第14話 元勇者の本気の力
「タ、タルフさん!」
受付の女性が焦ったような声を出す。
どうやらレオに声をかけた男性の名前はタルフというらしい。
強さに関してはこの中では上から数えた方が早いくらいの位置に居る。
レオからすればこのタルフという男性を、どちらかというと好意的に受け止めることができた。
(俺と……目を合わせて話してくれている……)
因縁のようなものを吹っ掛けられているのだが、アリエスという唯一の例外を除いて人と目を見て会話をすることがないレオからすれば、タルフはかなり好意的に映る。
その瞳の奥にかなり強い恐怖の感情が見えるが、それは今までアリエス以外の誰もが抱いていたものなので気にしていない。
しかしタルフという男性はそんなレオの無表情が余裕の表れと受け取ったのだろう。
レオに対して、ずかずかと近づいてきた。
「う、受付嬢のサリアちゃんの説明も聞くことなく、急に難易度の高い依頼だと!?
冒険者を舐めてんのか!」
「タ、タルフさん! 待ってください!」
「いーや、こればっかりは言わせてもらう!」
待ったをかけた受付の女性の言葉を遮るタルフ。
どうやら受付の女性はサリアというらしい。
初めて知った名前を念のために覚えたレオは、タルフに対して弁明を行う。
「すまない。あまり慣れていなくて、気を害してしまったようだ」
「なんだぁ!? わ、分かってんじゃねえか!」
正直なレオの言葉に、タルフは調子に乗った。
レオの顔に関しては気味が悪いが、強さはまるで感じなかったからだ。
レオが祝福を押さえていたために、彼は気づけなかった。
レオが強者であると見抜ける強さを、タルフは持っていなかったのである。
受付嬢であるサリアの面目を護るという大義名分も彼を調子に乗らせた。
結果、タルフは手を出してはいけない領域に触れる。
「それに奴隷を引き連れて一人で冒険者登録とはいい身分じゃねえか! 使わねえなら俺が貰ってやろうか!?」
「いや、それは困る。アリエスは渡せない」
「タルフさん! 言いすぎですよ!」
レオはアリエスを護るように片手で彼女を護るような動きをする。
タルフからすれば特に興味もない普通の少女。
けれどレオがアリエスを護るという構図、彼を刺激したのだろう。
サリア嬢の制止の声すら無視し、彼は怒鳴る。
「はぁ!? てめぇよりも俺と一緒に居た方が、その嬢ちゃんもいいんじゃねえの!?」
「いや、少なくともあなたよりは、俺の方が安全だ」
「……なんだと?」
レオの言葉はその通りなのだが、タルフのプライドを強く刺激したようだ。
顔に青筋を浮かべ、血走った目でレオを睨みつけている。
しかし、そんなレオとタルフのやり取りを見守っていた受付嬢のサリアが、なにかに気づいた。
「あれ?……この人、どこかで――」
「なら、証明してみせろ! 別に欲しくもないが、負けたらお前の奴隷は貰ってやる!」
サリアの呟きを遮って、発せられたタルフの言葉。
それを聞いて、レオは理解した。
「……なるほど」
このタルフという男が、自分からアリエスを奪おうとする、明確な敵であることを。
彼の中でのタルフの評価が一気に地の底まで落ちる。
すっと、頭の中の星の煌めきが消えた気がした。
レオは異空間から剣を取り出す。
魔王ミリアとの戦いでも使用した彼の最強の装備。
柄を握り、空間から引き抜けば、その瞬間に刀身が輝き、その刃に星空を映す。
今まで意図的に封印していた祝福を開放し、全ての重圧を敵であるタルフへと向ける。
今この瞬間、レオは自らの力を世界のためではなく、自分とアリエスのために行使する。
敵を壊す力を、この手に。
「俺は元だが、仮にも勇者だ。俺よりも強いというなら、見せて――」
そこまで告げてから、レオは目の前の男が気絶していることに気づいた。
腰に下げた剣を抜く様子すら見せずに、うつ伏せで床に倒れている男。
あまりに膨大な量の祝福と重圧は、敵と認定された男の意識を闇に落とすのに十分すぎたようだ。
状況を確認したレオは剣の開放を止め、無言でそれを異空間へと戻す。
その一連の流れの中で、体内の全ての祝福を力任せに押し込めた。
冒険者組合は、大変なことになっていた。
受付から振り返って全力を出したために、待合にいた全ての冒険者がレオの本気の威圧を受けたことになる。
それは向けられていなくても重圧を感じ、屈するほどのものだった。
その場にいた冒険者は全員、うずくまり目を見開いている。
全員が顔を青ざめさせ、冷や汗をかくほどの事態だった。
「ゆ、勇者……レオ様」
声に振り返れば、受付嬢のサリアが震えた顔で自分を見つめている。
彼女は一瞬だけ振り返ったレオと目が合うと、恐怖に染まった瞳をすぐに外し、机の中にある書類を取り出して受付に叩きつけた。
