第61話 ローザの家へ1
アードベルの2号区から6号区にまたがる冒険者居住区は、大陸各地から流れてきた冒険者が利用するための安い貸し宿が並び、猥雑な陽気と物騒さが入り混じった居住区である。巡回する魔導人造兵の御蔭で、“それなり”の治安が保たれてはいるが、酒屋や食料品店などでは、冒険者同士の怒号が飛び交っているような区画だ。
だが、同じアードベル内の居住区でも、この第8号区は随分と違う。
裕福な大商人や、地位のある役人や魔導機械術士などの技術者、有名な服飾や装備品デザイナーなどが住まう区域である8号区は、瀟洒で閑静な高級邸宅街といった風情だ。
乱雑で騒々しい冒険者居住区と比べると、その雰囲気は真逆と言っていいかもしれない。
美しく舗装された道路は道幅も広く、手入れが行き届いた植え込みが並んでいる。ところどころにお洒落な雑貨屋や飲食店、ちょっと高級そうな食料品店などもあった。落ち着いた静けさの中で、植え込みの枝葉にとまった小鳥の囀りさえ聞こえてくる。
この街並みの静けさを守るように、巡回している魔導人造兵の数も多い。
植え込みの手入れなどを行っているのも彼らであるらしく、8号区の治安維持と防犯、美化を兼ねているようだ。人通りは疎らだったが、アッシュ達とすれ違った人々は、みんな上品そうな服装をしていた。
「8号区には初めて来ましたが、すごく綺麗なところですね……」
ローザ達と共に道路を歩いていたアッシュは、きょろきょろと周囲に視線を流してしまう。それは珍しさからというよりは、この風景の中で自分が異物であることを自覚しているが故の、居心地の悪さと落ち着かなさからだった。
高位治癒魔法を受けたあとの静養を終え、『慈悲の院』から出ることにあったアッシュは、ローザの家の空き部屋に住まわせて貰う流れとなった。だが今になって、やはり野宿をした方が良かったかもしれないと後悔しそうになっていた。
『慈悲の院』で、ローザの家の部屋を借りればいいという話を貰った時には、「そこまでお世話になるのは申し訳ないですよ」と、最初はアッシュも断った。ローザ達にも気を遣わせてしまうだろうし、それはアッシュとしても望むものではなかった。
だが、そのアッシュの態度が、どこか他人行儀に見えたのかもしれない。
拗ねたような顔になったカルビが「こういう時に遠慮すんなって話を、さっきしたトコだろ~?」と唇を尖らせていた。しょんぼりとした顔になったネージュも、「アッシュ君が嫌なら、無理にとは言えないけれど……」と心細い声を出していた。
「そ、そうですわね……。アッシュさん意志を尊重すべきでしょうし……」
エミリアは具合でも悪くなったかのような辛そうな表情になり、「はぉぁあああ……」と悄然と項垂れ片手で顔を覆っていた。物凄い落胆ぶりで、まるでアッシュが悪いことでもしてしまったかのような後ろめたさを覚えた。
初めてパーティーに誘われた時も、確かこんな遣り取りをしたような……。アッシュがそんな既視感を覚えていたところで、肩を竦めたローザが、一つ呼吸を置いてから軽く笑った。
「私達のことを頼ってくれれば嬉しいけどさ、アッシュ君に厚意を押し付けるつもりも無いから。そういう意味でも、断ることにも遠慮はいらないからね」
そう言ってくれたローザの微笑みも、どこか残念そうで寂しげだった。カルビとネージュ、エミリアの3人も、ローザの言葉に頷くような気配を携えたまま黙して、アッシュの答えを――“冒険者アッシュ”ではなく、“アッシュ自身”の言葉を――待ってくれていた。
そのことを思うと、アッシュの胸の中に温かいものが広がった。
その熱源は、ローザの胸に抱かれて流した涙の名残かもしれなかったし、抱擁によって受け取ったローザの体温が、またアッシュの内側で熱を取り戻したのかもしれなかった。ただ、この温もりを大事にして、正直でありたいと思ったのは確かだ。
「では、少しの間だけ……。よろしくお願いします」
頭を下げてその言葉を口にするには、やはりローザが言っていた通り、甘える勇気が必要だったのも覚えている。
ただ、ローザ達の厚意に甘える決意はしたものの、彼女達が住んでいるという8号区に実際に訪れてみてからは、圧倒されっぱなしだ。
アッシュ達の歩く道路に面して並んでいる建物は、豪邸と言って差し支えない立派なものばかりだ。いや、立派と言うよりは、物々しいと言った方が正しいかもしれない。高い塀と重厚な門扉を備えた邸宅ばかりで、ちょっとした砦が並んでいるようですらある。
