第179話 踏ん切りとけじめ

 この話は中村君へ私の気持ちと誤解を解くあの日の前日まで遡る。

「すみません。一時に予約した加藤です」

「あー! いらっしゃい! 加藤ちゃん!」

「どうも。ご無沙汰してます。」

「いや~久しぶりね。本当に。一か月ぶりかな?」

「はい。多分そのくらいですかね……」

 今日、私は随分と小さい頃からよく通っている美容院に訪れていた。当然ここに来る以上髪を切りに来たのが目的。だけどそれ以外にも理由はあった。

「そっか~あ、とりあえず荷物はそこのロッカーに入れて少し待っててね」

「はい」

 そう言われてしょっていたバッグを中にいれ、近くの本棚から適当に雑誌を一冊手に取ってソファに腰を落とた。

 (自分の中ではっきり、踏ん切りというか、迷いは無くなった……)

 ここまで決心できた以上、また迷いが生じてしまわないためにもそんな自分へのけじめをつける為にも私は今日、ある方法を思いついた。

「はーい。加藤ちゃん! お待たせーこっちに来てもらっていいかな?」

「あ、はーい」

 そうこうする間に店員さんに呼ばれて、雑誌をしまいそのまま促されるように目の前に椅子に座った。



「さてっと……それじゃあ今日はどんな感じにしよっか? 確かこの前は少し長さを調整するために切ったけど、今回もそんな感じ?」

「えっと…今日は少し違くて。はっきり言うと肩にも髪が乗らないぐらいに短くバッサリ切って欲しいんです」

「そうそう……バッサリ。バッサリ!?」

「は。はい……」

その注文をこれでもかと目を見開き、驚きを表現している。それにまだ他にもお客さんがいたりもするのでその大声で周囲の人からの視線を集めてもいた。

「ちょ、声大きいですって……」

「いや。あまりにも路線変更な注文に動揺してつい……ごめんね」

「いえ……驚かれるのも無理はないと思います。店員さんには昔から切ってもらっていたので……」

「だねぇーいや~懐かしいな……あの頃はまだまだ小さくて、すっごく素直で──」

「あの、その話、長くなります?」

「あぁ……ごめん、ごめん」

 店員さんが無昔の思い出話に浸ろうとしようとしていたので、私はそれとなくそれを阻止して、本題に戻った。



「とりあえずけっこうバッサリと行っちゃっていいんだね? 後悔はない?」

「はい。ありません」

「オッケー。それじゃあ始めようか」

「お願いします」

「はーい」

 それからは特に何もなく、ただ最初に長く伸びた後ろ髪が一気に切り落とされた感覚がとっても大事な物が零れ落ちたような気がして、その時だけ少しの喪失感が私の心を包んだ。


「それで~? どうして突然、短くしてくださいなんて言いだしたの? 失恋しちゃったとか?」

「少なくともそういうんじゃないですよ……」

「ふむふむ。何はともあれ、こうするきっかけが何かあったって感じなんだね……」

 後ろ髪の大部分は切り終わったことで、今度は前髪や横側の髪の調整に移る中、店員さんからそう言われて、私は部分的に答える。


「まぁー何があったかは詳しくは聞かないけどさ、人生ってのは山あり谷ありだよ。加藤ちゃん」

「ふふっ。珍しいですね。店員さんがそういう風に言うなんて」

「ふふっ。そう? これでも私は理解のあるデキル女なんだよ?」

 そう言って店員さんは切りながらもすまし顔を見せつける。そんな店員さんを見ているとついポロっと言おうとは思ってはいなかったことを話していた。

「失恋とかじゃないですけど、ただ、最近出来た自分の迷いを断ち切る為にやれる事で思いついたのが、これだっただけですよ。なので深い意味はないですよ……」

「……加藤ちゃん。あなたはもう立派な大人なのね。なんだか感極まって泣きそう……」

「え? ちょ、泣くならせめて切り終わってからにしてください!」


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