シンデレラの継姉は縁を切る

 舞踏会から二日後、シンデレラは無事王子様のお嫁さんになった。

 あの後、きっかり十二時の鐘が鳴るとシンデレラは家へと帰り、使用人として私たちを迎えた。しかしその翌日、王子様が家にやってきて改めてシンデレラにプロポーズをしたのである。物語の中にある靴が合う娘を探して、のくだりは無かった。どうやらちゃんと名乗っていたらしい。初めは母様も姉さまも何かの間違いだって言っていたけど、シンデレラが汚れを落としてあのドレスを着た瞬間、面白いように黙っていた。ちなみにその場には証人としてテオドアもいた。誰がドレスを送ったのかについてはちゃんと伏せてくれていたらしく、ちょっとホッとした。

 そういう訳で王子様とシンデレラの結婚披露宴が国を挙げて大々的に行われることになった。親族となる私たちの家はもちろん、シンデレラたちがそのパーティーで着る衣装を作ったとかで、テオドアの家も呼ばれたらしい。彼の努力が評価されたようでちょっと嬉しかった。母様と姉さまにチクチクと嫌味を言われながら結婚式に向かう準備をする。

「凄いなこれは……」

 シンデレラのドレスを作ってもらった時にした、宣伝するというテオドアとの約束。どうやら彼はこのパーティーでそれをするらしい。シンデレラや王子様やその他いろいろな人からの依頼もあっただろうに、私に届けられたドレスは素晴らしいものだった。派手過ぎず、地味すぎず、それでいて人の目を奪う美しさがある。だからと言ってドレスが主役になるのではなく、きちんと来ている私という存在を引き立たせてくれる。百点満点中二百点って感じのドレスだ。

 いそいそと着替え、シンデレラがいないので自分で髪の毛のセットや化粧をする。彼女よりは上手くないがまあ問題は無い。お母様たちはどうしているのだろうかと様子を見に行ったら、それはもう上機嫌でお店の人にやってもらっていた。ちぇ、ちょっとくらいその人たちを貸してくれたっていいのに。

 何はともあれ準備は出来たのでお城に向かう。道中も道が花で飾りつけられたり、屋台や店が出ていて賑わっていたりと国中が浮かれ、お祭りムードだ。私としては純粋に嬉しい気持ちと、これから裁判所に出頭するような緊張感が混ざり合って複雑な気持ちである。

 会場について馬車を降りる。会場を案内されて私達が座る席に着いた。が、席が一つ足りない。ネームプレートもお父様、お母様、そしてお姉さまの分しかない。他の席を見る限り――まだ客は私たち以外に来てないようだが――ちゃんと用意はされているようなのだが、私のだけ、ない。

「あらあらあら! ローザリンデ、貴女も随分シンデレラに嫌われたようねぇ!」

 姉さまがここぞとばかりに私を嘲笑する。お母様とお父様は姉をたしなめることも無く黙っている。いやお母様と姉さまも大分嫌われてると思いますよ、と言いたかったが私は賢いので黙って置いた。

「ローザリンデ、一人だけ立ったままでいるというのも見苦しいわ。貴女は帰りなさい」

 お母様がそう言い放つ。普段ならそのまま従っているところなのだが、今の私にはテオドアの作ったこのドレスを宣伝するという大事な使命があるのだ。おいそれと退場するわけにはいかないのである。

「あの、お城の方に聞いて椅子を持ってきてもらいます」

「まあ、貴女ってば何にも分かってないのね。椅子が用意されてないってことは貴女は歓迎されてないのよ。お母様の言う通り家に帰って豆殻でも取ってなさいよ」

 それでも何とかできないかと立っていると、お母様と姉さまの顔が段々と険しくなってくる。このまま居たら怒鳴られそうだと思い、とりあえずテオドアに相談するべく一旦会場を出ようとして――踵を返した瞬間に誰かの胸板にぶつかる。慌てて謝りながら顔を見ると、私が探していたテオドア本人であった。

「テオド」

「これはこれは、ローザリンデ・ルクセンブルク様ではありませんか。丁度良い所に!」

 私が話しかけようとした瞬間、それを遮ってテオドアが話し始めた。何やら随分と大仰な話しぶりである。……何か、企んでるな?