8号区がどういった区画であるのかは知識として知ってはいたが、実際に目にする8号区の実在的な景色は、本当に別世界だった。
「何だよアッシュ。さっきからキョロキョロして。デカい家がそんなに珍しいか?」
アッシュの傍を歩いていたカルビが、機嫌の良さそうな声で言いながら視線を向けてきた。
「こんな大きな御屋敷ばかりが立ち並ぶ場所とは、今まで縁がありませんでしたから」
「よく言うぜ」とカルビが喉を鳴らした。「お前がその気になったら8号区に家ぐらい、すぐに買えるだろ?」
冗談めかして言うカルビに答えたのは、アッシュの前を歩いていたローザだった。
「そういう風にお金を稼ぎまくったり、成功者然とした振舞いをすることに興味が無いんだよ、アッシュ君は。……ね?」
同意を求めるような視線を肩越しに向けてくるローザの声音には、いつかの会話を懐かしむような響きがあった。アッシュは「えぇ」と控えめに頷いて、自分の首に下がった5等級の認識プレートに軽く触れた。
ソロ冒険者として過ごしてきた時間を思い出しながら、アッシュは答える。
「……そもそも僕は、誰かに勝ち誇ったり、贅沢を楽しむほどの活躍もしていませんでしたから」
今までのアッシュは、“5等級の冒険者”である証拠を揃えながらも、目立つことを避けて、大きな活躍もしなかった。
時に、大型の魔物や危険な魔物と遭遇し、狩って、その魔骸石をアードベルに持ち帰ったりもした。マテリアルショップに持ち込めば、貢献度も殆ど加算されずに済んだ。5等級を維持したまま魔骸石を売却し、生活に必要な分だけの金額を残し、あとは神殿と養護院の寄付に回していた。
“冒険者”という枠の中で息を潜め、自分の存在を希釈していくような生き方だった。だが――。
「そういう生活を続けてきた中で、こうして皆さんと出会うことができたのは……、本当に幸運だったと思います」
慣れない8号区の街並みに圧倒されながらも、まったく心細くならずに済んでいるのは、間違いなくローザ達の御蔭であった。アッシュは無意識のうちに、ローザ達に小さく頷きながら微笑んでいた。
するとローザ達が急に黙り込み、反応に困ったようにアッシュから視線を逸らした。彼女達の顔が少し赤いように見えるのは気のせいだろうか。
ローザ達の様子にアッシュも軽く当惑しかけたところで、ゆっくりとカルビが振り返って「おい、アッシュ」と低い声で言ってくる。ちょっと不機嫌そうなカルビの表情だが、その口振り自体は優しかった。
「前も言っただろ? そうやってな? あんまり無防備な感じで微笑みかけるの、ちょっと気を付けた方がいいぞ、マジで。あの不愛想で有名な剣聖サニアでさえ、お前に熱い眼差しを向けるようになっちまったからな」
懇々と言い聞かせる口調のカルビが、何を注意させたいのかピンと来ない。アッシュは軽く戸惑いつつも、「え、えぇ、分かりました……」とひとまず頷く。
「アッシュさんの微笑みには、魅了の魔法効果があるのかと錯覚するぐらいの威力が籠められていますからね……。まさに“魔性”……。
僅かに頬を上気させたエミリアも表情を引き締め、神妙な口振りで何度も頷いている。
「エミリア。そういうことを真面目くさって言うと、頭が悪く見えるからやめた方がいいわ。それに、ちょっと怖いわよ」
半目になったネージュが、あまりにも冷たい言い方でエミリアを窘めつつ、何かを思い出すように視線を斜めに落とした。
「……そういえば、ギルドで私達を迎えてくれたシャマニとヴァーミルも、アッシュ君に会いたがっていたわね」
表情を引き締めたネージュが何かを警戒する顔になって、カルビが可笑しそうに笑った。
「特にシャマニの方は、アッシュの怪我の具合とか、もう意識は戻ってるのかとか、まるで恋する乙女みたいな必死さ訊いてきやがったな。……おいおい。またアッシュを狙うヤツを増えるのかよ」
言っている途中から眉間に皺を寄せたカルビが、やれやれと溜息を堪えるように肩を竦めた。
「やっぱりシャマニも、助けてくれたアッシュ君に感謝してるんだよ」
カルビの後に続いたローザが、ちょっと誇らしげに言いながら、アッシュに笑みを向けて来る。
「シャマニさんが助かったのは、僕が居たからというよりは、ネージュさんが預けてくれたエリクシルの御蔭ですよ」
緩く首を振ったアッシュを見て、ネージュも薄い苦笑を浮かべていた。
