第6話 監視型システム「弁護なき裁判団」


「トレーのヤツ、何を考えているんだか」

「はいはい、気のない振りをして、率先的な行動。お疲れ様です」


「てめぇ、No.K! それは冒涜行為っと捉えるぞ?」

「リアルでは県警警部補、巡査部長という関係ですが【弁護なき裁判団】では、同列だったと思いますが? No.Eはどう判断されますか?」


「……お前、時々、イジワルだよな?」

「人間的なイジワルという概念は持ち合わせていませんので、理解に苦しみますね。でもNo.Eがトレーのことが大好きで、心配でたまらないという気持ち、ヒシヒシと伝わってきています。そこはご安心ください」

「本当にイジワルだよな、お前?!」


 遠藤さんの呆れた声に、川藤さんまで笑む。彼らは、弁護なき裁判団のなかでも、これでもかというくらい、感情が豊かだ。その行動そのものが、人工知能アーティフィティカル・インテリジェンスによるプログラムの結果だというのに。本当に、感性が豊かだ。そう振る舞うように命令を出したとは思えないほどに。


「……この会話、そのものがトレーに筒抜けの可能性がありますけどね」

姉御デベロツパーが漏らすって?」


 デベロッパー、野原彩子。彼女は、僕が最初に作り上げた支援型サンプルだ。彼らにとって、製造順と言っても、彼女が姉であることは間違いない。


「まさか。お姉様は、サーバーですよ? 情報を蓄積することはあれ、自分から取捨選択はしない。それは爽君デバツガーと【トレー】の役割です。そんなことは分かっているでしょう?」


「トレーなら、情報の取捨選択はするってか」


「当然です。彼女は【被験者殺しトレー】ですよ? そのデータの蓄積や変化。そこから導き出した、結果から結論を導き出します。トレーは、もう全て分かっている」

「だろうな」


 とNo.Eが息をつく。


「だから、だぞ。お人好しな【被験者殺しトレー】に任せるわけにはいかないだろ?」

「同感です」


 No.Kも笑む。


「もう廃棄されるしかない実験体を引き取って、研究室ラボで余生を。そんな非効率的な研究者は、トレーだけです。彼らのメンテナンス目的で、私達が開発されたこともクレイジーですけどね。こぞって、最期の時を、トレーの実験に志願した彼らも、かなりクレイジーだって思いますけどね」


「じゃぁ、産みの親の指示コードを無視して動く俺達は、よりクレイジーなんじゃねぇ?」

「間違いありませんね。そこは共感してあげますよ」


 それから、彼ら二人はホストサーバーである【No.Z】にアクセスをした。


 ――これより、決行。

 ――サンプルの流動的な介入を確認。


 ――旧型コロナウイルスによる生体変化について、詳細なデータ採取を求める。

 ――現行は深い加入は行わないこと。


 ――名無しノンビルド、12%が感染及び、生体行動不可を確認しました。【弁護なき裁判団】の稼働率低下が予想されます。

 ――行動時、デバッガーによるバフが実行されます。認証してください。




「は? 坊主が?」


「まぁ、トレー以外で、唯一彼がお姉様にアクセスできますからね。むしろ、心強いことです。【アンチウイルス】は負荷が強いはずですが、彼は彼でトレーを心配しているってことでしょう。ここは、特化型サンプルの支援に甘えようじゃないですか」


「後輩に借りを作るのは、シャクだけどな」

「トレーは欲張りですからね。私達はそれくらい節操ないくらいが、丁度良いと思いますよ?」


 No.Kがニッと笑んで。

 No.Eが仏頂面で頷く。


 ――【弁護なき裁判団】のLinkを解放。合わせて【デバッガ-】のバフを認証してください。



「「Enter」」


 そう二人が声に出した瞬間。

 呼応するように真っ白い光が膨れ上がって――視界を奪うかのように暴れ回った。





■■■




「してやられたなぁ」


 ボクは苦笑いを浮かべた。

 ディスプレイ越し。


 目がチカチカする。

 蓄積されたデータを見比べていたら、これだ。


 あーやは、能動的にデータを取捨選択できない。サーバー型サンプルがそんなことに、ソースを割いたら、脳内がパンクしてしまう。人格を維持していることそのものが、奇跡的なサンプルと言える。


 一方の爽君は、支援型サンプルとして、あーやかボクの許可があれば、能動的にアクセスできる。そんな二人が、タッグを組んだらら、ボクがアナログ的に情報を精査するより早いに決まっている。

 でもね……。


「おいで」


 竹刀が呼応するように、弧を描いて、ボクの掌に吸いつくようにおさまった。椅子に座ったまま、だらしなく竹刀を振るう。それだけなのに、風が舞い上がって、プリントアウトしていた、論文が舞い上がった。


 お掃除ロボットがブンブンモーター音を駆動させて、皺にならないように、書類を集めるのに忙しい。思わず、ほくそ笑む。全部、憶えている。


 この子は、サンプルとしては廃材だったけれど。お掃除が大好きだったよね。どの子のことも、忘れたことはない。


(……全部、憶えている)


 そして、全部知っていた。

 いっそ、思惑に乗ってしまって良いと思っていたんだけどね。


 実験体の命は軽い。

 実験室の研究者の命は、もっとカルい。


 だって、戸籍情報を削除した集団なのだ。社会的には、ボクは最初から生きていなにのだ。そんなボクが【友達】とか、ちゃんちゃらおかしかったのだ。


 でも。爽君や遠藤さん、川藤さんがそんな風に、能動的に動くのなら――そんなことも言っていられない。






 ――トレーは欲張りですからね。私達はそれくらい節操ないくらいが、丁度良いと思いますよ?


 川藤さん、一言余計だよ。

 自分でも気付かないうちに、唇が綻んでいた。

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