第36話 チャンス、ピース <ローザ視点>
『……ルフルから報告がありました。西側上空から、“指揮個体”と見られるゾンビが飛来してきているとのことです』
装着している通信用の腕輪から、サニアの硬い声が届いてくる。
それを聞いてローザは、一瞬ドキッとしてしまった。またトラブルかと思ったし、私達の所為じゃないからと主張しそうになった。だが、そんな悠長でセコいことを言っている場合ではないことも理解している。
この通信用の腕輪は他の冒険者にも配られているものなので、サニアからのこの報告はローザだけでなく、他の冒険者パーティにも向けられたものだと分かる。
『現状では応戦以外にありません。北側ゾンビを掃討しつつ、私も神殿西側へと移動します』
サニアの静かではあったが苛立ちと焦燥が滲んでいた。
『魔術を扱える者も、可能であれば神殿西側の守備に移ってください』
可能であれば、ね……。
口の中でだけ呟いたローザは視線だけを動かし、ざっと周りを見回した。
クラン『正義の刃』が用意してくれた照明器具の御蔭で、夜の暗さはかなり薄まっている。御蔭で暗視ゴーグルも必要ない。
この確保された視界で認められる限り、状況は五分。
或いは微有利。
ゾンビ共の数は多く、その一体一体もそれなりに巨体だ。だが、神殿を守ろうとする冒険者達も負けていない。
異なるパーティ同士が上手く連携を取り、攻撃をサポートし、守備をカバーしあって、猛然と襲い掛かってくる有翼ゾンビ共を地面に引きずり下ろし、寄って集ってトドメを差す。この戦法を繰り返している。
別のパーティの魔術士の詠唱時間を稼ぐため、また別のパーティの前衛達が身体を張って壁役になったりもしていた。パーティ同士が言い合う声もめっきり減っている。
冒険者達は、ただ全員で戦おうとしていた。
ああいう風に冒険者達の心を動かしたのは、違うパーティ同士の間に入っている『正義の刃』のクランメンバー達だろう。
彼らは率先して命を張って、身体の大きい魔物に対する集団戦を実践し、他の冒険者達にもその有効さを力強く示している。
『正義の刃』のクランメンバー達は、妙なプライドや自尊心を見せない。魔物から人々を守るという共通の目的のために、互いの命を預け合っている。その清廉な覚悟と躊躇いの無さが、他の冒険者達の正義感にも火を点けているのだ。
だからこそ今の彼らにとって、今の戦闘を切り上げることは難しいだろうと思った。
特に、神殿北側にある正面入り口を守るべく戦っているサニアが率いる部隊は、激戦を強いられていた。今はローザも北側にいるので、サニア達が戦っている様子がよく見える。
剣聖であるサニアが前に出て、濁流の如く強襲してくる大量の有翼ゾンビを斬って斬って斬りまくって、徹底して斬り捨てている。魔術士を含むクランメンバーはサニアの後衛について、その残りを殲滅している状況だ。
暗銀の鎧を着込んだサニアは、返り血代わりにゾンビ共の体液を浴びまくって、土砂降りの雨でも被ったような有様だ。彼女の暗銀の髪も、汚れて濡れそぼり、もうドロドロだ。
それでも表情を変えず、彼女はただ
サニアは強い。
あの戦いぶりは、間違いなく“剣聖”だ。
だが、この戦場において彼女の存在は決定的ではない。
絶対ではない。それは、ローザ達も同じだ。
端的に言えば、この戦いには余裕が無い。
僅かながらも優勢な今の状況は、ギリギリの命の遣り取りの中で維持されている。
“剣聖”であるサニアを含め、腕の立つ『正義の刃』のクランメンバー、他の者達よりも実力のある冒険者なども見受けられるが、誰もがこの場を決定的な有利にできていない。
この硬直しつつある状況自体が、余裕の無さの証拠でもある。神殿の四方を守備する戦力、陣形を、どういった形であれ崩すことは容易ではない。
エルン村の人々の最後の居場所――、神殿を守るというこの状況の中に、ローザを含む冒険者全員が完全に入りこんでしまっているからだ。
魔術士だけが西側に向かうことも、当たり前だが現実的ではない。この場の戦闘では、各々のパーティに組み込まれた魔術士の存在は欠かせないし、重要過ぎる戦力だ。
サニア自身も先程の通信で『可能であれば』という言葉を使っていたし、そのことは十分に理解し、把握しているに違いない。
新たに現れた“指揮個体”のゾンビに当たらせるべく、今の戦況の中から別に戦力を割くことも難しいということは、十分に分かっているはずだ。
誰も、今すぐには持ち場からは簡単に動けない。
だが、遊撃というポジションでフットワークの軽い自分ならば――。
「……行くしかないか」