「私が預けたエリクシルだけでは、シャマニは助からなかったわ。あのとき、あの場所に、アッシュ君が居てくれて、最後までシャマニを守ろうとしてくれたからこそよ」
穏やかに言ってくれるネージュのあと、カルビが肩を揺らして「……まぁ、とにかくだ」と、この話題の深堀りを避けるように区切りをつけてくれた。
「ギルドからの連絡があるまでは、アッシュものんびりしてようぜ。次の冒険の話は、ギルドから諸々の連絡があってからでも遅くねぇだろ」
「とはいえ、今回の件はどうもキナ臭いですし……。報酬も貢献度も、簡単には受け取れないかもしれませんわね」
軽く息を吐いたエミリアが、気の早い諦めと大人びた分別を籠めた言い方をする。「期待はしない方がいいかもね~」と続いたのは、溜息の代わりのような、空元気の苦笑を過らせているローザだ。
「ギギネリエスの背後の居るのが誰なのかっていう話で、私達の待遇もかなり変わるだろうしさ。……ギルドが私達の名前を伏せている現状自体が、かなり複雑な事態になってる証拠みたいなものでしょ」
「加えて言えば、そのこと自体に関する通達や連絡が何も無いというのも、少し不気味ですよね」
アッシュも頷きながら、背中が少し寒くなるのを感じた。
「私とエミリア、それにカルビと3人でギルドに出向いた時も、賞金や貢献度に対する具体的な話は殆ど前に進まなかったわね。取り合えず、シャマニを助けたことのお礼を言って貰って、それから……」
僅かに眉間に皺を寄せたネージュに、カルビも頭の中の記憶を掻き混ぜるような顔になって腕を組んだ。カルビが頭を掻きながら、思い出すのも面倒そうに鼻を鳴らした。
「ダルムボーグの被害状況がどうだとか、あとは、アタシ達の装備品の修理とか、消耗品の補充については十分な金を出すとか、そういう話がメインだったな。報酬とかの話は……」
「終始はぐらかされていると言うか、もう少し待って欲しいという感じでしたわね。まだ確証が得られていないようですが、王都の貴族が関わる可能性があるとのことでしたし……」
落ち着いた面持ちのエミリアが、慎み深い諦念と共に、この話の結論を先取りするように言葉を継いだ。
「もしかしたら、これ以上は冒険者の触れる領域の話にではないのかもしれませんわ」
冒険者という領分で実践できる善良さを理解しているからこそだろう。エミリアの口調には毅然としていて、自身の正義感を放棄したゆえの物言いでないことが分かる。
アッシュとしても、エミリアのような態度でいることこそが、最も賢明な判断に思えた。
先程カルビが言っていたように、今回の冒険に関わる経費については、『鋼血の戦乙女』クランが持ってくれるという話は、アッシュも教えて貰っていた。この補填は、シャマニを治癒するために使用したエリクシルも含むということも。
この異例の手厚さは、本来ならローザ達に与えられる筈の正当な賞金や貢献度が、なんらかの理由で無効になる可能性があることを、既にヴァーミル達が知っていたからではないか。
機械術師組合は『鋼血の戦乙女』クランのオーナーであり、冒険者ギルドとも昵懇である。普通なら表に出てこない情報も、ヴァーミル達ならば把握していても不思議ではない。
「……もしかしたらですが、ギギネリエスの処分や処遇を巡って、ギルド内部でも何か複雑な取り決めが行われているかもしれません」
下唇を噛んでからアッシュが言うと、「あり得るよね~」とローザが顔を顰めた。
ネクロマンサー達の扱う魔法は、死霊、死体を操る強力なものだ。その中でも、ギギネリエスなどの特に強力なネクロマンサー達になると、死体を編み合わせて怪物を造り出したり、死霊や死体から知識や戦闘技術を抽出したり、それを他の死体に付与することすら可能だ。
“死”は、命あるもの全てを飲み込む。これは絶対的な理だ。肉体活性と生命維持の魔法を極めた歴史上の大魔導師達も、そして古の魔王達でさえも、永遠に生き永らえることは出来なかったとされている。
誰も、“死”からは逃れられない。
だが、ネクロマンサー達の冒涜的な死霊魔術は、その“死”という概念の中に眠っている大いなる力を、この世界に招き入れる御業であり、呪われた奇跡である。そして権力者たちにとっては、使いようによっては莫大な利益を生み出す、文字通りの魔法だった。
ネクロマンサーを生きて捕らえた場合の賞金が桁外れである理由も、結局はそこにあるのだろう。
