第40話 微熱を帯びる剣は



 クラン『正義の刃』に勧誘されたことが原因で、ローザ達のパーティが解消されてしまうかもしれない。その事実は、アッシュ自身でもよく分からない種類の焦りと不安を齎した。


 そもそもアッシュは、同行依頼を受けただけのソロ冒険者である。


 ローザ達のパーティがどのような選択をして、どのような形に落ち着くことになっても、アッシュは何かを口出しをするような立場にはない。ただ黙って、彼女達の意志を尊重すべきだった。


 ただ、そんなアッシュの複雑な心境を他所に、ローザ達の選択はあっさりとしたものだった。


「こんな風にサニアさんから声を掛けて貰えることは、とても光栄なんですけど……」


 床几に掛けたローザが背筋を伸ばし、深く腰を折って頭を下げた。


「今回は、丁重にお断りさせて頂きたいと思います」


「このようなお誘いを頂けることは、とても喜ばしいのですが……。私も……」


 申し訳なさそうにエミリアも頭を下げ、続いてネージュも静かに頷くように頭を下げてみせる。カルビだけは耳を掻きながら「悪ぃな」と、眉を下げて笑った。


 クラン『正義の刃』が使っていた長屋は現在、負傷者を休ませるために使っている。そのため新たなクラン拠点として、村の空き小屋に最低限の修繕を施して利用していた。


 円卓と床几を持ち込んで並べている様子は、小ぢんまりとした会議室然としていて、小ぶりな執務机もある。あとは、村に持ち込まれたか、もしくは、村での活動記録などの書類を整理する棚が置かれていた。


 小屋の中には、ローザ達とアッシュ、それにサニアだけだ。アッシュ達が来るまでは他のクランメンバーが3名程いたが、サニアからの指示で席を外して貰っている。


「いえ……。何も謝って貰う必要はありません。頭を上げてください」


 ローザ達と向き合うように床几に掛けているサニアの反応も、冷たくはない程度に淡々としたものだった。頭を下げるローザに対して食い下がることもなく、『正義の刃』に加入することによって、好条件や好待遇を受けられるといったことをチラつかせることもない。


 武人らしい粛々とした態度だった。だが、「残念ですね……」と付け足された短い言葉には重みがあり、彼女の本心であることが窺えた。


 彼女達に続いて、この『正義のクラン』への勧誘、いや、この場合は推薦や引き抜きに近いのだろうが、それをアッシュも断らせて貰おうと思ったときだった。


「まさか、この話を断ったりしたせいでペナルティがあるなんてことは無ぇよな?」ずけずけとした言い方でカルビが訊いた。


「例えば、アタシ達の貢献度がマイナスされたりとかな」


「あり得ませんよ。そのようなことは」


 サニアは緩く首を振って、少しだけ声音を和らげた。


「貴女たちが少数パーティで活動を続けるのにも、相応の理由があってのことでしょう。……それが経済的なものであれ、個人の心情によるものであれ、同じ冒険者として私は、貴女たちの在り方を尊重したいと思います」


 揺れの無いサニアの言葉は丁寧であり、それを自分でも噛み締めるようだった。


「そう言って貰えると恐縮です」


 顔を上げたローザが、隣に並んで床几に座っているカルビやネージュ、エミリアを見てから、サニアに申し訳なさそうな微笑みを返した。


「でも確かに、経済的な理由が大きいっていうのは否定できないかもです」


 苦りきった笑顔になったローザが肩を落とす。


「特に私の場合は、魔導銃関連の装備にはお金が掛かりますし、それに……」


 切実さを帯びたローザが、その先を濁すように言葉を切った。その不自然な沈黙を埋めるように、カルビが暢気そうに喉を鳴らして笑う。


「まぁ、『正義の刃』に入っちまうと、冒険者としての稼ぎが減っちまうからな」


 あまりにも飾らないカルビの言い方だったが、サニアは気を悪くした風でもなく頷く。


「貴女方ほどの実力者ならば、その意見は重要でしょう。私達のクランからは給金が出ますし、メンバーの多さに支えられる形で生活は安定もします。その代わり……」


「あぁ。『正義の刃』みてぇな規則も規律もガチガチのクランに入っちまうと、ギルドから自由に仕事を受けることもできなくなるんだろ? なら、冒険者らしい一攫千金は諦めるしかねぇ」