既に部隊としての戦闘陣形が整っているので、サニア達のカバーにローザが入ろうとしても邪魔になる。
適材適所は冒険の基本だ。
自分の『役割』は自分で探す。周囲の戦闘から届いてくる熱気、闘気を感じながら軽く呟き、夜空を振り仰ぐ。そしてローザは、魔導ショットガンの引き金を引いた。
頭上を狙う場合は、魔導銃で他の冒険者を巻き込む心配がなくていい。装填しているのは凍結魔法弾だ。夜空から急降下してきた有翼のゾンビ――人と獣を縫い合わせたような姿のゾンビ2体を瞬間的に凍らせ、墜落させる。
それを確認してから、通信用の指輪に声を掛けた。
「私は今から、西側に回り込むよ。西の空から、また新手のゾンビが向かってきているみたい。……多分、指揮個体かもしれないって」
カルビやネージュ、エミリア、それにアッシュにも声を届けたつもりだった。
『そりゃあ剣聖サマからの報告か? 面倒くせぇことになってやがるな……』
反応はすぐに帰ってきた。
『分かったぜ。こっちの戦況は持ち直しつつある。アタシもすぐに行く』
カルビの鬱陶しそうな声だった。『気を付けろよ』と言い足してくれた彼女の、その悠然とした声の背後では、彼女が振り回す大戦斧が、風を斬りながらゾンビ共を粉砕する音が響いているのが分かる。
『私が居るのは西側だけど、今のところは悪くはない状況よ。ゾンビ共に押し込まれてはいないわ』
ネージュの落ち着いた声が続く。彼女は防御を主体とした戦い方を得意としているので、『正義の刃』のクランメンバーや、他の冒険者達も心強いだろう。
『……あぁ。でも確かに、遠くの空の向こう側に、妙な魔法円が浮かんでいるのが見えるわ。アレが指揮個体だとすれば、まさか周りのゾンビ共が強化されたりするのかしら』
「そういうバフ効果を持つ魔法を使って来ても不思議じゃないよね……」
応じたローザも、同じことを危惧はしていた。だが、現状では何も手を打てない。何をやってくるかもわからないのが実際のところだ。
「ああいう厄介そうなのは、出来るだけ何もさせずに沈黙させるのがベストだけど」
『ではァ! この私も参りましょう! 此方の守備に就いている皆様も気力充溢! エキセントリック&パワフゥーールですから! もう私の居場所が無いくらいですもの!』
大盾がグオオングオオン!と唸りを上げ、腐肉と硬いものを粉砕する鈍い響きと、金属を拉げさせるような低い音と共に、エミリアの甲高い声も届いてくる。
だが、いくら状況が悪くなくとも、彼女達だってすぐに動けるわけではない。
其々に戦いの最中にいて、彼女達と肩を並べて戦っている者達が大勢いるのだ。遊撃という身軽なポジションにいる自分が、まずは動くべきだ。
埃っぽい戦場の空気を吸い込みながら、ローザは魔導ショットガンのグリップを握り直す。腰のホルスターの魔導拳銃にも軽く触れる。戦う術はある。身体の調子もいい。
「よし……。それじゃあお互い状況を見て、西側で合流しよっか」
そう短く応じたローザは駆け出し、通信指輪での遣り取りを終えようと時だった。
神殿の屋根の方で、強烈な光が弾けた。魔術が炸裂したのだ。分厚い衝撃波が横殴りに降ってきて、思わず立ち止まってしまったローザは腕で顔を庇う。
そうだ。神殿の屋根には、クラン『正義の刃』の魔術士隊が配置されていて、有翼のゾンビ共が屋上から侵入してくることを防いでいるのだ。
ついさっきも、巨体のゾンビを寄せ集めて作ったような、ゾンビ玉としか言いようのない物体が複数、屋根の上へと群がろうとしていた。
それを見つけたのはアッシュで、屋根の上の魔術士隊への援護をお願いしたのはローザだった。ゾンビ玉共はデカいし気持ち悪いし、見るからにヤバそうでもあったからだ。
『……すみません、ローザさん。屋上に向かってくる敵の数が多いので、僕も、西側の援護に向かわせても合うには、もう少し時間が必要かもしれません』
こうしてアッシュから通信も来ていることだし、あの判断は正しかったと思う。
実際、長刀を駆使するアッシュが超人的な跳躍を見せ、ゾンビ玉に跳び乗って処理するところは遠目に見ていたが、まぁ流石といった感じだった。
神殿の外壁にある僅かな出っ張りや窪みを足場にして、軽業師みたいに駆け上がっていくアッシュの身体能力には、驚きよりも先に納得が来る。アッシュ君なら、それぐらいやってもおかしくないよね~、的な納得だ。
とはいえ、今は魔術士達と共にアッシュも、神殿の屋根に襲来する有翼ゾンビの対処にあたっている最中だ。
「ううん。全然かまわないって」
そうローザが応じると、今度は『ローザ! ちょっとの間、そっちは任せてもいいかな!?』と、やけに明るい声が返ってくる。屋根の上に布陣している魔術士隊を守っている、ルフルの声だ。
