第36話 向き合う勇気
「よし、これでどうだ!」
早速美結を連れて僕らは射的に挑んでいた。置かれている景品は動物のぬいぐるみから駄菓子、果てにはイヤホンがそのまま入っている箱もあったりと中々に豪華だった。
そんな多様な景品がある中で僕が狙っているのは……
「中村君、あれ左側狙えば落ちるかも!」
「そう? 本当だ。横から見てみると後もうちょっとでゲットできそう」
言われた通り残りの二発で左側を集中的に狙いつけてみる。
「ふ! やった。落ちた!」
無事残りの二発で僕が狙っていたイヤホンが入っていた箱がら破損防止用にブルーシートが敷かれた床にストンと落下した。
「おめでとうございます! こちらが景品になります」
「ありがとうございます」
手に入れた景品を片手に美結の元に戻る。何気に射的で景品を手に入れられたのは今回が初だ。サポートがあったからというのもあり結構嬉しく思う。
「良かったね。中村君」
「うん。美結のおかげだよ。あの角度から狙えるとは思いもしなかったよ」
「ううん。そんなことないよ。中村君の腕がいいだけだよ」
なんにせよこれで欲しかった新しいイヤホンがタダで手に入った。イヤホンは普段から結構使うからいい感じのイヤホンがゲットできて本当に嬉しい限りだ。
いくらバイトを最近始めて趣味で使えるお金が増えたといえ、イヤホンみたいなスマホの周辺機器はいいので揃えたいものだ。
「すみません。私もやります」
「はーい。それじゃ、そこの白い線より前には出ないでくださいね」
「はい」
僕が目当てのイヤホンをゲットし今度は美結のターン、気のせいか瞳に炎が宿っているような気がした。
「んーえい!」
そして始まる射的。美結が打った弾は狙っているであろう猫のぬいぐるみに飛んで行ったがそのほとんどがかすりもせず、最後の一発だけわずかに命中したものの落下には至らなかった。
「あー残念! また挑んでね」
「もう悔しい……」
そう言って教室を後にしようとする美結を僕は呼び止めた。
「待って美結。僕もう一回挑戦してもいい?」
「え? 別に構わないけど何か欲しいものでも?」
「うん。さっき美結が狙ってたぬいぐるみ」
「え…けど私の為に取ろうとしなくても……」
「ううん。まぁ、美結の為っていうのもあるけどさっきの成功した気持ちの状態なら行ける気がして!」
ソシャゲだって難しいステージをクリアした後にガチャを引けば大当たりを引けた気がするし。美結の為にゲットして渡したい!
「そうなんだ……ありがとう。中村君」
「うん。それじゃお願いします!」
再び教室の白いボーダーラインの線ギリギリのところに立ち。一発装填して息を整える。
ふぅ……深呼吸をしたお陰かとても落ち着いてる気がする。今なら全弾命中させる予感しかしない! そう。今の僕はさながらスナイパー歴十年の熟練アサシン……必ず決める!
「よし……狙いは定まった! そこだ!」
それから僕はそのどこから湧いてきたかも知らない自身のままに全弾五発を完璧にヒットさせた……はずだった。
「うぅ……まさか一発もかすらなかったなんて、さっきの命中率はどこいったのさ!」
「しょうがないよ。多分最初の時に集中力を使い果たしたんじゃないかな」
結果は一発も命中もせずただ虚しさだけが残った。
「うーん……そうなのかも」
「けどありがとう。中村君。私の為にやってくれて」
そう言って僕に見せてくれる笑顔はいつも以上に嬉しそうで、もうぬいぐるみのことはどうでもいいと思えるぐらいの満足感を覚えた。
もう、今日は既に満足感で満たされていてあとは美結の行きたい所に合わせようかな……
射的の教室から離れた僕たちは再びあても無くぶらぶら回っていた。
とはいえ、射的もそうだったけれど今回の文化祭は魅力的なのが多くてつい、見に行ってしまいそうだ。
「ふぅ……楽しかったね。中村君」
「そうだね。小学生ぶりにやったけど腕は落ちてた……」
何気に昨日やっていたストラックアウト然り、さっきの射的もそうだけれど狙い撃つ系統のゲームは結構自信があると自負していた。
だけど自分の体を動かすとなると話が変わってくるというものだ。
「まぁ最後にやってたのが小学生なら仕方ないよ。けどあの時の中村君凄く集中してたよ」
「え、そう? あんまり気づかなった……」
「あそこまで集中できてて正直凄いと思った! 趣味に没頭してるみたいで」
「趣味か……」
確かに言われてみればあの時、周囲にはまだ挑戦できていない人が並んでいたものの、そういった人達からの雑音が全く気にならなかった……
だけど趣味を楽しんでいる時は今回みたいにものすごく集中はできてなかった気がする……
「あんな風に集中できる中村君が羨ましいなぁ……」
「美結はそういう趣味はないの?」
「あるにはあるけれど、あんなに没頭するほどじゃないよ」
趣味で思い出したけれど確か美結は恋愛ものの小説を読むのが好きってこの間、北沢さんが言ってたな……僕もその手のジャンルは好きだし、今度その話をしてみよう。
時刻はちょうどお昼時。昨日みたいに校庭に集中している屋台エリアで何か食べるものを買おうと向かって道中のこと。
「ん?」なんかすごい行列ができてる……」