 顎に手を当てたカルビは、色々と想像するようにして斜めに上げていた視線をサニアに戻し、ニヤリと唇の端を持ち上げた。


「いい機会だから、ハッキリ言っとくか。アタシはな、それなりに金が欲しんだよ。貴族になれるぐらいにな」


 恐らくはカルビも、今のような発言をローザ達の前で初めてしたのではないだろうか。ローザ達が分かりやすく驚いた顔になって、一斉にカルビを見た。当然だが、アッシュも驚いた。


 ただサニアは、貴族へと成り上がる野望を仄めかすカルビに対しても、表情を動かさずに何度か小さく頷いてみせる。彼女の凛然とした美貌は静けさを湛えたままで、カルビが口にした不敵とも無謀とも壮大とも言える野望に理解を示した。


「そういう冒険者も少なくないはずです。特に、アードベルでは」


「馬鹿みてぇな話だが、ありふれてる分だけ真面だろ?」


「えぇ。それに貴女ほどの力があれば、それも可能ではないかと思わせる程度には、説得力のある野望ですね」


「剣聖サマにそう言われると、なんか勇気を貰えるな」


 くっくっく、と喉を鳴らしたカルビは足を組み、「ついでに言えば……」と言葉を続けながら、手を頭の後ろで組んだ。


「大型クランに所属しちまうと、抜けるのも簡単じゃねぇはずだ。自分でクランを設立したくなったり、ムカつく賞金稼ぎを探してぶっちめたくなっても、そうはいかねぇ」


「えぇ。クラン内での場合や立場によりますが、そう考えて貰った方がいいでしょう。私達のクラン特に、集団活動を重んじますから。個人の想いを反映させるには、自ずと限界があります」


 淡々と言うサニアの視線が、すっとネージュの方に動いた。


 エルン村にアッシュ達が来た日、村長が発した“教団”という言葉に対し、ネージュは強い反応を見せたことを思い返しているのだろう。それをアッシュも思い出していた。


 カルビが言った『ムカつく賞金稼ぎをぶっちめる』というのは、恐らくはネージュが冒険者を続ける大きな理由の一つなのだろう。ならばネージュとしては、やはり『正義の刃』に入ることは選択しにくい筈だ。


 エミリアにしても、『正義の刃』に比肩しうる大型クランの設立を目指しているのであれば、やはり経済的な面や、脱退に関わる後々の手間を考えれば、今のパーティにいることを選ぶのも自然だと思えた。


 結果的に彼女達は、ローザパーティの維持を選択したのだ。


 そんな彼女達を眺めていたアッシュは、自分でもよく分からない安堵を持て余していた。


 ――僕は、ローザさん達の個人だけでなく、彼女達のパーティそのものを好ましく思っているのだろうか。彼女達が、パーティとしての協力関係と共に、友情や親愛で繋がっていて欲しいと願っている……?


 アッシュにとって、他者に対するそういった希望は馴染みのないものだった。この感覚は、世話になった養護院が、安定した運営と平和の中にあって欲しいと願うのとは、また違っているように思えた。


 ただ、昼間にカルビが言っていた通り、もしもローザが『正義の刃』に所属する意思を表明していたとした、やはり、ローザ達のパーティは解消されていたように思えた。


 いや、もしかしたら、ローザだけを抜いたメンバーでパーティを再結成するのかもしれないが、今までの彼女達の遣り取りを見ていて、そうはならないような予感があった。


 まとめ役というかリーダー役というか、要所要所でパーティを引き締め、常に周りの状況を見渡して作戦を思い付くというのは、今までもローザにしかできない重要なポジションだった。


 そのローザを欠けば、やはり決定的な変化があるはずだった。


 ローザを中心にした今のパーティが維持されることに、カルビやネージュ、エミリアも、何処かホッとしているようにアッシュには見えた。


「貴クランと共闘できたことを、私はとても誇りに思いますわ」


 カルビに続いて口を開いたエミリアは、胸に手を当ててサニアを真っすぐに見据えていた。こういうときのエミリアの声には芯があり、優雅さと高貴さがあり、また、サニアに対する最大限の敬意が籠められていた。


