第11話

 グノスィとガルーダが対面している一方。

 残りの2名は中庭で拳を構えて向き合っていた。

「この国は喧嘩っ早いやつしかいねえのか?」

「何を言う。貴様の望み通りだろ?」

 余裕の表情で首を鳴らしてかかってこいと言う男。

 対して好奇心めいた瞳で隙を窺うアゲリア。

 少し前に闘いたそうにソワソワしていたアゲリアを連れて彼らは対峙していたのだ。

「翼はどうした?」

「使うまでもない。隊長格に苦戦するようではな」

 背中から翼が消え、まるで人間の姿となった男は赤髪を揺らしながら挑発する。

「強くなった俺を見せてやる──」


 数分後、地に伏していたのはもちろんアゲリア。

 男の方は汗も汚れさえもなくアゲリアを見下ろす。

「はあはあはあ」

「もういいか? じゃあ風呂場に行くぞ」

 アゲリアの手を掴んで引き起こし、男は彼の背中を叩いて歩き出す。

「ああ? あいつのところに戻るんじゃねえのか?」

「いや、それは駄目だ。お前が居ると上手く行かない」

「ああ?」

「そういえば名乗っていなかったな。私の名前はルフ。鳥獣人ハーピィ代表だ」

 露骨に話題反らしをするルフに彼は悪態をつくように言う。

「はっ、アゲリアだよ。人間代表だ」

「ふっ……まだだろ?」

「うるせえ。なるったらなるんだよ」

「ははははは。面白い男だ。一杯やらないか?」

 そう言って酒を飲むジェスチャーをするルフ。

「俺は未成年だよ」

「法を気にするような男か?」

「……それもそうだな」

 すっかり意気投合したように風呂場へ向かう二人。

 さてはて、ルフの発言が意味することとは────。



 ♢♢♢



「何? たった3つだけ? しかも二つは──」

「そうだ。こちらは奥の手を全て見せた。約束を守ってもらおうか」

「奥の手って……」

 声色から呆れと怒りを感じさせるものを向けるガルーダは顔を俯け。

 しかし髪の隙間から覗く目が怪しく光ったのが見えた。

 ──やっぱりそうか。

「なあ、ガルーダ。どこかはないか?」

「ッッッ!!」

 声にならない驚きを示すが、すぐに表情を元の無表情に戻して彼女はさらに顔を赤らめた。

「いいでしょう。貴方の好きにするといいわ」

 声を震わせながら彼女は拳を握る。

 無人の屋内訓練場から立ち去る二人。

 それを静かに見つめる視線はなく、ただ僅かな雑音だけが響いていた。


「ここか?」

「私の寝室。ここには誰も来ないし誰も外から見れないわ」

「そうか…………」

 女性らしい雰囲気の寝室ではなく大量の服が吊るされている部屋。

 ベッドと三面鏡があり、そして大量の紙束が机に散乱していた。

「紙とペンを拝借させてもらうよ」

「どうして?」

「聞いたことをメモしたいから」

「そう…………」

 グノスィは白紙を貰ってすぐにペンを走らせる。

 そこに書かれている文字は────


?』


 普通ならばあり得ない言葉。

 記憶喪失したもの以外は使うことはないはずの言葉。

 それを彼は躊躇なく明かし、筆記で伝えた。


 元はと言えば色々おかしかった。

 アゲリアは彼女の名前から代表であることを知らず。

 だがバフラなど一般民衆にはその存在は知れ渡っていた。

 これに関してはアゲリアがただの無知の可能性が高いかもしれない。

 しかし次におかしかったことは、彼女の発言である。

 彼女は種族に関することは情報漏洩させなかった。

 だが、彼女自身については全て見せると言った。

 これは明らかにおかしい。

 なぜなら彼女自身とは彼女が有する情報全てをも意味するからだ。

 そして最後に彼女が時折見せる表情の変化。

 わざわざ表情を何度も改めているところに疑問は深まった。

 というより確信に変わった。

 彼女は────


 


