連れない橋

@rabbit090

連れない橋

 いくらか、不自由なことがあったように思っていて、でもそれは別に気にするような大きいことではなくて、私はいつものようにこの場所で、何かが起こらないかと待ち望んでいる。

 根拠は、ある。

 見たのだ、幼いころに一度だけ、この汚く濁った池に、天使が現れた瞬間を、目撃した。

 天使って、別に比喩表現なんかじゃない、本物の、この世界の存在では確実にない、宙に浮いた美しい彼女。

 彼女、と言ってもいいのだろうか、その存在はあまりにも現実味がなく、その時の私はただひたすらに現実から逃れたく、厳格でも見てしまったのだろうと結論付けていた。

 しかし、写っていた。

 しかし、その映像を見せても、誰も何もいないじゃないかと、笑っていた。

 何度も何度も繰り返してみても、この世の存在とは思えない程、何か、光り輝いているような不思議な、そんな彼女の姿が写っているというのに、誰の目にもそれは写ることがなく、私の心の中だけに、ずっと留まっている。

 もう今は、そのころとは違って親に殴られ、外では蔑まれ、それが当たり前で、でももどかしくて、でも人生経験が足りなくてもどかしいということにすら気づくことができなくて、だから。

 そういう苦しさからはすでに解放されている、だって、彼らはみな死んでしまったのだから。

 私は、今たった一人でこの池の淵で、希望が満ち溢れることを望んでいる、祈っている。本当は、全員がいなくなることなんて、望んでなんかいなかったんだ。

 私にだけうつった奇跡、それが、この現実を作り出しているというのなら、ねえ、お願いだから、私にもう一度会いに来てよ、ねえ、だって。

 いくらひどいことをされたからって、どうして、私はたった独りぼっちにならなくてはいけないの?

 苦しいの、嫌なの。やめて、お願い。

 祈りは、空しい、虚しい。

 虚しいだけで静かに広がって、共感してくれる人が誰も存在しない、空っぽの世界の中でただ一人、今日も祈り続けている。

 あなたは、誰なの?と。


 もう何年も経ってしまった、ように思う。

 人間が存在しないこの世界は、一体なんだっていうのだろう。私だけがいて、訳が分からない。

 ただ、すごくつらい毎日の中で、一言、池に向かって呟いてしまったから、「助けてください、私は。虐げられています、はっきりとそう自覚しています。今までは、それが当然だとすら思っていたけれど、違うのだと、気付いてしまいました。なぜ、苦労してきたはずなのに、なのに、なぜ、そのまま引きずられるように幸せの円環から私は引きずり出されてしまうのでしょうか、どうか、どうか。救ってください、私を。私は、私の力だけでは、私を救うことができないのです、だから、どうか。」


 血迷っていたことは認めざるを得ない、しかし、すでにその時の私は限界に達していた。

 殴られ続ける人生に、殴られ続けたことによって、全く関係のない人間からも当然のごとく虐げられる現実に、私は。

 はあ。

 今思い返してみても、そのころの現実はすさまじく、言葉にすることは難しかった。だから、だから、でも。

 一人にしてほしいなんて言っていない、私はもう、もうじき死ぬというのに、誰にも会えず、悪魔にも出会えず、恨みも晴らせず、何も分からないままに死んでいくのかと思うと、叫び出したい衝動の襲われるのだが、でも。

 聞いてくれる人間がいないのだとすぐ分かり、私はまた辟易としている。

 いつか、いつか。

 私にこの呪いをかけた悪魔に、伝えてやる。

 お前がやったことは、許されることではないのだ、と。



 はあ、全く、人間って馬鹿ね。

 アタシは、助けてもらったからあの男を、願うままに、願うままの世界に、閉じ込めてあげたっていうのに、何なのよ。

 タバコを吸いながら、つけ羽を取る。

 天使なんて、ただのお飾りよ。人間は、アタシたちを見て、何か超越した存在だと思うようだけど、違うわ。

 私たちはただ、違う世界からきた存在だってこと、超越なんかしていないの、馬鹿らしい。

 あの男はもう死んでしまったけれど、罪悪感などない、だってそもそもアタシたちには、そんな感情は存在しない。

 今日も、また。

 この世界で言われる悪事を働いた、それが悪いことだなんて思わない。だって、アタシ達はただ、生きているのだから。

 仲間が、ぼんやりとした顔でアタシを見つめている。けれど、分かっているけれど、アタシはそちらには向かわない。

 この関係性が、正しいのだと信じるているのだから。

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