「……この村の防衛を任されていたのが『正義の刃』でなかったなら、あの夜の神殿防衛は不可能だったでしょうね」


 低い声で続いたネージュは、女神ゾンビと戦ったときのことを思い返しているのか。あの夜の辛勝を噛み締めるような鋭い目つきで、僅かに視線を落としていた。


「その点で言えば私達も、貴女たちに感謝せねばなりません。特に、マジックキャンセラーを用いる作戦には助けられました」


 サニアは硬質な無表情のまま、ローザ達を順に見た。


 そしてアッシュにも視線を向けてきたところで、目が合う。瞬間的に、サニアの方が目を逸らした。彼女の白い頬に、微かに朱が差したように見えるのは気のせいだろうか。


 そこで咳払いをしたサニアは、冷たい無表情を維持したままで言葉を続ける。


「あの女神擬きの“指揮個体”としての力、それに、ネクロマンサーの遠隔魔術を打ち消してくれたおかげで、被害が最小限に抑えられたとは間違いありません」


 そして今度は、サニアの方がローザ達に頭を下げた。


「礼を述べるのも遅くなりましたが……、本当に感謝しています」


「いやいや、頭を上げてくださいよっ」


 ローザがあたふたとした声を出したのに対して、エミリアが得意気な顔になって、大袈裟な仕種で、紅の縦ロールが髪をふぁさぁっと、かき上げるように揺らした。


「モホホホホ! あの戦いでは、真なる“淑女”を目指す私のォォ、サッチャワンダフルなメガハードでHOOOOOOOTなPOWERRRRRRがァァ、もう超絶アグレッシブに炸裂しましたからァァァン? まァァ、当然の結果ではありますけれどもォホホホホホ!」


 続いて、不敵な笑みを顔に刻んだカルビが、ふんぞり返って偉そうに言う。


「まぁ、アタシの活躍に感謝しまくって、ギルドにしっかり報告しといてくれよ」


 調子に乗り始めたエミリアとカルビを、冷厳とした横目でネージュが睨んだ。


「……あの作戦の軸はローザであって、私達は補助だったでしょう。そうやって馬鹿みたいに、すぐに態度を大きくするのはやめなさい」


 槍で突き刺すかのような尖った声で諫められ、エミリアがちょっとしょんぼりして、カルビが不味そうに鼻を鳴らした。その緩い空気を、最後にローザが軽い苦笑で締めくくる。


 いつもの彼女達の雰囲気が、そこにあった。


「……良いパーティですね」


 相変わらず表情を動かさないサニアだったが、その声音は柔らかい。泰然とした彼女の態度からも、それが嫌味や皮肉ではないことが分かる。


 それがこの話題の区切りとなって、互いの会話が間遠になりそうな気配があった。そこでアッシュは軽く挙手をした。尋ねたいことがあったのだ。


「あの、サニアさん」


「はぃ……っ!」


 今まで落ち着き払っていたサニアが、アッシュに名を呼ばれた途端にビクッと肩を跳ねさせて、しゃっくりのような上擦った声を出した。


 アッシュの方に向けられた彼女の顔には余裕がなく、怯んだような、何かを期待するような、仄めいた微笑みを必死に堪えるような表情だった。それに、彼女の頬が明らかに紅潮しているようにも見える。


 数日前にアッシュに見せていた、他者を払って寄せ付けないような、あの厳格で拒絶的な美貌が、その瞬間は完全に見る影も無かった。


 その過剰な反応に、ローザ達が目を丸くして黙り込む。アッシュも驚いた。辺りが水を打ったように静まり返り、サニアがハッとしたように息を詰まらせて、一瞬だが、かなり激しく視線を泳がすのが分かった。


 束の間の静寂の中で、この場に居る全員の視線を受け止めるサニアは、自分の不自然な挙動を誤魔化すかのように低い咳払いをした。そして、アッシュの方を見た。怖いくらいに真剣な眼差しだった。


 頬を赤くしているサニアは眉間を険しく絞りつつ、アッシュに何かを言いたげに唇を動かした。だが、言いかけた言葉を飲み込み、やはりもう一度何かを言おうとして唇を動かし、結局、何も言わなかった。


 その間にもサニアの身体は動いていて、彼女は床几から立ち上がりかけて座り直し、また立ち上がろうとして腰を浮かしかけて、やはり座り直していた。


 かなり挙動不審だった。


 ローザ達が顔を見合せているし、アッシュも反応に困った。とにかく今は、サニアが落ち着くのを待つべきだろう。


 まるで精神統一をするような大袈裟な深呼吸をしているサニアが、気を取り直すように表情を引き締めて、アッシュに向き直った。


「な、何ですか? アッチュ」


 大真面目な顔になったサニアが、盛大に噛んだ。せっかく話が前に進みそうになったのに、また急ブレーキが掛かる。


 そして自分が噛んだことに気付いたのか。サニアは張り詰めた表情を動かさないままで、かぁぁぁあっと一気に顔を赤くなっていく。もともと彼女の肌は白いので、余計に赤く見える。いや、顔と言うか耳や首元まで、心配になるくらいに真っ赤だ。


