第4話 王都からの追放

 レオは王城の控室で待たされていた。

 案内してくれた兵士は上ずった声で「こちらでお待ちください」と言ってくれたものの、退出するまで、彼がレオと目を合わせてくれることはなかった。

 兵士の一刻も早くこの部屋から出たいという気持ちが、感じ取れた。


 遅くなった時間の流れを感じながら、レオは息を吐く。

 彼が腰かけるのは豪華絢爛なソファー。

 これに座ったことも、これまで数えきれないほどある。

 レオは勇者だ。そのため、国王と会話することも多い。


 そのくらい、レオはこの国のために働いてきた。

 だから、今回も同じだ。

 なんてことはない。

 国王に経緯と事情を話し、呪いを解く協力をしてもらう。

 そして誰かしらに呪いを解いてもらう。

 それで終わりだ。


 それで、今まで通りになる。


 だから、何も心配することはない。

 自分はこの国に必要だ。

 自分はこの国をもっと救わねばならない。

 救うべき人が、待っている。

 待っている、はずだ。


「レオ様、準備が整いました」


 そうやって自分を鼓舞し続けていると、やがて控室の扉が開き、兵士が中に入ってくる。

 ヘルムをかぶっているので顔は伺い知れないが、彼もまた、レオを見ないようにしている。

 兵士は準備が整ったと言い、レオに謁見の間に向かうように告げた。


 その言葉を聞いたレオはソファーから立ち上がる。

 部屋を出る途中で窓を一瞥し、そこから射しこむ日の光の角度や強さが部屋に入ってきた時とは異なることに気づいた。

 考え事をしていて気づかなかったが、長いこと控室に居たらしい。


 ここまで待たされたことは今までにない筈だ。それに少しの不安を感じたが、無視した。


 そのまま兵士に連れられて、謁見の間へと向かう。

 控室と謁見の間は近く、歩いてすぐに着く距離にある。

 わずかに歩くだけで、謁見の間の扉が見えてくる。


 魔王ミリアと戦った広間へ続く扉よりも大きく、豪華なそれはデネブラ王国の繁栄を表しているようだった。


「中で国王がお待ちです。お入りください」


 扉を警備する兵士に許可を出され、彼らにより、謁見の間の扉が開かれる。

 差し込む光。それに導かれるように、レオは中へと入っていく。


 謁見の間には多くの兵士や大臣、そして国王や姫が居た。

 彼らは皆、レオを一瞬驚きの表情で見た。

 その後に、全員が恐怖の感情を抱き、目を背けた。


 長年政界に君臨している彼らは自分たちの感情を隠し通せたと思っただろう。

 しかし、最強の勇者として人外ともいえる力を持つレオは、彼らの感情の動きを読み取ってしまう。

 それがこれまでのエバ達と全く同じであることに、内心で溜息を吐いた。


 レオは気持ちを外に出すことはなく、国王の前に進み、膝をつく。

 以前からしてきた慣れた行為。


「レオよ、よくぞ戻ってきた。

 君が戻ってきたということは、魔王は討伐したと思ってよいのか?」


 謁見の間の最奥、そしてその中央の玉座に腰かける初老の王は厳かな口調と雰囲気でもってレオに問いかける。

 デネブラ王の言葉に、レオは膝をつき頭を下げたままではっきりと頷いた。


「はい。証のようなものはありませんが、かの魔王は確かにこの手で」


「よい。君が嘘をつくような性格でないことはよく知っておる。

 君が倒したというなら、魔王は死んだのだろう。

 ようやく、悲願が叶ったな。我が国は、魔王を討伐したわけだ」


「…………」


 レオは言葉の意味に気づかない。

 デネブラ王の言う嘘をつくような性格ではない、というのはそんな高等なことができるはずもないという意味が宿っていること。

 そして我が国という言葉を強調したことも。


「してレオよ。その目はどうした?」


「申し訳ありません。魔王を討伐する際に後れを取りまして、呪いを受けました」


「ふむ、顔を上げよ」


 国王に言われて、レオは彼を見上げる。

 目が合った瞬間、国王は意識的に目線を外した。

 レオを見ていても、その目線は右目や顔には向けられていなかった。


 国王の纏う雰囲気に、大きな恐怖と、僅かな嫌悪があることをレオは見抜いていた。


「……それは災難であった。救国の英雄が呪いを受けるとは、私としても悲しい限りだ」


 言葉を聞き、レオはタイミングを見つける。

 今この瞬間だ。


「王様、この呪いは戦闘に影響を与えません。この力も、この想いも、未だに健在です。

 もしも呪いが解けたのなら、より一層私はこの国のために励みましょう」


「貴様、国王に対して何を――」


「よい!」


 レオの突然の言葉を糾弾しようとした大臣の声を、デネブラ国王はかき消した。

 それはやや大きな声量だったにもかかわらず、まるで謁見の間全てを揺らすようだった。


「レオ、君はこれまで多くの魔物を倒した。さらには魔王までも討伐した。これは人類の救済者たる我々にとって深い意味を持つ。

