深夜のコンビニ、狐面と
ひゐ(宵々屋)
前編
時計を見ると「0:00」と出ていた。今日だと思っていた日付は昨日になって、新しい日付が時間の下に表示されている。
なんとなく学校に行けなくなって、ついに一か月が経ったのだと、僕は気が付いた。
行った方がいいのはわかってる。中学校。小学校の頃みたいに、あまり遊んではいられないと、わかっている。
でも、なんとなく行きたくなくて、僕は結局どうしていいかわからずに、ベッドの上で、炒められている野菜みたいに転がる。
もう深夜。本当なら寝なくちゃいけないけれど、学校にも行かない僕はまだ元気で、それだけじゃなく、もやもやして眠れなかった。だからずっとごろごろしているしかなかった。僕が何か料理に仕上がるわけでもないのに。
そのうち、料理、なんて考えていたせいもあってなのか、なんだかお腹がすいてきてしまって。
もういっそ、お菓子をばくばく食べて、ジュースもごくごく飲んじゃって、開き直れたらいいのに。なんて。
でも、こっそり向かったキッチン、その戸棚や冷蔵庫にも、お菓子はなかった。ジュースもなかった。
だから僕は思いついた。
こんな時間にコンビニに行ってみるのはどうだろう、って。
なんだかとっても、わくわくしてきて、僕は親にも内緒で外に出ることにした。
深夜の外出。警察に見つかったら補導される。一か月も学校に行ってなくて、その上補導されたのなら、僕は間違いなく不良だ。
どきどきが止まらなかった。悪いことをしている、というどきどきではない。
なんというか、普通しないようなことを、しようとしていたからだと思う。
コンビニに無事たどり着いても、そこの人に何か言われるかもしれないけれども、うまく誤魔化せるだろう。「親は外で待ってます」みたいに。
無事に帰ってきたのなら、今日は特別な日になる。そんな気がした。
深夜に出歩く中学生なんていないもの。
* * *
久しぶりに家を出たわけじゃない。僕はあくまで学校に行っていないだけで、引きこもりじゃない。時々買い物に出る。お母さんからも「気が済むまで好きに休んでいいからね」とお小遣いももらっている。
だから町は、いつもと同じだってわかっているけれども「深夜」というだけで、そこがまるで、僕の知らない町になったような気がした。
形だけ同じ。中身は全く違う。まるで別の世界。
誰も人がいないだけで、こうもわくわくする。いつもは賑わっている商店街も、誰も歩いていないし、音楽も聞こえない。
僕だけの世界。誰もが知っていて、でも誰も知らない町を冒険してるみたい。
何より「深夜にコンビニに向かっている」ということが、わくわくする。ちょっとは「悪いことしてるな」とは思う。でもそのちょっとの罪悪感も、なんだか嬉しい。
とにかく、新しいものがいっぱいある世界に来たみたいで。
コンビニに入れば、そこにもお客さんの姿はない。商品を並べている店員さん一人しかいなくて、僕はどうしてか「来てやったぞ、待たせたな」という気持ちになってにんまり笑っていた。そして食べたいお菓子をカゴの中に入れる。ジュースも炭酸を選んじゃう。今日は僕の不登校一か月記念アンド深夜デビューなのだ、パーティーをするんだ、一人で。一人だから、全部僕のもの。
でも、順調だったのは、レジにカゴを置いたところまでだった。店員さんが気付いて、レジに戻ってくる、と、
「あれ、君、まだ子供?」
言われてどきりとする。
「だめだよ、こんな時間に!」
でも、こうなった場合のことは考えてきてある。
親と一緒だから。親は外にいるから。
「親と……」
僕は全部言えなかった。
だって顔を上げたら――店員さんは、人の顔をしていなかったから。
普通、顔には目が二つ、鼻一つ、口一つ。
でもその店員さんには、巨大な目玉が一つだけ。サッカーボールくらい、大きい。
僕はびっくりして何も言えなくなっていた。店員さんは続ける。
「■■■に連絡するからね! ちょっとそこで待ってなさい!」
なんて言ったかわからない。警察? 普通なら警察だと思う。けれど、明らかに「警察」とは言ってなかった。
僕はどうしていいかわからなくなってしまった。この人は何? どこに連絡されるの?
そんな風に、唖然としていると。
「こいつ、俺の知り合いよー、連れて買い物きたんよ」
ぐいっ、と僕を横に押しのけて、若い男の声がした。
その人は、浴衣を着た男の人だった。まだ寒い時期なのに、夏祭りに行くような格好をしていて、顔には狐のお面をつけている。
僕のカゴに、その人は自分が持っていた缶二本を入れる――お酒だ。
「おや? そうでしたか、申し訳ありません、お客様」
「いやいや、大丈夫。子供一人かなって思って連絡しようとするの、めちゃくちゃ偉いと思うぜ、めんどくさいから普通見て見ぬフリしちゃわない?」
狐面の男の手が僕に伸びてくる。そうして僕から取り上げたのは、お財布。僕のお小遣いが入っている。
セルフレジなんてない。一つ目店員がぴっぴっと商品を読み込み、〇〇〇〇円です、数字を読み上げる。狐面は僕のお財布からお金を出して、会計する。僕のお菓子やジュースだけでなく、狐面のお酒代も、お財布から出されてしまった。
「あんがとさん」
全部を袋にまとめてもらって、狐面はそれを受け取れば、コンビニの外へ出ていく。僕のお菓子もジュースもお財布も持ったまま。
僕は、一応こいつの知り合いだというフリをして、後に続いてコンビニを出た。
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