「……なぁ剣聖サマよ。今、“アッチュ”って言ったよな?」


 そこで意地悪なカルビまで、分析するような口調でサニアに確認しようとした。


 顔を顰めたローザが「やめなよ……」と小声で注意して、ネージュが「貴女って本当に空気が読めないのよね」と呆れ気味の小声で続く。「というか、ここ、これはどういうことですの……?」困惑顔のエミリアが、高速でアッシュとサニアを見比べ始めている。


 なんだかよく分からない状況を更に混ぜ返そうとしたのか、慎重な顔になったカルビが繰り返した。


「……なぁ剣聖サマよ。今、“アッチュ”って言ったよな?」


「…………言ってない」


 むすっとした顔になったサニアが、睨むようにしてカルビに応じてから、アッシュの方を視線で窺ってくる。次はアッシュが喋る番だと主張するかのようだ。何も喋らないのは、また噛んでしまうのを防ぐためか。


「えぇと、その……」


 挙手をした以上、アッシュが質問をせねば、この場の話が前に進まない。


「調査対象だった地下施設について、少しお話しを伺いたいと思ったんです」


 そうアッシュが尋ねると、ネージュの顔色が変わった。


 恐らくはネージュも、この会話の場の何処かのタイミングで、サニアに訊こうとしていたのかもしれない。ローザとカルビ、エミリアも黙り込んでサニアの方に身体を向けた。


「……貴女たちには、話しておくべきかもしれませんね」


 目を細めたサニアが、アッシュとネージュを交互に見てから、執務机にあった書類を手に取る。


「“教団”のものと思しき地下施設ですが、何者かによって内部構造は半ダンジョン化されていたようです。」


 捲られる紙の音だけが軽やかだった。


「階層は6つに分けられており、其々の階層で人造ゾンビ達が保管されていたと報告にはあります。強力な防腐効果、保存効果のある高位魔法陣が張り巡らされており、侵入者に対処するためのゾンビ達も配置されていたようです」


「そこには……。その保存されていたというゾンビ達の中には、村の北側防壁を襲って来た、あの黒い鬼面をしたゾンビも居たのでしょうか?」


 そう訊いたアッシュの声が、少しだけ掠れた。僕と同種の誰かが――“器”が、“人形”が――そこに居て、ゾンビにされて眠っていたのではないかと思った。だが、その予想は外れた。


「いえ……。不調和で歪な、あの有翼ゾンビ達に似た個体です。……クランメンバーが持ち帰ってきたものを私も見ましたが、人間の姿形をしているものはありませんでした」


 サニアは眉を顰めながらも、記憶の中にある光景に目を凝らすようだった。


「ただ、地下施設の最奥部には、死体再活性の魔術を操るアンデッド兵が数体確認されています。恐らくはネクロマンサーが、地下施設をダンジョン化させるために用意したのでしょうが……」


 事務的なサニアの説明を聴いていたネージュが、物騒に目を窄めた。


「死体再活性を可能にするアンデッドというのは、つまり……」


「ネクロマンサーが操る、子分のネクロマンサーみてぇなモンか」


 苦い表情になったカルビが言葉を継ぎ足す。静かに頷いたのはサニアだ。


「的確な表現だと思います。ゾンビ兵を自動で生成し続ける個体のようですから。私達のクランの別動隊が処理してくれましたが、まだ残っていたとなれば、これからもゾンビが湧いてきていたでしょう」


「……“教団”に関わるものは、何も残っていなかったのかしら」


 鋭くも硬い声でネージュが訊く。書類を捲るサニアが、「えぇ……。それらしいものは何も」と、ゆっくりと首を振った。


「見つかったのは、ネクロマンサーの痕跡のみです。村の住人の証言から推察するなら、“教団”とネクロマンサーが繋がっている可能性もあります。ですが、現状では確かなことは分かっていません」


「あれだけ大掛かりなゾンビ軍団を用いたネクロマンサーの、その目的も真意もハッキリしないのは……、少し不気味ですわね」


 腕を組んだエミリアが、何かを考えこむように床を見詰めた。今まで黙っていたローザが、「もしかしたらの話なんだけどさ……」と口を開いた。


「このエルン村を適当なゾンビに襲わせたのは、辺境伯が冒険者ギルドに連絡を取るよう、仕向けるためじゃないかな?」


 顎を摘まんだローザが、頭の中にある考えをもとめるように視線を下げてから、そこで少し声を潜めた。


「ネクロマンサーが死体を欲しがってるっていうのは、安直な前提と想像だけどね。ゾンビを溢れ出させる疑似ダンジョンを作って、エルン村を継続的に襲わせれば、辺境伯も外部に助けを求めざるを得ないだろうし」


