第6話 信頼できる人を探して、奴隷商館へ

 レオは宿屋のベッドで目を覚ます。

 あれから店主が用意してくれた夕食を食べてすぐ、レオは眠りについた。

 眠れば嫌なことは忘れられる。

 少なくとも眠っている間は、レオは心をすり減らさなくて済んだ。


 しかし、部屋の窓から差し込む光は、活動時間が来たことを嫌というほどに伝えてくる。


 ベッドから起き上がり、レオは立ち上がる。

 体はいつも通り絶好調で、今日も最高のパフォーマンスができるだろう。

 心はもうボロボロだが。


 立ち上がったレオは自分の寝ていたベッドと自分に魔法をかける。

 衣服を清潔にする魔法。

 この魔法を教えてくれたのは、エバだった。

 それをかなり改良したのだが、これで身の回りの世話はかなり楽になった。


「街に……出るか」


 この宿屋に居てもできることはない。

 王城での当てはなくなった。

 ならば気は進まないが、最初に考えた冒険者や、傭兵か。

 王都を歩き回り、当てを見つけなければ。


 レオは王都を詳しくは知らない。

 知っているのは王城と、自分達勇者が過ごす宿舎くらいだ。

 その宿舎も、今更向かう気にもなれないが。


 部屋を出て廊下を歩き、階段をゆっくりと降りる。

 受付には、誰も居なかった。

 レオ以外が使用しないのだ。

 それならばいつまでも店主が受付に居る必要もないのだろう。

 何とも言えない気持ちで受付を見ながら、レオは宿屋の出口の扉に手をかける。


 扉を開けば、まばゆい光がレオを照らす。

 日は昇り切っていて、昼も過ぎた頃くらいだろうか、大分眠っていたようだ。

 昨日の一件が、そこまで効いたのか。


 そんなことを思いながら、レオは宿屋の扉を閉める。

 その際に、不意に路地裏の男性と目が合った。


「…………」


「…………」


 彼は昨日と同じ場所で、同じように、同じような目でレオを見つめていた。

 昨日は苛立ちを感じたその視線。

 しかし一晩おいた感情は、比較的落ち着いている。


 いや、疲れきっている。

 レオは視線を男から外し、大通りへ足を踏み出した。


 歩いていて感じるのは昨日と同じ視線。

 恐れ、好奇心、気持ち悪さ、嫌悪感。

 そういったものがレオの心に突き刺さる。


「いやねぇ……せめてあの気持ち悪い目だけでも隠してくれないかしら」


(それが出来たら苦労しないよ……)


「早くこの都から出て行ってくれよ」


(言われなくても、一週間後にはもう居ないさ……)


 嫌でも聞こえてくる言葉に、反応してしまうレオ。

 傷つき、疲れた心でも、苦しいという感情は消えない。


(……俺が、護った部分だってある筈なのに)


 悲しげにレオは内心で呟く。

 怒りを抱かないと言えば嘘になる。

 しかし一晩明けたレオの中にはそれを内面に抱くだけの気力もなくなっていた。

 昨日ほどの怒りは、もう抱けない。


(どうすれば……いいんだろうな)


 空を見上げて、レオは思う。

 もう誰にも必要とされていない。

 誰も頼れない。

 こんな状況で、なぜ自分は生きているのか、そんな思いさえ抱き始める。


 このまま王都から出て、魔物にでも襲われて死んでしまおうか。

 そんな思いが出てくるくらいには、レオは追い詰められていた。


「なんて……死ねるわけもないか」


 自虐気味に乾いた笑みを漏らす。

 仮にも元だが最強の勇者だ。

 どれだけ襲われようと、そこら辺の魔物の攻撃では死ぬことなどありえないだろう。

 自ら命を絶とうとしたところで、祝福に生かされるのは目に見えている。


 さて、ならどうするか。いったいどうすればいいのか。


 そんなことを思いながら、ふと目線を遠くに投げる。

 大通りに並び立つ、大きな店と看板。

 宿屋や酒場、武器屋、防具屋、道具屋などの文字が並ぶ。

 その中に文字のない、一つの記号を見つける。


(あれは……)


 そのまま同じペースで足を進め、看板の近くまで。

 描かれていたのは記号と矢印。

 そちらの方向を見れば、路地裏へ続く道が見えてくる。


 看板が示す記号は、見たことがある。

 以前野営をしていた時に兵士の一人が地面に書いていた記号。


 それは、確か奴隷商の館を示すものだったはずだ。

 思い出す。その兵士が詳しく話をしていた。あのとき、彼は何を言っていたか。


(たしか、人と契約を結び……何かをする?そういう文化があるって……)


 その兵士は、奴隷は逆らわないから良いと言っていた。

 その時はよく分からなかったが。


(それは……裏切らない……信頼できるということか……?)


