたじゃ無理! 結局墜ちてくだけじゃない!」



 彼女はすっかり聖女言葉からの口調に戻ってしまった。今はおしとややかにしている場合じゃない。とはいえ彼女の言葉が届くはずもなく、その魔物は四本の脚で彼女の体をグッと掴んだ。


 少し落下速度は緩くなったが、上昇する気配など微塵もない。斜め下に滑るように墜ちて行く。


 目の前には轟音を響かせている滝が迫り来る。衝撃が訪れるその刹那、彼女は回復の光魔法を自らにかけた。水に激しくぶつかる衝撃と共に彼女は意識を失った。





 静かな川のほとりで彼女は目覚めた。全身ずぶ濡れで打ち上げられ、かたわらにはさっきの魔物が息絶えていた。ふらふらと体を起こし座り込んだ。怪我などはないようだがよく見ると腕に咬みつかれた跡が僅かに残っていた。


「こいつもしかして、私を食べるつもりだった?」


 そういえば滝に落ちる時、腕に咬みつかれていたような気がする。助けようとしたんじゃなく 食べようとしてたのね……


 滝に落ちた後の怪我を治せるよう、持続性のある回復魔法をかけたのが、結果的には咬みつかれた怪我も治したようだ。


 「ソフィアーレ吹き飛べ


 そう呪文を唱えると全身から光がポンッと浮き上がり一瞬で消えた。それと同時に体にまとわりついていた汚れや水分が弾け飛び、ずぶ濡れだった体を乾かした。光魔法の応用で彼女が編み出した魔法の一つだ。



 彼女が光魔法を使えるようになったのは六歳の頃。それまで魔力はあったがどの魔法の適性も持っていなかった。


 ある日彼女の祖母が手に怪我をした際、その怪我が治ってほしいと強く願った。すると彼女の手に光が燈りその傷を癒した。


 光魔法の適性者は非常に珍しい……という訳ではなかった。その適性者は貴重ではあったが、騒がれる程のこともなかった。だが彼女はその容姿が非常に聖女然としており、白銀の艶やかな髪に吸い込まれるような蒼穹の瞳、そして淡雪のように白い肌。



 彼女が住むサルピニャ王国では、女神アガライアの信仰があつく、彼女の姿はまさに女神の生まれ変わりのようだった。

そうしてあれよあれよとあっという間に聖女へと祭り上げられた。


 故郷の村を離れ聖教会に連れてこられてから十年。その役割は布教や政治の道具だということを彼女は重々理解していた。


 光魔法と言っても使えるのは回復や浄化の魔法のみ。怪我を治したり弱い毒なら解毒できる程度だ。いくさや魔物討伐で役に立つような力ではない。



 もしあのまま川に墜ちていたなら助かってなかったかもしれない。ある意味サルトルチェラに捕獲されたのは運がよかったかもしれない。落下の衝撃が減ったことで、私が治せるぎりぎりの怪我で済んだ。


「咬みつかれたのは余計だったけど……それにしてもここはどこだろう」 


 川岸から見渡すと大きな河が広がっていた。崖の上から見た川の十倍くらいはあるだろうか。かなり下流まで流されたようだ。河の近くには鬱蒼とした森があり遠くにはナイフのように切り立った山が見える。


「パーミシアン聖山せいざんがあんな近くに見える……だいぶ南まで来たのね」


 目の前の大河は緩やかに流れ綺麗なオレンジ色に染まっていた。もうすぐ夜になるだろう。彼女は野宿ができそうな場所を探すため森へと足を向けた。



 その時、森の中からのそりと人影が現れた。腰にはロングソード。肩から荷物袋を提げていた。おそらくは冒険者だろう。


「君、こんなところで何をしている? 魔物に襲われたのか?」


 金色の髪に翡翠のような瞳。まさにお伽話に出てきそうな勇者そのものだった。

彼はルウナの足元の魔物の死骸を見ると驚いた表情で彼女に尋ねた。


「君が倒したのか?」


「えっと……倒したというか一緒に墜ちたというか……」


 彼女はとりあえず追放されたことを省き、崖から墜ちた事を彼に説明をした。


「それは運がよかったな。まさに奇跡だ」


 うーん、本当はドラゴンとかが助けてくれるのを期待してたんだけど…… 

まぁ奇跡と呼べなくはないか。


「ところであなた様は? 私はルウナと申します」


「おれはザアラ。冒険者だ。今日は採取依頼で森へ来たんだが迷ってしまってね」


 迷った? これはまた嫌な予感が……






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 初のファンタジー物です。

温かい目と心で読んで頂ければ幸いでございます。


 ルウナが最初にブチ切れするのは六話目あたりです。


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