「本当だ。なんだろう?」
ちょっと気にはなるけれど射的の教室のあと、僕たちは中を見ては別の所に歩るきだす。その繰り返しでけっこう足はクタクタだ。
なのでこの行列の原因を見るだけ見ようとその先へ向かってみる。
「ん? この匂いってもしかして……」
この香ばしい匂い、そして近づいてくる何かを焼いているような飯テロじみたいい音……なるほど。この先にあるのは僕が見たことあるやつだ。
「これは……焼きそば!」
「うん。それも昨日食べたけっこう人気が高いやつみたい」
しかも昨日はここまで列はできてなかった気がする……昨日誰かが宣伝したりしたから? なんにせよ今回は昨日よりもっと時間かかりそうだ。
「どうするの? 並ぶ?」
「うーん……正直他のところでも十分いい気がするけど、ちょっと悩むなぁ……」
確かにここの焼きそばの味の良さは実際に並び、味わったからこそよく理解している。
それゆえにまた食べたくなってしまうのだ。人は新しい好物に出会えたらリピートしたくなるのと同じあれだ。というか僕の心の中ではほぼ、ここの焼きそばでいいと傾いている。それに校庭に行く手間も省けるし……まさに一石二鳥というやつだ。
「どうせだしここで食べよう。それに校庭のところの屋台はいい値段するけどここのは割とお手頃価格だし」
「それもそうだね。一個三百円は安いよね。しかもそれでいてあのクオリティ、味。よっぽど料理が上手い人でもいるのかな……」
「さぁ…とりあえず並ぼう。こうしてる間にほら。また列が伸びてる」
「本当だ……さっきまで最後尾が遠かったのにもうここまで近い……」
改めてここの人気ぶりには目を見張るものがあると感じる。そんな関心の気持ちはさておき。早く並ばないと最悪、買えずにただ並んだけになってしまう。
列に加わり始めて多分三十分ぐらいの時間はたっただろうか。未だに販売をしている教室の中にすら入れていない……
「ふぅ……もうそろそろ一時になっちゃうな。」
「そうだね。一時までならまだわかうけど二時からは昼食を食べてるって気がしないよね……」
「だね。まぁこの後はこれといった予定は英二たちと見て回る以外ないし丁度いいかも」
「うん……そうだね」
…? 気のせいかな、四人で回ることを口に出してからいつもの美結らしさが無くなったような……
「美結……?」
「わ! びっくりした。ど、どうしたの?」
「いや、どうしたって……なんかボーっとしてる気がして」
「そうかな? 多分気のせいだよ。ほら前進んでるよ!」
「あ、うん」
ちょうど列が動きだしたところで上手く話をそらされた気がするけれど、まぁそれほど聞くほどじゃないしいっか……
「……? ねぇ中村君、あそこにいるのって……」 800
「ん? どうしたの……え?」
あともうちょっとでようやく焼きそばにありつけると思ったけれど突然、美結から声をかけられ彼女が指出す方を見てみる。そこにいたのは__
「あれって梓澤さん?」
「うん。そうみたい……まさかこんなところで見つけるなんて……」
そう言葉を発する美結の表情は穏やかとは言えなかった。
「とりあえず焼きそばを勝手からにしよう。そもそも昼を食べに来たんだし……」
「そ、そうだね。できればまだ話したくないし……」
本来なら美結がこの時、梓澤さんへ何か一言言い返すはず……だったのだが、いざ彼女を前にすると難しいようで、それほどに梓澤さんが美結に与えた影響は大きいみたいだ。
「ありがとうございました~」
ひとまず梓澤さんの件は置いといて焼きそばを購入し、一旦落ち着くために渡り廊下のベンチで座って焼きそばを堪能することに。
それにここは丁度いい角度からの日差しが差し込んでいて、今日は少し肌寒いぐらいなので日光が心地良い。
「はむ。ん~美味しい!」
「あはは。すっごく美味しそうに食べるじゃん」
「だって本当に美味しいんだもん!」
昨日はまだ沈んでいた気分から少し経って状態で食べていたのでここまでの反応は見せなかったけれどこんなに美味しそうに食べるとは……意外!
「まぁそうだね。熱っ!」
美結の美味しそうに食べて見せるその笑顔をずっと見ていれば熱々の焼きそばを唇にジュッっと押し当てていた。めちゃめちゃ熱い……
「もう何やってるの……大丈夫?」
「う、うん。平気。ちょっとボーっとしてただけ」
「ほら、お茶」
「うん。ありがとう――ってこれ、飲みかけだけど?」
「そうだけど、あ、ごめん飲みかけは嫌だよね」
「嫌じゃないけどなんて言うか……」
これだと間接キスになると思うけど……美結はそういうの気にしてない? それともそんな事を気にしてる僕は気持ち悪いぐらいの自意識過剰?
「随分と楽しそうじゃん?」
「え……なんでここにいるの?」
そんな最中、僕らにとっては聞きなれない、いや、聞いたことはある声が耳に入り、顔を上げる。そこに立っていたのは……
「あ、梓澤さん……どうしてここに」
「どうしてって……そりゃいるの気づいてたもん。美結? と連れの人?」
また何か悪だくみをしているかのように不敵な笑みを浮べている梓澤さんが経っていた。
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