ENDING NOTE

一帆

ENDING NOTE



 さて、何から書こうか。


 私は、ノートを机の上に置いた。

 タマネギ型のおだんご頭、少し意地悪い目、赤いワンピース。

 言い方がきついけれど、自分の思う通りに生きていく。

 私は、表紙を飾るこの女の子が大好き。


 これから、最期まで眺めることになるノートなのだから、私の好きな絵柄のノートにしよう。そう思って、病院の帰り道、駅前の本屋でこのノートを買った。中のノートに端っこにも、女の子がいる。それも決め手。


 ”自由になりたい”

 若いころはいつもそんなことを考えていた。

 でも、今は少し違う。

 自由は、幸せと不幸せと同じように、自分の心の持ち方次第だって思うように

 なった。ここから離れて旅に出ること、好きなだけ眠ること、――、それは本当の自由じゃない。でも、まだ、私には”本当の自由”を探しきれていない。


 ”今の自分を選んだのは、過去の私の心。未来の私を選ぶのは、今の自分の心”

 年を重ねた今はそんなことを考えている。

 今の状況が誰かのせいではなくて、自分が選んだ結果だと、言い聞かせている。


 大きく息を吸って、同じ女の子がデザインされているマグカップを持った。ほんのりとした温かさと、コーヒーの香りが私の心を落ち着かせてくれる。コーヒーは結婚してから飲むようになった飲み物。旦那が好きだったから、付き合いで飲み始めたのに、今では毎朝飲まないとざわざわ心が落ち着かず整わない。でもね、この年になっても、私はたっぷりとミルクをいれて飲むのが好き。





 「さて、何から書こうか」


 さっきと同じ言葉を今度は口に出してみる。


 やはり、最初はお金のこと? 

 スズメの涙ほどしかないお金だけど、渡すのはこの家を出て行ったひとり娘。

 あれこれ書くってほどでもないか。

 

 じゃあ、お葬式のこと?

 尊敬していた司書さんを乗せた霊柩車が、図書館の前を通ったのはもう何年前のことだろう?

 私も図書館の前を通って火葬場に行きたいな。そのくらいのわがままは聞いてもらおう。それは書いておかなきゃ。



 マグカップを置くと、青緑色のガラスペンを手に持った。もちろん、インクは「松風」と呼ばれる緑。生命力あふれる葉っぱのような色合いの緑。そっとインク壺にガラスペンをそっとさしこみ、インクをつける。すうっとインクがペン先を登っていく。

 ガラスペンに出会ったのは、小樽を旅行していた時。その時の私には高くて、見るだけしかできなかった。

 このノートを書こうと思い立った時に、ガラスペンのことを思い出して、ぜったいガラスペンにしようって決めた。高価なものでも私にとって、最期を飾るには必要だもの。


 


 


 『さて、何から書こうか』


 さっきと同じ言葉を今度はノートに書いてみる。

 右上がりの癖の強い緑色の文字。一文字一文字書くのにも時間がかかるし、文字の太さや濃さもバラバラでひどく読みにくい。まあ、仕方ない。これは私のためのエンディングノート。


 そうだ。


 自分が死ぬまでにしたいことを書こう。

 

 行きたい場所、見たいもの、触りたいもの、読みたいもの、食べたいもの……。

 あげたらきりがなさそうだ。つまり、私はまだまだ「生きる」ことに執着しているってこと。それも悪くない。誰もいない部屋で、ひとり、くすりと小さく笑う。

  

 それから、この家を出て行ったひとり娘に、手紙を書こう。

 『あなたの幸せを祈っている』

 あれ? 長い手紙になると思ったのに、考えれば考えるほど、思いが散らばっていってしまって、とりとめもなくなってしまう。思い出の中にどっぷりつかって書くことが出来ない。庭の梅の花も、見上げた空の雲も、今座っている場所も、すべてがあの子に繋がっている。

 ああ、このままだと、本当に『あなたの幸せを祈っている』で終わってしまいそうだ。








『さて、何から書こうか』


 まだその続きを書けていない私のENDINGNOTE。

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ENDING NOTE 一帆 @kazuho21

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