機械と君とマグリア

@fl0

序章

 「何だ、あれは」


 空に轟く駆動音と共に膨大な数の魔法陣を携えた巨大な戦艦が飛来した。のちに魔導飛空挺と名付けられたその兵器に搭載された魔法陣からは、無尽蔵に火球が吐き出され、その業火は街を破壊し尽くし、真っ赤に燃えた街並みと空にたちのぼる黒煙とのコントラストに地獄が存在するのならこのような景色なのだろうかとぼんやりと思想する。


「おい何やってんだ、とにかく逃げるぞ」


 声をかけられ意識が現実に引き戻される。眼前の光景が抗いようのない事実であると認識すると、震える体に喝をいれ、周囲の悲鳴や怒号を無視して前を走る友人の背を追いかけた。

 数日の間にあまりに多くのことが起こりすぎた。平和な日常が遠く昔のことのように記憶の中で掠れて消えて、目の前の生産な光景に塗り替えられていく。それを懐かしむように、あるいは目の前の光景から目を逸らすように今日の出来事を思い起こした。




「おいソーマ、起きろ」


 微睡の世界にいる俺の耳に野太い声が聞こえてくる。どうやら俺の知らない間に世界は朝になったようだ。仕方がないが起きることにしよう。寝ぼけ眼を擦りながらベットから転がり落ち、体を引きずるように声のしたほうへ向かう。

 キッチンから漂うトーストの香りに惹かれて木材の温かみを感じる深い茶色のフローリングを歩いて行く。時折鼻をつくようなガソリンと排気ガスの臭いもオルゼンギア公国では馴染み深い事だ。

 ソーマの暮らしているオルゼンギア公国は機械による発展を遂げた大国である。機械による技術発展こそ至高であるという教えが一般であり、魔法を中心に発展している隣国のマグリア帝国とは長年敵対関係が続いている。

 俺みたいな一般人としては魔法も使うことが出来たら面白そうだと思うのだが、どうやら魔法を扱うには魔力を扱う素質が必要らしくオルゼンギア公国出身の人間はほとんどが魔力の素質を持たないらしい、それが理由で魔力を扱うことのできない人間を純粋な人間であるとしている。行き過ぎた一部の国民の中には魔力を魔物由来の能力と考えて忌み嫌う者もいるらしい。


「おお、ちゃんと起きてきたか」


 リビングについた時声をかけてきたのは先ほどの声の主、俺の親父であるアササギ・オウマだ。何やら姿見の前で白髪まじりの髪を整えている。普段は俺が起きる前には家を出ているはずだが今日は珍しく今から家を出るようだ。


「珍しいね、こんな時間にいるなんて。何かあったの?」


 俺も本来であればまだ寝ていた時間だったのだが、普段はいないはずの父親に皮肉をこめて尋ねる。


「今日はちょっと重要な会議でいつもと時間が違うんだ。それより家を出る前に一つ伝えておくことがあってな」

「人を起こすほど大切なこと?」


 普段なら黙って家を出ているはずの親父が態々起こしてまで伝えることなんてどうでもいい用件なわけがなく、身構える。

 

「あぁ……ソーマお前、これから暫くは夜に外を出歩くな」

「は?」


 果たしてそれが思春期も過ぎた年齢の息子にいうことなのか、と呆気に取られるが親父が気分でそんなことを言う人間でないことは俺が一番知っている。

 言葉の真意を測り損ねていると、オウマは続けて口を開く。


「ここ数日、軍の関係者や国の要人が深夜から日の出前までの間に殺害される事件が続いている。それも、全て後ろから刃物で刺されているそうだ」

「は?そんなん聞いたことないぞ」


 ニュース等の情報に精通している訳ではないソーマであるがそこまでの大事件であれば見落とすわけがなく、信じがたいと懐疑的な目を向ける。


「機密事項だから軍の幹部や上流議会をはじめ一部の要人にしか知らされていないからな。まだメディアにも一切情報はない」


 他言してくれるなよ、と最後に加えオウマは身支度を整える。


「親父は大丈夫なのかよ⁉︎」


 詳細は把握しているわけではないが、オウマは軍に所属している上に数年前の大戦では戦果を挙げ勲章を授与されるほどの活躍をしていたはずだ。その観点ではオウマ自身も十分に命を狙われる人物像に該当しているはずだ。


