灯火ノ旅人
猫又 黒白
プロローグ
最近、朝目が覚めるとどうしようもなく悲しいという感情が心臓に絡みついている。
何かを失ったような、そんな気持ちで目が覚めて、憂鬱な日を過ごす。それが最近の日課になっていた。
「……朝」
ランプが赤く点滅しているのを確認して、呟く。
朝になると、この星の住民は目を覚まして一日の活動を再開する。
「……眠たい」
壁一面の鏡の前に立ち、ブラシで髪と体毛の毛並みを整える。私の大きな耳は小さな音もよく拾う、ピクッと耳を立てて聞こえてくる声に集中してみる。
『おい、もうダメだな』
『ああ、ダメだ、部品が持ってかれちまった』
どうやら、頼んでおいた宇宙船の修理がなかなか上手くいっていないらしい。
修理代はとても安かった、だから多少適当な仕事でも目をつむろうとは思ったけれど。直してもらわないと、この星から出発することができなくなる。それは旅をしている身としては、とても困る。
「どうしたの」
服を着てから外へ出て、話をしている手が8本ある店員に声をかけた。
この星は、紫外線なんかは平気だが空気が悪い、マスクは必須だ。
「あぁ、トモシビさん、ゴロツキがあんたんとこのパーツ持ってっちまって」
「居場所はわかるんですがね、如何せん攻撃的で」
異星人の年齢を目で見て区別するのは、どちらかと言うと難しい。しかし関節の折れ目が多い方が歳をとっていると聞いた。昨日知った豆知識だ。
右が息子で、左が父親だったかな。
「ふん、なるほどね」
「ええ、ですからもう少しお待ちいただいて」
待てば済むのなら、手荒なことはしなくてよさそうだ。
暇を潰すのなら、適当にこの辺りをもう少し観察するのも悪くは無いのかもしれない。
ただここはあくまで駐船場が作られているだけの小惑星、決して広くは無いしこれといって面白いものも期待できない。
「どれくらい待てばいいの」
「5日程度待っていただければ」
待てない、退屈で死んでしまう。
退屈しないために旅をしていると言うのに、旅先で退屈で死んでしまうなんて酷い皮肉だ。
「はぁ、それなら取り返しに行った方が早いわね」
「取り返しにって、お客さん、あんまり無茶なことはしなさんな」
「わかってる、わかってる」
無茶なんて最初からする気もない、心配の声をかける店主に振り返らずに手を振ったまま思い当たる建物まで歩いてく。
この小惑星に降りる前、端に不自然なバラックを見た。
「昨日着いた時、ここには絶対来ない方がいいって思ったんだけどね」
鉄の寄せ集めみたいな小屋の割に、大層にシャッターなんてもので締め切られていたのを開けた。
「ん?ん?ん?ん?なんだ?ん?ん?ん?」
様々な部品やらで溢れかえった部屋に、5匹、巨大な目玉の住人が一斉にこちらに視線を向ける。
目玉が大きいだけに、ほんの少し気圧された。
「私の宇宙船からとったやつ、返しなさい」
「ん?ん?ん?ん?昨日の夜のやつだな」
「ん?ん?どうする?ん?」
ただ個人的な感想なのだけれど、話し方がとても気に食わない。勝手ながら腹が立ってくる。
声帯が上手いこと発達してないタイプの種族なのかもしれない、どこに声帯があるか見えない。
「ん?小さい、雌、獣、二足、売れるな?ん?ん?」
「売るか、売るか、殺しはするな」
私自身の体躯は非常に小さい、初めて会う相手にはよく舐められる。
対して相手はそこそこ大きく、大きな目玉が威嚇するように身体の真ん中に埋め込まれている。
「だから小さい惑星の駐船場は嫌なのよね、治安が悪い」
左右に別れてジリジリと、詰め寄ってきている。
5匹は私の想定よりも多いが、私の対応範囲内の数だ。第63兆代目の宇宙は、私が体験してきたどの宇宙よりも戦闘が多い旅だった。
「セット…」
掌の機器は、周波を操るためのものだ。いくつも存在する宇宙の中のひとつに、それを武器や薬として一般的に扱う星々が存在する。
まあ、この機器を買ったのは別の宇宙だけれど。
「……シャットアウト」
掌底で胴体を打付けると同時に、周波を出力する。真前にいた1匹は崩れるように倒れ込んだ。
覆いかぶさってくるように襲ってくる残りを潜り抜けながら周波を打ち付ける。
「まったく、技術って言うより、経験が多く手に入ったわ、今回の旅は」
部品を盗んだ泥棒の5人組は、身体から力が抜けてその場に倒れた。まばたきをする力も暫くは入らないだろう。
「目が大きいだけに、まばたきができないのは可哀想ね、あなた達が瞬きをするのかは知らないけど」
積み上げられた部品の山から、2つ部品を取り返す。
取られたのは真っ黒な球体、重りだ、これがなければ宇宙船がワープをできなくなる。
「まったく、盗む相手くらい選びなさいな」
果たして、今選んだ部品が本当に自分の船のものかは分からないが。何か問題があれば、また取りに帰って来ればいい話。
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