 ローザが話すのを聞いていたアッシュも、そこで気付くものがあった。


「あぁ、なるほど……。ギルドが有力な冒険者クランを派遣してくれれば、ネクロマンサーにとっては、労せずに優秀な冒険者達を誘い出すことになるんですね」


 アッシュが言うと、「多分だけど、そんな感じだと思うんだよねぇ」と、ローザが小刻みに頷いてみせた。


「ネクロマンサーにしてみれば、自分が目立つこともないまま冒険者が集まってくれるのは、オイシイ状況だったんじゃないかな。死体欲しさに村や町を襲って回ったりしたら、冒険者ギルドだって本気を出してくるし、何なら、正規軍や特級冒険者だって動き出すだろうからね」


「……ずる賢いですわね」と顔を顰めたエミリアに続いて、納得したようにネージュが頷いた。「でも、合理的だわ」


「ローザとアッシュの言う通りなら、うまい具合に話が出来てるじゃねぇか」


 カルビが鼻から息を吐き出した。


「アタシとネージュが前に話してたみてぇに、大量のゾンビを運用するテストも兼ねてた可能性もある……。その結果として、村の連中も『正義の刃』のクランメンバーも、ついでに“剣聖”サマの死体まで纏めて回収できれば、ネクロマンサーにとっては万々歳だったってワケだ」


 相変わらず言葉を飾らないカルビだが、あの夜の背後にあった状況を想像しやすかった。


「だが、勝ったのはアタシ達だ。それは変わらねぇよ」


「えぇ、ネクロマンサーの目論見は崩れました。しかし、まだ村の安全が確保されたわけではありません」


 サニアはそこで表情を引き締め直し、再び書類に目を落とした。


「幸い、前の戦いで火の手が上がることもなく、食糧庫は無事です。ですが御存知の通り、防壁や家屋の修繕に加え、近隣の村や町の自治冒険者達の協力のもと、以前のような防衛体制の再構築も必要です」


「私達にできそうな仕事も、まだまだ残ってるってことだね」


 小さく笑ったローザが前向きな言い方をした。


「“淑女”たるもの、私も助力は惜しみませんことよ!」


 ローザに続いたエミリアも、厚みのある上半身と豊かな胸を得意気に反らしてみせる。


「この村の人々に日常が戻るには、まだ人手も時間も必要でしょうし……。私達が冒険者として此処にいる以上、力になれることがあるなら、……そうすべきね」


 ゆっくりと頷いたネージュが、自分達の立場を確かめるように言う。冒険者らしいドライさと、冷淡さに包んだ彼女の誠意が窺える言い方だった。


「治癒術士として役立てるなら、僕も本望です」


 アッシュも続いて、サニアに頷いてみせる。すると、慌てたように目を逸らされてしまった。やはりその頬がさっと赤くなったのが気になったが、やはり彼女は体調でも悪いのだろうか。


「とにかく、村の防衛機能の復活が急務ってことだろ? まぁ、この辺りの領主がギルドと話をつけて、他の町だの村だのから冒険者が送られてくる頃には、丁度アタシ達の滞在期間も終わるだろうがな」


 カルビが軽く笑い、「それまでは行儀よくしてるぜ」と言い足した。それから脚を組み直していた脚を解いたついでに、ぐぐっと伸びをして首を回す。


「さぁて、取りあえず……。済ませておくべき話はこんなモンか」


 この場での話し合いを終わらせる合図のように、カルビが床几から立ち上がろうとした。そのときだった。


「いえっ、あのっ……!」


 今までとは種類の違う、やや高い声を出したのがサニアだとは、やはり一瞬分からなかった。


 ローザもエミリアも、ネージュもカルビも、また目を丸くしてサニアの方を見た。無論、アッシュもだ。ただ、アッシュだけは目が合っていた。


 さっきまでの泰然とした態度ではなく、やけに真剣な――、いや、殆ど縋りつくような眼差しで、床几から立ち上がりかけているサニアと。


 一体どうしたのかと全員の視線が集まるなかで、サニアは何度か下唇を噛んで俯き、またアッシュを見据えて来る。その余りの真っ直ぐさに、思わずアッシュも背筋が伸びた。


「私はまだ、アッシュから返答を……!」張り詰めたような声は最初だけで、次第にサニアの声は、ぽしょぽしょと萎んでいった。「クラン加入に関する返答を、頂いていません……」