 君は救済者として十分なほどの力を、成果を示してくれた」


「…………」


「しかし、事態はそう簡単ではない。結論から延べよう」


 目をつぶり、デネブラ王は息を吐く。

 彼は珍しく緊張しているように見えた。

 彼の鼓動が高鳴っていることが、レオの耳にまで聞こえてくるようだった。


「すまないレオ。どうかこの都から出て行ってはくれないだろうか?」


「……そん……な」


 告げられたのは、あまりにも残酷な一言だった。

 言葉の意味を理解し、レオは目を見開いて唖然とする。


「もうすでに、民衆には君が呪われていることを知られている。

 民たちは君を恐れ、一部には君の追放に対する嘆願書を出すものまで居る始末。

 そしてこの数はどんどん増え続けるだろう。

 そして君の呪いだが……そもそもこの国では呪いを解くことなど出来はしない。

 君は、その呪いと付き合ってかねばならない」


 呪いを解くことができないのはこの国ではなく、この世界なのではないかとレオは思ってしまった。


 自分の呪いは治らない。

 けれど、呪われた自分はこの国に必要とされていない。


「私達ではどうすることもできない。だが西の国ならば、呪いを何とかできるかもしれない。

 だから申し訳ないが、旅をしてほしいのだ。頼む、レオよ」


 これが体のいい厄介払いであることは、流石のレオでも気づいていた。

 自分は最強の勇者だ。

 だが魔王が居なくなった今、必ずしもデネブラ王国に必要な存在ではない。

 それに個では叶わなくても、集団で自分に準ずる力を持つ者は居る。

 個で自分に敵う力を持つ者だって、居る。


 勇者はレオ以外にも居るのだ。

 確かにレオの力は魅力的だが、国民の不満の種を国内にいつまでも残しておくことは、国としてしたくないのは明白だ。


 出て行ってほしい。

 西に向かい、旅をして、呪いを何とかしてほしい。


 それが国王の、この国の総意だった。

 この国に戻ってきてからまだ時間は経っていない。

 けれどわずかな時間で、自分の命運は決まっていた。

 西に向かったところで呪いを解けるなんて思っていないのだろう。

 だから呪いを解いた後の話など、出てくるはずもない。


 呪いは解けない。

 民の不満は大きい。

 だからレオを都から追放する。

 それがわずかな時間で決まったこと。


「むろん、魔王討伐の功績は大きい。それに見合う対価、報酬は与えよう。

 1週間の猶予を与える。その間に準備をし、この都を去ってくれ。

 レオ、すまんな……」


 国王は心底申し訳なさそうに告げる。

 都からの追放。

 しかし一週間の猶予は、国王がレオを思いやってのことだろう。

 その横に座る姫も、レオを気にかけるような表情をしていた。


 けれど、それでも結果は変わらない。

 もうレオの居場所はこの国にはないのだから。




 ×××




 気づけばレオは最初に案内された控室に戻っていた。

 国王と会話した結果、失意の底に沈んだ自分を不憫に思ったのか、国王はこの控室で休むことを提案してくれたようだ。

 その計らいに、彼の優しい王としての器を見た。


(どうせなら、もう不要なゴミのように王城から、いやこの都から摘まみ出してくれればよかったのに)


 そんな考えが頭を過ぎり、レオは首を横に振る。

 悪く考えてはいけない。


『どんな時も自暴自棄になってはいけない。世界を救うために、立ち止まってはいけない』


 そう教えられてきた。

 そう実行してきた。

 だから、止まってはいけない。


(けれど、何のために?)


 今まで勇者として育てられてきた自分が、新しく出てきた思考を止めにかかる。

 やめろ、それ以上考えるなと、警鐘を鳴らす。


 けれどこの現実を受け入れた今のレオは考えることを止められない。

 いくら過去の自分が辞めろと言っても、その先を考えてしまう。


 ――世界を救うため?その世界はいったい何だ?


(これまで護ってきた。救ってきた)


 ――俺にとっての世界ってなんだ。救わなくちゃならないものってなんだ


(救わなくてはならない者達に、不要と伝えられた)


 ――それを救って、何になる?


(なら、俺は何のために戦えばいい?)


 考えても考えても出口のない悪循環。

 悪い考えばかりが頭の中をぐるぐると回る。

 そこには最強の勇者の姿はない。

 ただ全てを失い、途方に暮れるだけの一人の男がいるだけだった。


「戦うしかできない俺が……それ以外に何をすればいい……」


 彼以外に誰も居ない王城の控室。

 豪華な装飾が施された部屋で、それに不釣り合いなほどに暗い顔をした一人の男は、頭を抱えていた。

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