「こ、これが一番難易度の高い任務です! よ、よろしくお願いします!」
今この状況で、眼前に居る恐怖から逃れるために任務書類を出した彼女を誰が責められようか。
そして、この混乱極まった状況を、誰がなんとかできるだろうか。
「レオ様、行きますよ」
それは彼女しかいない。
レオの無意識により彼の重圧から逸らされていたアリエス。
彼女は受付の書類を掠め取ると、レオの手を取って冒険者組合を後にする。
足早に、一刻も早くこの場から出る為に。
初めて彼女に引っ張られる形で、レオは冒険者組合から連れ出された。
×××
「レオ様、いくらなんでもやりすぎです!」
冒険者組合から出て大きな通りを少し進んだ場所。
さらにそこから路地裏に入った場所で、アリエスはこれまで見たことのない怒りを露わにしてレオに向き合っていた。
「勇者であることもそうですが、あの剣に関しても街中で出してはダメです。
祝福に関してもです。
ああいった輩はいるかもしれませんが、レオ様なら力を出さなくてもなんとかできたはずです!」
「……はい。そのとおりです」
レオは怒り心頭のアリエスに対して俯いて頷くしかできない。
彼女の言うことは全て正論だ。
けれど、レオとしてはあの場で勇者であることを証明し、アリエスを護れるということを相手に分かってもらいたかっただけである。
とはいえアリエスが怒っているのはその過程であり、そこを詰められては自分が間違ったことをしたと認めるしかない。
今のレオからしてみれば、アリエスは彼を教え、導いてくれる母親のようなものなのだから。
「あんな簡単な挑発に乗ってしまっては今後、苦労してしまいますよ!」
「はい……で、でも……その……アリエスが奪われるんじゃないかって思ったら止まらなくて……」
「…………」
アリエスの怒りはもっともであり、それを受け入れるしかない。
けれどレオが言い訳じみたことを言った途端、彼女の声が、止まった。
無表情な顔なのにもかかわらず、なぜか驚いた表情をしているように錯覚した。
(ま、まずい……さらに怒らせたか?)
そう思ったものの、アリエスは深く息を吐いて、呆れたような雰囲気を出す。
だが、そこには先ほどまでの烈火のような怒りは無くなっていた。
「……いえ、よくよく考えればわたしが受付嬢と話をすればよかったのが始まりですし、今まで勇者として過ごしてきたレオ様のことを考えずに怒るのは違いますよね。
ごめんなさい」
「な、なんでアリエスが謝る!? 悪いのは俺で……」
「そうかもしれませんが、言いすぎたのはわたしの悪いところです。
それに……実はちょっと嬉しかったので。だから、言いすぎたことに対する謝罪です」
「は?……はぁ」
アリエスの言葉の意味がよく分からないものの、彼女は先ほどよりも怒ってはいないようだった。
相変わらずの感情を読めない表情だが、雰囲気は柔らかいものに戻っている。
むしろ以前よりも温かいような、そんな気さえする。
「だから、この件に関してはもうおしまいにしましょう。
けどレオ様、次は注意してくださいね」
「……善処するよ」
次に冒険者組合で話すときは気を付けようと、心に刻んだところで、話は受付嬢からもらった――とレオは思い込んでいる――依頼書に移る。
「……それで、依頼書にはなんて書いてあるんですか?」
不意にアリエスが手に持った依頼書をレオに差し出す。
レオはそれを反射的に受け取り、読み上げた。
「……ここから南に、廃屋が一つあるらしい。
そこに魔物が棲みついているから、それを討伐して欲しいっていう依頼みたいだ。
報酬は……っ!?」
書かれている内容を読み上げ、その内容が最後まで行ったところで、報酬額が目に入りレオは絶句する。
その金額をアリエスに伝えると、彼女は深く頷いた。
「まあ、それくらいの金額でしょうね。
一番難易度の高い依頼ということは、それなりに被害も出ていると思いますし。
本当は内容の詳細を聞けると良いのですが……無理そうですね」
「……すまない」
先ほど冒険者組合ではレオが本気を出した結果、逃げるように出てきたばかりだ。
今戻る選択肢はあり得ないし、明日向かうというのもどこか行きずらさを感じた。
諦めて空を見上げれば、日は暮れ終わりかけていて、上には夜空が広がり始めていた。
「……とりあえず、今日は宿に戻ろう。
もういい時間だし、任務に関しては明日でもいいだろ」
「……もうそんな時間ですか。そうですね、今日はゆっくり休んで、明日に備えましょう」
そういって、一人の男と一人の獣人の娘は宿へと並んで歩きだす。
意図的に合わせていた歩幅は、今ではもう自然に合うようになっていた。
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