「俺を誰だと思ってるんだ、俺はこの腕っぷしで将軍とまで呼ばれるようになってる。そこらの奴らに不覚を取るほどやわじゃないさ。それじゃあ、行ってくる」

「あ、ああ。気をつけてな」


 自分にも全く無関係ではないだろう事件があってもこの調子の父に、呆れながらも一抹の不安が拭えないソーマにあっけらかんとした物言いでオウマは玄関のドアを通って行ってしまった。


「公にされてない連続殺人か、しかも軍の関係者も狙うなんて大胆な事するんだな」


 しかも妙なことに全てが後ろからの刺殺であるらしい。後ろから刃物で刺すなんて方法ならば一般人にもできるかもしれないが警戒の強いであろう軍人や要人を含む全ての被害者が後ろから刺されたと言っていた。下手に後ろから近づけば一般人相手でも警戒されるだろうに、軍の関係者や要人に気取られずに後ろから近づくことなどできるのだろうか。

 考えているうちに無機質なアラームが鳴っていた。早く起こされたがいつのまにかいつもの起床時間になっていたらしい。ソーマは急いで喧しく鳴り続けるアラームを止めに行き、この事件は考えても仕方がないことだと切り替えることにした。


「さて、学校に遅れるわけにもいかないし準備するか」


 どうやらオウマがソーマの分の朝食も用意していてくれたらしく、暫く放って置かれて冷たくなったトーストとこれまた冷たくなったスープを口に流し込み、制服に着替える。

 黒を基調とし、金のボタンや装飾を施された制服は学校に行くための制服というより軍服に近い形状をしている。一般の学校ではこのような形状の制服は珍しいが、これはソーマの通う学校がただの学校ではなく、オルゼンギア公国軍の訓練校を兼ねていることに起因している。


「さて、行くか」


 こうして、ソーマの人生を大きく揺るがす一日が始まりを迎えたのである。




 空は青く、雲ひとつないはずなのにどこか空気は濁っており、燃料を燃えるガスの香りと黒い煙が列をなして空へ登っていく。機械で発展を遂げ、機械の発展に力を注ぎ生活を豊かにしてきたこの国では環境など自然の理を一切考慮せず、魔力によって発展してきた隣国マグリアへの対抗心のみを掲げて約百年の争いを続けている。

 とは言いながらも臭いガスをばら撒き、騒音を響かせる代わりにやたらと速い列車に乗らなければ通勤や通学も出来ない国民も多く、汚れていく空に不信感を募らせているものの、機械の発展を止めようとする者は多くない。


「ガス臭いしうるさいしガタガタ揺れて居心地も悪いこの列車が生活の基盤を支えてくれているのだよソーマ君」

「何だよ急に」


 隣の席で茶色がかった黒髪に、整った眉の下には長いまつ毛と凛々しい目、真面目な顔をして黙っていればかっこいい部類に入るような顔、そしていかにも軽薄そうな語りをしてくれた男はソーマの学友であるエンハルト・アルバーンである。数多くの戦いでアルバーン騎兵団で名を馳せた名門アルバーン家の次男である。