 この事実は間違いない。そしてグノスィ自身に関する秘密も知っているようだった。


「私のことを聞きたいのでしょう? 教えてあげるわ。昔むかし……あるところに一人の女の子がいました」


 唐突に彼女は昔話を始めた。

 きっとこれがヒントになるのだろう。


「彼女はすくすく育ち、成長しました。そして彼女が10代に差し掛かる頃、一人の男性に出会いました。その人は傲慢だけれど勇敢で皆がその人の後ろを追いかけました」


 懐かしそうに語る彼女は少し寂しそうな顔をしていた。


「あるとき彼は皆でお祭りに行こうと言い出しました。賛成する人が一杯のなか、彼女だけは幼く力が弱くてお祭りに行けません。そこで彼はこう言いました」

『一緒に行くことはできないけど、お願いを一つ聞いてあげるよ』

「彼女は言います」

『じゃあ結婚してください』

「しかし彼は首を横に振って言います」

『僕らは平等じゃない。誰かを助けるためには他の誰かをイジメないと僕らは生きていけない。そういう生き物なんだ。だから、ごめんね』

「幼い少女には意味は分からなかったけれど、彼の正直な性格から納得しました。彼女は次のお願いをします」

『なら宝物をください』

『宝物?』

「不思議そうに首を傾げる彼に少女は真っ直ぐな目で答えます」

『私はお兄さんと一緒に居られた時間はあまりありませんでした。だから思い出という宝物が欲しいんです』

『そっか……わかったよ。僕らが帰ってきたらまた考えよう』

「そう言って彼らはお祭りへ出発しました。彼らはお祭りで大はしゃぎし、一番目立ち、それから沢山の人を魅了しました。ですが、彼らは少女の元へは二度と帰ってきませんでした。最後に少女の元へ来たのは一通の手紙と彼らの思い出が詰まった箱。彼らは死んでしまったのだと。彼女は理解しました。そして彼女は決意します」

『お兄さんがどうして居なくなったのかを知りたい。だから私は────もっともっと強くなる!』

「時は流れ、彼の知恵が彼女に引き継がれたように、ますますその頭脳を活かすことに努めました。少女は彼を父と、知恵の父と今では考えています。おしまい」


 長い、長い話だった。

 壮大だがとても身近に感じるものがそこにあった。

 物語が実在するものであるから余計にイメージがしやすかったのだ。

 ──とすると。

 彼は話の中身を解釈すると同時に次の言葉を考える。


「それが貴女の人生か。それで……目的は果たせたのかな?」

「ええ。子供には分からなくても大人になれば自然と分かったわ」

「そうか……」


 話の節々から集めたピースを繋ぎ合わせる。

 抜け落とすことなく、グノスィは頭を働かせる。

 彼は紙に文字を書いているフリをして時間を稼ぐ。

 そして数分後、最後のピースに気がつき、何があったのかを理解した。

 それは考えてみれば単純で、思ったよりも簡単なことだった。

 ──さっきの話に出てきた宝物が重要な鍵となるか。だとすると……。


「貴女のルビーのような瞳をもう少し近くで見せてくれないか?」


 興味なさげに彼女の顔を見ることなく青年は言う。

 口説き文句のようだがもはや演技は必要がないと判断し、彼女は無表情で返す。

「ええ、いいわ。じゃあこっちに寄ってきて」

 ベッドに二人が乗り、彼女は近くの引き出しを開ける。

 箱だ。何の装飾もないが閉めたときに音がならない高級品のような箱だ。

「これは私の母から遺伝したもの」

 彼女はまず自分の眼を指し、

「そして受け継がれるべきものよ」

 次に箱の中身を指さした。

 中には九色のピアスが入っていた。

 川のような装飾や雷のような装飾。

 それらは全て被ることなく各々の光を発していた。

「なんと美しいことか……」

 心の底から湧き上がった感動であった。

 あらゆる風景、芸術、音に劣らない、これらは九色で一つなのだと。

 そう思わせるに値する作品だった。

「初まりは水から起こるように、貴方に似合うものは赤じゃない。貴方に似合うものは水色じゃないかしら」

 恥じらう声で彼女は告げる。

 もちろん恥じらいの素振りはないが。

 ──私は水色か。それもまた良いだろう。


「それもそうだな。ここいらで私はお暇しよう」

「あら、大人しく引き下がるのね?」

「ああ、ここに居てももう得られるものは少ないだろう」


 この言葉選びなら向こう側には、ガルーダに振られたので帰ります、というように伝わるはずだ。


(それにしても……沈黙のガルーダ、か)


 不思議なもので。

 彼女は一切語らないとは噂であったようで。

 一方彼女は参謀というに相応しい頭の回転の速さを見せてくれた。

 ──私も成長しなければ。

 心の奥、深海の底で彼は思った。

 まだ、進撃は始まったばかりなのだから。

 彼は箱を抱えて外に出る。

 今や木の上から見える景色も慣れたもので。

 明るい海の空が何とも彼の瞳には美しく映っていた。

 

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