「……まぁ、裏で不老不死の研究なんかをしてるらしい宮廷魔導師共なら、死霊魔術の知識や技術を欲しがってても、おかしくはねぇな」
顔を歪めたカルビが吐き捨てるように言って、頭の後ろをガシガシと掻いた。傍に居たネージュも眉間を絞り、細く息を吐いてから「巨大な力を持つ者は、いつも引く手数多なものよね……」と諦念らしいものを籠めて呟く。
アッシュも下唇を噛んで、小さく頷いた。
王族や貴族、そして指導者階級の者達の中には、アッシュのような存在を――死体から造られる人形――を、軍事的に利用しようとする者達だって居るのかもしれない。そう考えるとアッシュは、やりきれない思いだった。
だが、考えても仕方がない。この場でアッシュ達が想像を巡らせても、正確な答えは出ない。何も分からないままだ。
「とにかく、今はギルドからの連絡を待つしかないから。……ちょっと間は、ゆっくりしようよ」
第8号区の道路を歩くアッシュ達の間に立ち上がり始めた重たい空気を、軽く掻き混ぜるようにローザが言う。アッシュが顔を上げると、ローザは快活な、それでいて余計な力の入っていない笑みを浮かべて、「ね?」とウィンクして見せた。
「不安も心配も、先取りし過ぎると疲れてしまいますものね。それで対処も判断も遅れれば、本末転倒ですわ」
鷹揚に頷くエミリアにしても、どっしりと構えているというよりも、動いた事態に合わせて対応するしかないと考えているようだった。冒険者らしい割り切り方だが、前向きな冷静さが無ければ実践できないことだろう。
「……えぇ。そうですね」
アッシュも頷き、胸の中に澱みつつあった暗い想像を手放した。小さく深呼吸すると、また鳥の囀りが聞こえてくる。心地よい陽気を含んだ風が道路を吹き抜け、アッシュの頬を撫でて行った。
「ごちゃごちゃ考えるのは、まぁ、あとからでも出来るしな」
首を左右に倒して伸びをしながら、カルビが鼻を鳴らす。
「……いや、貴女は普段から何も考えてないでしょ」
呆れたような顔になったネージュが、冷えた声で指摘する。
「何なら、緊急時でも無思慮のままですものね……」
頷いたエミリアも、困ったように眉を下げて応じた。
「ンだとテメェら?」
歯を剝いたカルビが眉をハの字にして、眉間に皺を寄せた。
「はいはい3人共、そこまで。人造兵に目をつけられちゃうから。もうじき家なんだし、そういう口喧嘩は中に入ってからにしてよ」
肩を竦めたローザは、言い争いになりそうなカルビとネージュの2人を慣れた口調で宥めてから、アッシュの方に首を曲げた。
「あれが私の家だよ」
ローザが指差したのは邸宅街の一角だった。そこには周囲よりも一際高い塀で聳えていて、いかにも堅牢そうな門が見える。その門の奥には立派な庭があって、更に向こうに側に四角い箱を組み合わせたような、3階建ての建物が見える。
どういった建築様式なのかはアッシュには全く分からない。ただ、変わっている。冒険者居住区にはもちろんと言うか、第8号区の他の邸宅や、商業地区、職人街にも無いデザインだった。近代的というか、洗練されているという雰囲気だ。
機能的、或いは、造形美といった言葉を連想させる。魔導機械術士達の工房がひしめく第11区になら、似たような建物があるのかもしれない。ただ、家の形状の珍しさよりもアッシュを動揺させたのは、離れていても十分に分かるほどの敷地の広さと建物の大きさだった。
「……ローザさんの御住まいって、あちらの建物なんですか?」
アッシュが驚愕と感嘆を混ぜ込んだ声で尋ねると、ローザはこともなげに「うん」と頷いてから「ちょっと変わった感じの家だけどね」と、無邪気な言い方をした。
「遺跡都市トーキョーにある建物の、その建築様式を真似てるんだって。結構おっきいでしょ?」
「いや結構どころか、物凄いですよ……」
ローザの自然な物言いに困惑したアッシュは、殆どツッコむような気分で言葉を返す。すると、傍を歩いていたカルビも「そうだよな」と真面目な顔になって頷いてから、「ローザのおっぱい並にデケェよな」などと言いだした。
唐突なことにアッシュが何も反応できずにいると、ローザの胸を一瞥したネージュとエミリアも、何かに納得するように頷いてから、「……そうよね」「大きいですわね……」とカルビに同意した。
「家と同列に語られるほど大きくないよ!?」
即座にローザは自分の胸を隠すようなポーズを取って、目を吊り上げた。
