6 嵐
そろそろ海の見学に、と言っていたのに、嵐がやってきて空も海もかき混ぜていた。アンヘルもデモニオも「危ないから」と、ティエラを置いて交互に海や空の様子を見に行っている。
ごうごうと、まるで何かが吠え立てるような風の音に、時には激しい雨が屋根や壁を叩きつけていた。
「アンヘル、飛ばされちゃわないかな?」
「風はあいつの味方だから」
「『きりゅう』もだいじょうぶ?」
「『気龍』や『海龍』はこの世界のシステムだからもっと問題ない」
「そうなの? 『りゅう』たちは神さまがつくったのね!」
目を輝かせたティエラに、デモニオは少し意地悪な笑顔で答えた。
「『創造主』という意味なら、そうだな。でも、作った後はほったらかしだぞ。それは『神様』か?」
肩をすくめたデモニオに、ティエラは眉根を寄せる。笑い出したデモニオは、どこからかギターを持ち出して来て「歌おうぜ」とティエラも聞いたことのある讃美歌を弾き語り始めた。
角も爪も消しているけれど、悪魔だと言われれば信じてしまいそうな姿のデモニオが、神を讃える歌を歌うのは少し皮肉だなと、一緒に歌いながらティエラは思う。
次の日はデモニオが海の様子を見に行った。ティエラは早く雨が止まないかと窓から空を見上げてみる。まだ黒い雲が意地悪するように空を覆いつくしていた。
「晴ればかりじゃ花も作物も困るからね」
ティエラの後ろから同じ空を見上げて、アンヘルが呟く。
「そうだけど……」
ため息を一つ落として、ティエラは気を取り直した。
「おうちの中ばかりじゃつまんないな」
振り返って、間近でアンヘルの綺麗な顔を見て、ティエラは思い出した。
「そういえば、アンヘルは神さまのみつかいみたいなのに、あたまの上のリングはないのね」
「僕が御使い? いいや。僕は誰かが創った世界を覗きに来ただけ。他にもいくつか世界を回ったけど、ここが一番好きでね。ああ、でも、そうだな。僕たちの外見が、君たちの『天使』のイメージの元になったかも、とは、思う」
「そう、なんだ。ほかにも、お友だちとか……かぞく? が、いる?」
「いたこともあるけど、みんなすぐ他の世界を見に去って行ったよ。今は僕だけ。それと、
微笑みながら、アンヘルは胸の捻れた銀色の角にそっと触れた。
それはデモニオを想像させて、ティエラは彼のしている彼と少しイメージの違う首飾りを思い出す。普段はTシャツに半分くらい隠れているけれど、淡い金色に輝くシンプルなリング。それは、アンヘルが持つなら確かにしっくりとくる。
ティエラが次の質問をする前に、アンヘルは「さあ」と踵を返してしまった。
「出かけられないんだから、勉強がはかどるね? 今日は計算もやってみようか。ティエラ、お花は好き? お花屋さんになってみるのはどうだろう?」
隣の部屋の入り口で、アンヘルはくるりとターンして、その手に赤いバラを一輪出した。反対の手を差し伸べれば、そちらにはピンクのガーベラ。
目と口をまん丸に開いてから、ティエラは窓から離れてアンヘルに駆け寄った。
「たのしそう!! アンヘルがお花やさん? おきゃく?」
「どっちでもいいよ。後で交代しよう」
薄暗かった家の中に、カラフルな花々が現れる。お花屋さんを楽しんで、飽きたら花冠を作ってお互いに被せあったりもした。アンヘルはティエラの作った不格好な花冠でも綺麗で似合っていて、彼女は少しだけずるいと思ってしまう。でも、それを口に出すのはちょっと悔しくて、内緒にしておくことにした。
収まりかけていた雨と風は、夜中にまた強くなり始め、アンヘルは早朝に出掛けてしまったようだった。ティエラが起きた時には、テーブルの上にシリアルと鳥たちからSOSがあった旨のメモが残されていて、仕方ないとはいえ少し寂しい気持ちになる。それはすぐに膨らんで、覚えていないはずの以前の生活が、じわりとティエラの奥底に湧いてきた。物音に怯え、シーツにくるまりやり過ごそうとする。
ひどい雨の中、昼前にデモニオが戻ってきたのだけれど、ずぶ濡れだった彼に飛びついてしまうほどには、ひとりは怖かった。
「濡れるぞ」
なんて言いながらも、デモニオは優しくティエラを撫でる。抱き上げられたティエラごと穏やかで温かな風が二人を乾かしていき、デモニオは花だらけの部屋の中を少し呆れて見渡した。
「なーにをやったんだ? お。これを作ったのか?」
すっかり萎れた二つの花冠を手に取って、デモニオはティエラの目の前に掲げて見せる。
「……うん。でも……」
枯れちゃった。そう、続ける前に、デモニオの手の中で萎れていた花々が頭をもたげ、またピンと花びらを反らせていった。
「上手いもんじゃねーか」
アンヘルの作った方をティエラに被せ、ティエラの作ったのをデモニオが被る。
あまりにも似合わなくて、ティエラは目尻に涙を残したまま、おもわず笑ってしまった。
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