シンデレラの継姉は泣く
「……ふー」
部屋を出ると、テオドアが息を吐いて目頭を揉む。そうして私の方を見て悪戯が成功した子供みたいに笑った。
「どーよ、俺の名演技は」
「……百点満点中七十三点ってとこかな」
「おいおい、微妙だな」
「胡散臭さが抜けてなかったからね」
いつものテオドアと会話しながら目的地も無く歩き始める。私たち以外誰もいない廊下はハレの日とは思えないくらい静かだった。
「というか、何が目的だったの? あんな凝った契約書まで作っちゃってさ」
「そりゃあお前、見極めてたにきまってんだろ」
「何を……あ、財力?」
「違うわ」
そしてテオドアの機嫌が妙にいい。さっきまで色々と酷いことを言われていたというのに、今は鼻歌でも歌いだしそうな勢いだ。先ほどの事といい、機嫌の良さといい、今日のテオドアはなんか変だ。
「なあローズ、今日は良い日だな」
「そう、だね?」
……変だ。変だけど、まあ、気分がいいなら別にいいか。私は人の心配よりも自分の事を心配しなくちゃだしな。多分、家も追い出されるだろうし、あの様子じゃ碌な荷物も持たせてもらえないだろうし。まあ、しばらくは私を勘当させた責任としてテオドアのところに住み込みで働かせてもらおう。彼の商会はそれなりに大きいし、私一人が入ったところで経営が傾く事なんて無いはずだ。
「テオドア、ちゃんと責任取ってね」
「……ああ、勿論。多分お前が思ってるのとは違うだろうけどな」
「え? 住み込みだと思ってたけど仕事斡旋してくれるってこと?」
「どっちも違う。まあ、今は一旦その話はおいておこうぜ」
そう言うとテオドアが立ち止まる。話に夢中で気づかなかったが、以前舞踏会が開かれていた広間への扉の前にいつの間にか立っていた。あれ? と疑問に思う私をよそに、テオドアがその扉を開く。すると、そこにはいつかの日と同じように大勢の人でごった返していた。
「せっかくの妹の晴れ舞台だろ。話はまた後でな」
「……え? あれ!?」
「さ、挨拶に行くぞ」
驚く私の腰に手を回し、テオドアが人込みを割りながらずかずかと歩いていく。たどり着いた先には白い礼服に身をつつんだアレクサンドリア王子と、これまた白い美しいドレスをきたシンデレラが居た。
「おや、テオドアと薔薇の御方。ずいぶん遅かったじゃないか」
「その呼び方はおやめください。……ご成婚おめでとうございます、アレクサンドリア様ならびにエラ様」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
いまだに状況が呑み込めずにいる私は、テオドアの挨拶を聞いて慌てて口を開いた。
「この度は――」
「ああ、姉さん。そんなに堅苦しくなくて大丈夫よ。それに今きっと混乱してるでしょう」
そういってシンデレラがふわりと微笑んだ。彼女の反応が思っていたものと違って余計に混乱する。そんな私の様子を見て、シンデレラは余計に笑う。
「フフっ、姉さん。この前はドレスをありがとう」
「え……え!? ちょっとテオドア、約束は」
「俺は言ってねえよ。ただソイツが『これは姉さんからの依頼で持ってきたの?』って聞くから頷いただけだ。喋ってねえ」
「それは屁理屈だよテオドア!」
「姉さん、テオドアさんが仮に否定したとしても、こんなことしてくれる人は姉さんしかいないんだから気づいていたわよ。そもそも姉さんってば、昔からこっそり助けてくれてたじゃない。隠してるつもりだったみたいだけど、意外とバレバレだったわよ」
「う、うそ」
「本当よ。私が掃除してる時にこっそり手伝ってくれてたのも、私の部屋の前に新品の服を置いといてくれてたのも、罰と称して物置に閉じ込められてた私を救ってくれたのも、全部姉さんのおかげなの知ってるんだから。……本当にありがとう。姉さんが居なかったら、私きっともっと早くに死んでたわ」
その言葉に私は押し黙る。エラの言うことが冗談ではないと信じられるほど、彼女への待遇は苛烈だった。
「あの地獄のような場所で貴女だけが私を助けてくれた。血の繋がりなんて関係ない、私の家族は貴女だけだわ」
その言葉に気付けば私は涙を流していた。ずっと……ずっとどうにかしたかった。真冬に家を追い出される彼女を見て、一日中休みなく働かされた挙句残飯のようなご飯を与えられる彼女を見て、私のしている事なんて気休めにしかならないことを知っていた。でも、私はあの家の中であまりにも無力で、誰も私の言葉に耳なんて貸さなかった。私はここがシンデレラの世界だと知っていたから、彼女が幸せになることを知っていたけど、シンデレラは違う。毎日終わりの見えない辛い日々、実の父親は助けてくれず、周りに頼れる人もいない。きっと、私には想像もできないような深い絶望があっただろう。……いや、そもそも私は逃げていたのだ。彼女はこれから幸せになるからと言い聞かせて、今目の前で苦しんでいるシンデレラ……エラの事を無視していた。彼女は
「ごめん」
「……姉さん?」
「あ、貴女を助けられなくて、ごめんなさい。私、分かってたはずなのに。貴女がどんなに苦しくて辛い思いをしているのか見ていたはずなのに。なのに……今日になるまで助けてあげられなくて、ごめんなさい……」
「ちょ、ちょっと、姉さん話聞いてた? 私は姉さんに食べ物を分けてもらったり、服を用意してくれたり、十分助けてもらってたわよ」
「でも、もっと根本的に解決する方法が――」
「あのねぇ姉さん。私も姉さんも子供なのよ? 子供にできる事なんてたかが知れてるの。それにあの家じゃ反抗したらどんな目に合うか分からないし。もし姉さんが家を追い出されでもしたらそれこそ私死んじゃうわ。だから思いが何であれ、結果は正しいの。そして終わりよければすべて良し、なのよ」
そう言ってエラが私を慰めるように抱きしめてくれた。ふわりと石鹸のいい香りがして、何だか心が落ち着いた。
……私のしたことは最善だったのか、それともまだ何か出来ることがあったのではないか。考え出すとキリがない。でも、お祝いの日にこんな負の感情を喚き散らかすのは最悪だ。だから、彼女には一つだけ聞いて、それからは自分の心の中で答えを出そう
「……エラ」
「はい、姉さん」
「今、幸せ?」
私がそう聞くとシンデレラ――エラは花が咲くような満開の笑みを浮かべて言った。
「ええ――とっても!」
その言葉に私はより一層涙を流したのだった。
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