「っていうか、3人は何でこういう時だけ意見が合うの? いつもは下らないことで言い合ってるのにさ。仲良くなるタイミングおかしくない?」
「あぁ? こいつ等とアタシの仲が良いとか、寝言は寝てから言えよローザ」
「笑えない冗談よね」
「えぇ、まったくですわ」
カルビとネージュ、エミリアの3人は嫌そうに顔を見合わせてから、そう声を揃えた。相変わらずと言うか、この3人の息の合いっぷりが何だか可笑しくて、アッシュは思わず「やっぱり仲が良いじゃないですか」とツッコんでしまった。
このとき、アッシュは自分でも意識していなかったが、本当に自然と笑っていた。微笑みではなく、可笑しみからだ。それは恐らく、アッシュが初めて零す種類の笑みだった。ローザ達も少し驚いたような顔になってアッシュを見詰めてくる。
ローザ達の珍しそうな視線の御蔭で、アッシュは自分が笑っていることに気付く。気恥ずかしくもあったが、少しだけ自分が変わってきていることを感じた。アッシュの内側にある、今まで活性化されていなかった場所に、血と温度が通い始めるような感覚だった。
この変化はやはり、ローザ達と共に居ることによって齎されたものに違いなかった。自身の存在を希釈すべく、ソロ冒険者として息を潜めるように生きていた頃には、絶対に訪れない内面の変化だった。
アッシュは、ローザ達と共に過ごす時間を、楽しいと感じている自分に気付いた。
そして、ローザ達に釣り合う自分になりたいと思った。その謙虚さは、つまり、アッシュにとっては自分自身よりも、ローザ達の方が大切な存在になりつつあるからだろう。
「さて……、3人の仲が良いのが改めて確認できたのは、喜ばしいことなんだけどさ」
そこでアッシュに笑い掛けてくれたローザが、前方を指差した。
気付けば、もうローザの家の門はすぐそこだった。聳えるような門扉を見上げるアッシュは、とんでもない所に住まわせて貰うことになったものだと改めて思う。
「トラブルの気配を察知したのかどうかは分からないけど、さっきから人造兵達がチラチラとこっちを見て来てるから、じゃれ合うのは家の中に入ってからにしてよ」
言いながらローザは、アイテムボックスから手の中に何かを取り出していた。それは、板状の金属のようだった。つるつるとして光沢のある表面には、細かい紋様が幾つか描かれていた。紋様は薄青色に明滅しており、魔導アイテムであることが分かる。
その金属の板を興味深そうに眺めるアッシュの視線に気付いたローザが、「あぁ、これ、家の鍵なんだよ」と、その金属の板をヒラヒラと振ってみせた。それから、その金属の板の上にローザが指を滑らせると、アッシュ達を迎え入れるようにして、ローザの家の重厚な門がひとりでに開こうとしていた。
「わぁ……」
魔導機械の技術なのだろう。重たそうな門を滑らかに動かす力強さの中に、その技術の便利さだけでなく、何か尊く偉大なものを感じて、アッシュは圧倒されるような感嘆の声を上げてしまう。
こうした魔導機械の技術の発展ためには、冒険者達の活動は不可欠だ。魔骸石や希少な金属、それに鉱石を持続的に集めてくる者達が居なければ、アードベルの魔導機械産業を支える資源は確保できない。それに、街を守ってくれている魔導人造兵達の数も、もっと少なかっただろう。
冒険者達の活躍は、大陸の人々の暮らしぶりに大きく関わっている。
鍛冶師や革職人、大工や狩人、果樹基地や農園基地を支える人々と同じように。そのことを思うと、アッシュが生きてきた時間は、たとえ僅かであっても、この動く巨大な門の中にも、そして技術そのものにも流れているような気がした。
「さ、遠慮なく入ってよ。アッシュ君に使って貰う部屋とか、色々と案内するから」
ローザは軽やかに門の内側へと入っていってから、くるっとアッシュの方を振り返った。
「ようこそ我が家へ。歓迎するよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
たくさんのブクマ、温かな応援、
また★評価を寄せて下さり、ありがとうございます!
皆様に支えて頂きながら、今回も更新させて頂いております……。
不定期更新が続いておりますが、また次回もお付き合い頂ければ幸いです。
いつも最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます