Re Start

高崎 朧

第1話 『Re Start』

 一般的に多くの人間は時代を重ねる過程で雨よりも晴れを好むようになる。

 農耕文明から脱却したからだ。

 だが、果たして雨は何故そこまで嫌われる所以があるのだろうか。


 ──濡れるのが嫌だ。

 ──傘を差したくない。

 ──心が憂鬱になる。


 彼らはそこに負の側面しか見出さない。

 雨は豊穣をもたらすという思想はもはや太古の話。

 正の側面はないというばかりに。

 彼らは目を背け続ける。


 しかしながら、これらの側面だけで雨を見つめることは危険だ。

 池を見よ。

 雨粒がしとしとと水面みなもに滴れば、波紋が広がる。

 その円のなんと美しいことか。

 自然界でこれほどまでに綺麗な円は生み出されない。


 家の中に閉じ籠もっていては何も見えてこない。

 外に出よ。

 雨に打たれ、己の体を晒したまへ。

 さすれば目では見えない何かを得ることができるのでは無かろうか。


 視覚で見ることが敵わなくても。

 肌で、音で、匂いで、味で存在を感受することができれば。

 それはもう偏見から脱却している。

 常識を壊せ。

 殻を破った先には、理想郷ユートピアがあるかもしれない。



 ♢♢♢



 青年がいた。

 黒髪の青年だ。

 黒い制服を身に纏い、目を閉じていてもその知性は隠せないほど滲み出ていた。

 よく手入れされた艶のある黒髪は目に掛からないように切り揃えられている。

 その青年が今、目を覚ます。

「どこだ……ここは?」

 目を開くなり、彼は状況判断に勤しんだ。

 そして彼は絶句する。

 自らの置かれた状況に。

 前代未聞の事態に。


 彼は宙に


 そういうと意味がわからないと言うかもしれない。

 だが事実、彼は世界の中心にいた。

 彼は全方位を首を動かして確認する。

 陸地があった。

 海があった。

 だが、空はなかった。

 それは宇宙から観測した惑星を無理やり内側に裏返したようで。

 内から外を眺める手段はなく。

 陽の光もなければ月もない。

 光源がないのに何故か明るい。

 彼が見る景色は魚眼レンズを覗いた先の世界のようだ。

 真空でないのに重力がない。

 その証拠に宙には浮遊列島があり、宛もなく彷徨い続けている。

 唯一固定されているのは自身を包囲する陸と海のみ。


「あ、あ、あ」


 優秀な頭脳も使い所がないほどに、世界は狂っている。

 理解し難い。

 だが、存在する。


 時を超越して生きる世界。

 人知を超えた虚構の世界。

 誰かが最初に呟いた。


『世界は逆転している』


 唖然とすることなく、ただ淡々と事実を告げるように。


『Re Start』


 再度誰かはその言葉を口にした。

 

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