「ローザリンデ様、そのドレスの着心地はいかがでしょうか」

「え? ええ、とても良いですわ」

「それは良かった! ……して、お代金はいつお渡ししてくださるのでしょうか」

「……代金?」

 お金も何も、このドレスは買ったわけじゃなくて広告塔として借りてるだけだから支払う必要なんてないはずだ。しかし、私が戸惑って一瞬黙るとその隙をついてテオドアがとんでもないことを言い出した。

「ま、まさかとは思いますが払えないのですか!? そうなってしまいますと、ご家族の方からいただくことになりますねぇ」

「はぁ!?」

 テオドアの言葉に姉さまが驚きと怒りが入り混じった声をあげる。お母様とお父様も分かりやすく言葉にはしないが、眉がピクリと動いた。

「ちょっと待ってよ! なんでローザリンデなんかのためにそんなことしてあげなくちゃいけないわけ!」

「落ち着いてください。何でも何も、そのようにローザリンデ様と契約させていただきましたので……」

 そう言ってテオドアが懐から何やら筒を取り出す。その中にはドレスの売買契約書が入っており、代金が支払えなかった場合は家族が立て替える事、そして書いた覚えのない私のサインが入っていた。準備いいなオイ。

「こちらに書かれてありますように、契約者様本人が支払えない場合ご家族に建て替えてもらうことになっておりますので、ルクセンブルク家の皆様にはこちらの金額を支払ってもらう義務が生じております」

 そう言ってテオドアが提示してきたのは家でも買うのかと錯覚してしまうくらい高い値段だった。流石のお姉さまも呆気に取られて罵倒の一つも言えないようだ。お父様もお母様も眉をひそめている。

「勿論、この場で直ぐにとは言いません。後程商会の者がご自宅に伺いますのでその際に」

「貴方」

 母がついに口を開いた。テオドアを遮って、それから大きくため息をつく。そして侮蔑の視線を彼に向けた。

「恥ずかしいと思わないのかしら」

「……何が、でしょうか」

「たかが男爵風情が作ったドレスにこれだけの価値があるわけがないでしょう。そもそもルクセンブルク家の者が着用しているということには何物にも代えられない素晴らしい価値があるわ。それを浅ましくも金銭を要求するだなんて。これだから血を持たない成り上がりは」

「そ、そうよ! そもそもたかが服一着にこんな値段がつくわけないでしょ! この子が間抜けだからってルクセンブルク家を騙そうとしたみたいだけれど、残念だったわね」

 その後もお母様や姉さまはテオドアの家やドレスに対して品がないだの、よく見ると安っぽいだの散々な悪口を言った。それをテオドアはニコニコと無言で聞き流している。しかし、とうとう耐え切れなくなって、思いっきり怒鳴ってしまった。

「いい加減にしてください!」

 ――私が。お母様も姉さまもまさか私が怒るとは思っていなかったようでぽかんとしている。ついでにテオドアも驚いていた。

「先ほどから聞いていれば荒唐無稽な事ばかり。そもそもこのドレスについてお母様も姉さまも羨ましがっていたではないですか! それがお金を取られると聞いたとたんに手のひら返しして貶して……品がないのはどちらです!」

「なっ……そもそも貴女がいけないんでしょう! こんな契約書にサインなんかして!」

「ならば私を責めれば良い話ではないですか! それをテオドアの方が爵位が低いことをいいことにうやむやにしようとして、持てる者の振る舞いとは思えません」

 一度喋りだすともう止まらない、ずっと思っていたことや不満をお母様たちにぶちまける。しばらく互いに応戦していた私達であったが、ある人が割って入ったことで全員口を閉じることになった。

「もうよい」

 それはいままでずっと黙っていた義父である。彼は怒りも焦りも見せず、無感情な瞳で私を見てから、テオドアの方を向いてこう言った。

「その契約書によると家族には支払いの義務が生じるのだったな」

「ええ、そうです」

「ならば、ローザリンデ。たった今よりお前にルクセンブルクの名を名乗ることを禁じる。そして、私を父と呼ぶこともだ」

「それって」

「お前はただいまよりルクセンブルク家の一員ではなくなった。故に私達に支払い義務は生じず、その負債はローザリンデ個人にのみ課せられる。そうだな、テオドア・アルペンハイム男爵よ」

「……ええ、問題ありませんよ」

 ――勘当された。普通ならショックを受けるはずなんだろうけど、私は冷静だった。何だろう、どこか他人事のように思えるのは私に前世の記憶があるからなのだろうか。父の言葉を聞いてお母様と姉さまは鬼の首を取ったかのような笑顔だ。顔に大きく『ざまあみろ』と書いてある。

「さて、お前はルクセンブルク家の者ではないのだからあの招待状も無効だな。――出ていけ、今すぐに、な」

 お父様に、いや、ルクセンブルク伯爵にそう言われ、私は素直に部屋の出口に足を向けた。確かに彼の言う通り、私はここにいる資格がない。それに辺に留まっていると、不法滞在を理由にあの人たちに攻撃されそうだ。ここは大人しく退散しておくのが吉だろう。

「ローザリンデ様、お支払いのことでお話させていただくことがありますので。この後、お時間よろしいですか」

「え? あ、はい」

 いまだに演技を続けているテオドアと共に部屋を出る。扉をパタンと閉める瞬間、姉さまのご機嫌な笑い声が耳に響いた。

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