「声ちっさ……」


 顔を歪めているカルビが、思わずと言った様子で小声で溢すのが聞こえた。ローザやネージュ、エミリアはと言えば、緊張した面持ちでサニアとアッシュを高速で見比べ、事態を見守っている。


 耳が痛いほど静まり返った中で、アッシュは思い出した。そうだ。ローザ達と同じくアッシュも、『正義の刃』に入隊する意思を尋ねられていたのだ。


 ローザ達がパーティとしての活動を続けるという意志を表明したところで、さっきは話が前に進んでしまった。そのため、アッシュが返答する機会を逸していたのだ。


 というか、ローザ達のパーティが存続することに安心してしまって、返答すること自体を失念していた。申し訳ないことをしてしまったという想いで、アッシュは頭を下げる。


「その……、僕はこれからも、ソロ冒険者を続けようと思っているんです。せっかくお声を掛けて戴いたのは、本当にありがたいのですが……」


 歯切れの悪いアッシュの返答に、しゅんとなったサニアは顔を下げてしまった。


「そ、そう……、ですか……」


 しょんぼり声を何とか絞り出したようなサニアは、むぎゅぎゅーっと下唇を噛んで俯いた。そんな彼女の様子を見ていると、アッシュはまるで自分が悪いことをしたような気分になる。


 更には、今まで黙り込んでいたローザ達が互いに顔を見合せてから、アッシュの方に視線を注いできたので居心地もかなり悪い。訝しげな彼女達の眼差しは、『サニアと何かあったのか?』と問いかけてくるようだ。


 もちろん、アッシュとサニアの間に、何か特別なことがあったということなど無い。そもそも、こうしてサニアと顔を合わせるのも、神殿防衛戦を終えてから初めてのことだ。


 この状況の意味を把握しきれていないアッシュが反応に困っていると、意を決したようにサニアが顔を上げた。


「で、では……、アッチュ……!」


 彼女の鈍色の瞳には、まるで真剣勝負を希うような、切迫した緊張感が光を放っていた。自分が噛んだことにも気付いていないようだ。


「今夜、少しだけ時間をいただけませんか? 私は、貴方と話がしたいのです……!」


「え……、ぼ、僕とですか……?」


 一瞬、ぽかんとしそうになったアッシュが、思わず自分を指差してしまう。


 横を見ると、何とも言えない表情になったローザが唇を尖らせていて、エミリアは物凄い衝撃を受けたような顔で白目を剝き、身体を硬直させている。


 刃物のような目になったネージュも冷気を迸らせていて、カルビが眉を『への字』にひん曲げて、不機嫌そうに眉間にも皺を刻んで顎をしゃくれさせていた。


 ……さっきから彼女達のテンションも、サニアに負けず劣らず、ちょっとおかしい。一体どうしたのかとアッシュが尋ねるよりも先に、またサニアが身を乗り出してくる。


「だ、駄目でしょうか……。アッシュ……」


 心細そうなサニアの声音には、出会った時に纏っていた厳格さはない。拒絶的で峻厳な彼女の美貌も、今は少女のような素直さを兆しながら、不安そうに曇っている。


 これだけ真剣な様子の彼女が、アッシュと何かを話したいというのであれば断る理由も無い。寧ろ、それだけ重要な要件であると考えた方が良さそうだった。アッシュの冒険者活動に関わる内容である可能性もある。


 とにかく、話を聞いてみるべきだろう。


「い、いえ……。僕で良ければ、お話を伺います」


 小さく笑みを作ってアッシュが応じる。


「ほ、本当ですか……!」


 何かを堪えるような、祈るような、僅かに苦しそうなサニアの表情に、ぱっと光が差すようだった。一方ローザ達の方は黙り込んだままで、『これはもしや……』という顔になって、深刻な眼差しを交し合っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



いつも読んで下さり、

また温かな応援、コメント、評価を戴き、ありがとうございます。

更新が遅くなっており、申し訳ありません。


戦闘回ばかり続いておりましたが、ギャグやラブコメ風味の話にも挑戦しながら、また物語を前に進めていければと思います。


次回の展開が気になる、面白いと、少しでも感じて頂けましたら、

★評価、応援を押して貰えましたら幸いです。大変励みになります。


今回も最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。

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