 少なくとも兵士の話では、冒険者なんかよりもよほど良いと言っていた。

 あれはおそらく、戦時において背中を預けられるといった、そんな意味なのだろう。

 そうでなければ、命が掛かった戦場であんな話をするわけがない。


(……もう少しきちんと話を聞いておけばよかった)


 レオは昔の自分を責めた。

 あの時、兵士の言うことをしっかりと覚えていればここで迷うこともなかっただろう。

 戦いにおいて助けが必要ない自分には関係ないとそう思い、聞いていなかったのだ。


 けれど今この状況ならば、その館ならレオを導いてくれる誰かに出会えるかもしれない。


(それに戦いなら俺がすればいい……よし……行くか)


 どうせ行く当てもない。

 冒険者に声をかけるなら、まだ奴隷と契約した方がいいだろう。

 少なくともあの兵士は誰かに嘘をつくようなタイプではなかった。

 それにあの場で嘘をつく意味もない。


 奴隷に関して間違った認識をしながら、レオは路地裏に足を踏み入れる。


 その館は、路地裏の道を少し歩いた先に建っているようだ。

 少し迷いそうになる道を歩けば、数多くの呪われた人々とすれ違う。

 この世界には、呪われている人が相当数いると聞く。

 彼らは呪いと付き合って一生を過ごしている。

 それは今の自分と同じだろう。


 まあ、彼らには自分のように他者から強く拒絶反応を向けられることはないのだろうが。


 呪いが人から人に伝染しないのは遥か昔から分かっていることだ。

 だから呪いを受けているということが人から嫌厭される理由はならない。

 もし呪いのせいで嫌われるなら、それはそういった呪いを受けているたった一人の男だけだろう。


 そんなことを思いながら、たどり着いた館。

 入り口をノックをすれば、すぐに「どうぞ」という声が帰ってきた。

 やや重い扉を開けて、中へと入る。


 足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉じれば、目の前には先ほどまでの路地裏とは似ても似つかない光景が広がった。

 内部は明かりでしっかりと照らされ、清潔に保たれ、受付のような作りになっている。

 そして奥には一人の男性が後ろに屈強な男性を複数引き連れて立っていた。


(四人か)


 その男たちに目を向けながら、レオは実力を測る。

 鍛え上げられている。

 普通の人間や、ある程度名の知れた冒険者程度ならば四人でなんとかなるだろう。

 ただし、レオ相手では彼らが世界の人口ほど居たところで足止めにもならない。


「よ、ようこそいらっしゃいました……勇者さま……」


 一番前に立つ男が引きつった笑みで挨拶をする。

 おそらくこの館の主だろう。

 レオが勇者ということを知っているようだ。


「俺を知っているのか?」


「勇者さまは今この街では有名人ですから……その、別の呼び方の方がよろしいですか?」


「いや、今のままで大丈夫だ」


 よそよそしい態度に、レオは居心地が悪くなる。

 エバ達が買い物している様子を遠くから観察したことはある。

 その時の店員は、完璧なほどの笑顔だった。

 けれど目の前の男は恐怖を隠しきれていない。


 いや、それが普通なのかもしれない。

 たとえ客として考えても、今の自分は恐ろしいのだろう。


「きょ、今日はどのような用件で?」


「奴隷……とやらと契約をしたい」


「け、契約ですか……失礼ですが、同じような奴隷商を利用したことはありますか?」


「いや、ない」


 笑顔のまま固まる男性。

 冷や汗がつつーっと流れているのが見えるくらいだ。

 彼はすぐそばの一室を指さした。


「そ、そこでお話ししましょう。立ち話もなんですから」


「助かる」


 指し示した部屋は会談用の部屋なのだろう。

 そこに先に入っていく男性。

 付き人の四人の男性のうち三人が中に入り、一人が扉を押さえてくれている。

 それを見てレオはやや歩くスピードを速めて部屋へと入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る