第25話

「これが最初の相手か……」

 国王からの手紙に添えられて通知が送られてきた。

 そこには要約すれば次のことが書かれていた。


『本日から一ヶ月後、堅牢の民との一戦をジャングルに接する都市、ムラジャイヤにて執り行う。第九位亀獣人テラピアンより』


 上位の種は試合場を決定できる。この手紙は一昨日届いたものらしいのでおよそ4週間後に私達はこの都市に向かうこととなるのだろう。

 それまでにこのピアスの使い方も学ばなければならない。


「それにしても今日もルルは出かけているのか?」


 連日夕方頃には帰宅しているが何をしているのかは知らない。というか聞いても答えてくれない。


「申し訳ありませんが、お嬢様方は現在お出かけなさっています」

 城を訪れてもこの有様。居場所を聞いてもやはり答えは返ってこない。本当に何が起こっているのか、グノスィは訳がわからなくなっていた。

「仕方ない。あっちを当たってみるか……」


 残りのメンバーの家を訪ねても、

「ああ、今朝出かけていったよ」

 ある家では居ないと言われ、

「……」

 ある家には人の気配もない。


 ──私はどうすればいいのだ。


 困惑は焦りへ転じ、焦りは混乱へと通ず。

 誰もいない。彼らは何処へ消えたのだろう。声が、聞こえない。


「お? 何してんだ、グノスィ?」


 聞こえた声に振り向けば試験場で唯一テスト中に寝ていた男がいた。

 確か名前はビコーズだったか。

「それはこっちが言いたい。君の家はもっと東の方だろう?」

「ん? そうだっけ? まあ家に帰ろうとしてるわけじゃねえから大丈夫だ」


 呆れてものも言えない。言うまでもなく彼は度を超えた馬鹿だ。プロフィールにはそこそこ裕福な家庭の生まれと記載されていたがそれすら怪しく感じるほどだ。

 明らかに方向音痴では説明できない思考の欠如が見られる。


「それよりどこに行こうとしているんだ?」

「おお、そりゃああれだよ。なんて言ったか? でっけえ森に来いって言ってたぜ」

「それは誰が……?」

「髪が真っ白な兄ちゃんだよ。やたら話が長くてあんまし聞いてなかったぜ」

 それはきっとバーナード・リッチのことだろう。ということは彼は他の7人を集めて何かしているということだろうか。

 いや、それより────。

「森ってまさか向こう側にある森のことか?」

 グノスィが指を向ける遥か先には霧がかって見えづらいが、昨夜訪れた森があった。

「おおっ! あれよ、あれ! いやあ、朝になる前に出たってのにもう昼になっちまった。なかなか着かねえもんだな」

 

 諦めが悪いのは大変よろしいことだが、場合によってはマイナスの方向へ歩き出すこともある。このように。

 数時間も迷子になりながらも彼は帰ることをやめなかった。何が彼をそこまで突き動かすのか。

 露店で買ったものを食い歩きする彼を横目に見ながらグノスィは思っていた。


 ──二時間後。

 視界に入るからといって決して森は近いとは限らず、相当な時間を要して辿り着いた。

「ああ、聞こえるな……」

 小鳥の囀りではなく鞭が地を叩くような音や木がなぎ倒される音が。


 森を進んで行けば徐々に音の正体が露わになってくる。

「いい加減離せ、ババア!」「駄目でしょ、ババアなんて汚い言葉使っちゃ。お姉さんって呼んでもいいわよ?」「うるさい!」「もう何この子、すごい可愛いじゃないっ」

岩に腰掛ける子供。それに後ろから抱きついている気の強そうな黒髪の少女。

 宙に浮いて扇をはためかせて木をへし折るブロンド髪の少女。そして彼女を少し離れた場所から見守る盲目で白髪の男と本を片手に有する黒髪の少女。パーカーのフードを深々と被ってブロンド髪の少女に寄り添うリッチがいた。


「なんだ、もう来たのか」

 リッチが口を開くと一同の視線がグノスィだけに集中した。ビコーズには目もくれない。

「教えてくれ、なぜ私だけこんな扱いを受けているんだ」

「どうしてか……それは教えられねえな」

「では昨日言ったことは嘘だったのか⁈」

「嘘じゃないさ。だがお前には教えられない、それだけだ」

 助けを求める目で彼はルルを見る。しかし目を逸らされてしまう。トトヌメは鼻で笑い、他はただ言葉もなく見返すだけ。

「もういいだろ。さっさと帰んな。ビコーズ、お前は補習だ」

「うええ? 勉強はいやだぜ?」

「安心しろ。鼻から求めてねえよ、お前には」

(これは何だ。私は何をしているんだ)

 ふらつく足取りで森を去り、心ここにあらずの状態で旅館に戻る。


「お客様、何をなさっているんですか!」

 枕から舞い散る羽毛と破り引き裂かれた障子の紙。

 その中心に佇むグノスィはさながら堕天した天界に住む使いのようで。

 壊れてしまった人形は静かに虚ろな目で天井を見ていた。


「弁償してもらいますよ。聞いてますか?」

「金ならいくらでも払うさ。感情を抑えられるなら安いぐらいだ……」


 どうすればいいかなんて誰も教えてくれない。全ては自分で解決しなければならない。

 それが世の条理であり定理であるが、人とのつながりが失われてしまえばそれは困難を超えて不可能へ近づく。

「一度お部屋を変えますか?」

「この部屋でいいです。掃除は私がやりますから。枕だけ頂けますか?」

 女将はギョッとしたように不気味なものを見る目をしながら部屋を出ていった。

「はぁ」



 ♢♢♢



「──これで良かったの?」

「……勝つためにはどうしたってあいつの力が必要なんだ。他に方法はない」

 戦闘音の響く森の一角でルルとリッチは先程の出来事について話していた。

「でも……」

「言っただろ? 青の特性は【混乱】。常に頭の中がぐちゃぐちゃしてないと力が発揮できない」

「……でもグノスィはいつも悩んでる。苦しんでる。私が助けられない場所にいる」

「少なくとも俺は青のストッパーでしかない。限界を見極めて混乱を少し解くのが俺の仕事だ。それ以外にもやることがある」

「つまりそれは私が動いてもいいと解釈していいの?」

「……」

 沈黙は肯定と同義。彼の仕事に差し障りがなければどうしようと良いのだろう。

 だからルルは考えた。グノスィの混乱を解かずに心のケアをしようと。


「動きたいならすぐ動け。ああそうだ。さっき言ったことはちゃんと守れよ?」

「うん!」

 元気のいい返事をして彼女は疾風のように森を走り抜ける。人の視認の限界を超える速度で地を、宙を、壁を蹴り先を行く。

 行き交う人々は突発的な強風に身を低くし奇怪な叫び声が街全体から放たれる。

「今あなたはどこにいるの?」

 彼女は静かに、静かに呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る