第9話 ご褒美にナデナデをお願いされました
「ふぅーー。疲れた……」
「殿下、手が止まっていますよ。次はこちらの決裁を」
ケインが手元の書類をクロードの机に移動させる。
「お前、鬼畜だな」
ヤサグレた目で睨むクロードであったが、ケインはニンマリと笑うだけだ。
「そうですか? もう少し頑張れば、ご褒美がありますよ」
その言葉を聞いたクロードは、机に突っ伏した。
「フン。お前の褒美なんかいるもんか」
彼は拗ねている。
何故なら、エルシアが手伝いに通って来てくれなくなったからだ。
だが、それはクロード自身が言い出したことであった。
エルシアにゆっくり過ごして欲しいのは勿論のこと。
指輪の代金を労働で払っている現状、彼女に手伝いを頼むのは嫌だったからだ。
コンコンコン
クロードは突っ伏したまま、扉を叩く音を聞く。
いつもなら代わりにケインが入室の許可を出すのに、扉付近まで迎えに行く気配に違和感を覚えたクロードが顔を上げるとーー。
「殿下、お身体は大丈夫ですか!?」
突っ伏した彼を心配するあまり、顔を青くしたエルシアが居たのだった。
「あ、え? エルシアだ……」
(大変! だいぶお疲れなんだわ)
朦朧としたクロードの様子にアタフタするエルシア。
「ケインさん! すぐにお医者様を!!」
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ、エルシア嬢。殿下の限界は把握しているつもりです」
サラリと限界まで働かせる気満々の台詞を口にするケインであったが。
そんな言葉も耳に入らないくらいに歓喜に満ち溢れたクロードは、ひたすらエルシアを見つめている。
「でも、殿下は固まっていらっしゃいますわ。きっと疲労で……」
「これはエルシア嬢に会えた喜びで固まっているだけですよ」
ふふ、と笑うケインを疑わし気にエルシアは睨む。
(そんな冗談を言っている場合ではないのに……!)
彼女は次期公爵としての仕事をカザルスから全て丸投げされていた。
だから、過労でおかしくなる気持ちが分かるのだ。
事実、業務に慣れるまで何晩も徹夜した朝は、人が二重に見えたものである。
それからは疲労回復剤がお友達であった。
(わたくしがお医者様を呼びに行かなくてはっ)
クロードの異常を心配したエルシアが、医者を呼びに部屋から出ようとした瞬間ーー。
「エルシア! 待ってくれっっ」
クロードは彼女が居なくなってしまう危機にあって、覚醒した。
そして、小走りでエルシアの元に駆け寄る。
「俺は大丈夫だ。ケインの言った通りだから心配ない」
だが、エルシアは首を横に振る。
「殿下、無理してはいけませんわ。倒れては元も子もありません」
クロードは事実を言ったまでだが、エルシアには疲労を隠しているようにしか見えない。
それでも、どうしても医者を呼んでくれるな、と言うクロードに押されてエルシアは渋々了承する。
「……では。せめて、わたくしにもお手伝いさせて下さいませ?」
長身のクロードを見上げるエルシアは、知らずに上目遣いになる。
その天然の可愛さに悶えながらも、クロードは申し出をきっぱりと断った。
「それも駄目だ、エルシア。この仕事は俺がやり遂げなければ格好がつかない」
「そんな……わたくしに出来ることは仕事しかありませんのに」
シュン、と項垂れるエルシア。
そんな彼女に罪悪感が一杯になったクロードは『エルシアが俺の生き甲斐だ』とか『女神なんだ』とか、本人も何が言いたいのか分からない言葉を連ねる。
見兼ねたケインが口を挟んだ。
「エルシア嬢。殿下は貴女からご褒美を頂ければ体調も良くなり、もっと仕事も頑張れるそうです」
「……そんな馬鹿な」
(わたくし、前は殿下に嫌われているのかと思っていたくらいの関係性なのに)
だが、エルシアの心中に反してクロードは大きく頷いた。
「ああ! ケインの言った通りだ!!」
エルシアがその言葉に驚いている内に、クロードは夢にまで見た憧れをここぞとばかりに口にする。
「エルシアに、髪を撫でて欲しい……」
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