「ところでソーマ君、歴史学の課題をちょっとだけ見せてくれないか」

「はあ?お前また課題忘れたのかよ、ダルク爺に怒られるぞ」

「本当に頼む!一生のお願いだ!」


 両手を合わせて頼み込んでくる友人に顰めっ面をかえしながら、根負けしたソーマは課題を見せるのであった。

 列車で揺られて三十分ほどした後、そろいの制服に身を包んだ若者がポツポツと車窓から見え始めてきた。もうそろそろ目的地に到着するようだ。


「なあ、ハルト」

「んー?」


 隣に座る友人は、あの事件のことを知っているのだろうか。ソーマの中でふと疑問が湧いた。


「悪い、やっぱなんでもない」


 無駄にお喋りなこの男が大事件を知っていて話題に出さないわけないよな、そう結論づけてソーマは窓の外を見やった。


「なんだよ、変なやつだなあ」


 エンハルトは困ったように微笑むがそれ以上は何も言わなかった。こういうところで変な詮索をしないのは彼の美点と言えるだろうか。

 それからすぐソーマたちを乗せた列車は訓練校の最寄りの駅に到着した。

 訓練校最寄りの駅とあって、降りるのは同じ制服を学生ばかりかと思われるが、訓練校の近くは訓練校を中心とした学園都市のような作りになっているため、学生以外にも多くの人が降車する。

 どこへ急いでいるのかもわからないが、おそらく他人を思いやる余裕のない人混みを無理矢理突き進む人々に何度も肩をぶつけられながらようやく駅から抜ける。すると目の前に伝統を感じるレンガ造りに幾らか金属光沢の混じった巨大で豪華絢爛な校舎が迎える。オルゼンギア公国立訓練校『黒鉄学園』ここがソーマの通う学校である。

 軍人や機械技師を育成するために創設された学校であり、オルゼンギア公国で活躍を目指す多くの若者はここで武芸や機械技術を磨き母国のために尽くすのである。

 校門から本校舎まではレンガで舗装された数百メートルの道が続き、途中に噴水のあるちょっとした広場のようになっている十字路を右に曲がると売店や食堂エリア、左に曲がると技能棟と呼ばれる運動施設へ行ける。今日はまず座学の歴史学を受けるために本校舎へ向かうことになる。


「しかし本当に広いなこの学校」


 隣を歩くハルトが愚痴っぽく呟く。確かに校舎へ着くまでに数分かかるような広さで、学園の敷地の大きさはソーマも把握し切れていないほどである。


「国も人材の育成に力を入れてるし、何より貴族やお偉いさんの家系が通うことも多いからかかってる金も桁違いだ」


 校舎までかなり距離はあるものの綺麗に揃えられた植木に囲まれて整備された道を歩くのは苦にならない。


「おーい!ソーマ!」


 校舎までの道を半分ほど進み十字路へ差し掛かった頃、後ろからソーマを呼ぶ声が聞こえた。

 ソーマとエンハルトは足を止め声のする方へ振り返った。


「やっぱりソーマだった、違う人だったらどうしようかと思ったよ」


 後ろから声をかけてきたのはソーマとエンハルトと同じ班であるエイン・リーガンベルクだ。黒鉄学園では生徒は少人数の班で分けられ、班ごとに講義や試験を共にすることになっている。ソーマの所属する第七班ではソーマ、エンハルト、そしてこのエインが班のメンバーである。

 エインは艶やかな赤い髪を揺らしながら駆け寄ってきた。そしてオルゼンギア公国では珍しい、その髪と同じかそれ以上に赤い瞳でソーマを捉える。


「おはようソーマ」

「ああ、おはようエイン」


 エインは駆け寄ってきたというのに息一つ切らさずソーマへ挨拶を交わす。

 エインは第七班メンバー、主にソーマとは打ち解けたように人懐っこく明るい性格なのだが、それ以外の生徒や教員には少しそっけない部分があるものの、礼儀正しく評判が良い。エンハルトのことは度々いないものとして扱っている節がある。


「今日はまず本校舎で歴史学だよね?早く行こう」

「ソーマだけじゃなくて俺もいるだろうがよ」


 あからさまに無視されたエンハルトが拗ねるように抗議したがエインには届かず、先に歩いて行ったソーマとエインの二人を追いかけるように三人で本校舎へ続く道を歩いて行くのだった。


 この日、世界の歯車は音もなく動き始めたのだ。

 

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