『ちょ~っと苦戦しちゃってね。あーしが使える重装人形が、あと2体だけになっちゃってさ。これじゃ屋根の魔術士部隊の皆を守るのも心許ないし、アッシュくんが居てくれると、チョー助かるんだよ』
割と必死な言い方をするルフルの説明にも、ローザは納得する。
屋上に展開している仲間を守るために、ルフルはアッシュの援護が欲しいということだ。理解できる。神殿の屋根の守備は重要であり、必須だ。魔術士部隊は動かせない。つまりはルフルも動けない。それを援護するアッシュも。
『ローザが凄腕の魔導ガンナーってことはもう分かってるから、マジで頼りにしているよ!』
「や、あんまり私に期待しないでよね。とにかく、神殿西側にはネージュが居てくれてるから、まずは合流するよ」
『りょ! 気を付けてねマジで!』
『気を付けて下さい』
「うん。ありがと。そっちもね」
指輪の向こうのルフルとアッシュに答えながら、ローザは今度こそ駆け出す。
冒険者達の戦いの熱気が、夜の空気に滲み出している。夜風が吹いているはずなのに、やけに暑い。そこら中で咆哮が弾けて、悲鳴にも似た怒号が吹き上がり、その隙間を剣撃の響きと魔術の炸裂音が埋めていた。
村のド真ん中での、魔物との戦闘だ。本来なら避けねばならなかった事態が、いままさに起きている。
神殿の西側へと走りながら、ローザは奥歯を強く噛んだ。
今、神殿の中に逃げ込んでいる村の人達は、どんな気持ちなのだろう。
愛着のある生活の場が――。
自分達が暮らしていた場所が――。
自分の親兄弟が守って来た土地が――。
愛していた故郷が――。
こんなふうに暴力で染め上げられている現状を、苦しんでいない筈がない。
村を守りたいという、村長の言葉を思い出す。あの一言には、何十年にも亘る村の人達の苦労と喜びがあったはずだ。
ローザは村長の気持ちを理解できるとは言えないが、共感はできる。とても心の深いところで、頷くことができる。
もしも、この村が焼けて消えてしまうようなことがあれば、それは、この村で生きてきた誰かの形跡までもが、跡形も無くなってしまうということだ。村の人達が生きてきた時間が、永遠の喪失へと押しやられてしまう。
確かに、村の人達が生き延びれば、村を再建することもできるだろう。だが、作り直された村の景色と、愛情を持って振り返る記憶の景色は、絶対的に違う筈だった。
その悲しみを、ローザは実体験したことはない。だが、その悲哀を予期する寂しさと怖さは、身に染みて知っている。
「父さん――」
無意識に呟いてしまったローザは、胸の内に蘇ってくる感傷を無理矢理に飲み込んだ。
村の人達を守りたいと思うと同時に、この村そのものをローザは守りたかった。大それたことかもしれないが、それが正直な気持ちだった。
その想いを実践すべく、神殿西側まで回り込んで来たローザは、魔導ショットガンを夜空に向けて打ち込んだ。魔力消費で軽い眩暈を感じたが、無視した。
ローザが狙ったのは、今まさに急降下しようとしていた有翼ゾンビの群れだ。ゾンビ共はネージュと、ネージュが援護している他の冒険者達を、背後の上空から狙っていたのだ。その全部を凍結させて、墜落させる。
夜の空気に、細かい氷混じりの靄が奔った。この極寒の風に吹かれた冒険者達が、目を丸くしてローザの方を振り返りつつある。
「おぉ!?」
「何だ!? 魔法か!?」
「すげぇ……!」
「魔導銃だ! 魔導銃使いが来てくれたぞ!」
「あの爆乳の上級冒険者か!?」
戦いの最中にいた冒険者達が、ローザの姿を見て心強そうに声を弾ませた。
彼らの視線が瞬間的に自分の胸に注がれたことに苦々しいものを覚えるが、そんなことを気にしている暇はない。
ローザが魔導ショットガンに魔法弾を装填しながらネージュの傍まで歩いて行こうとすると、他の冒険者達が道を譲るようにして戦列に隙間を開けてくれた。流石に、今の魔法弾の威力を見て、ちょっとはローザにビビッてくれているようだ。
ただ、『正義の刃』のクランメンバーらしい騎士装備の者達から敬礼らしきものまでされているので、ちょっと居心地が悪い。人間同士の戦争に参加しているような錯覚を覚えそうになる。
「一緒に戦うよ」
ただ、道を開けてくれた御蔭で、ネージュの近くまではすぐに来れた。
ちょうど、冒険者達が並んだ陣形の、その最前ど真ん中に入らせて貰った感じだった。他の冒険者達をカバーしながら戦っていたネージュが、自然とその位置に立っていたからだ。
「……やっぱり、貴女の援護射撃は頼りになるわね」
冷静な表情のネージュが、唇の端を少しだけ持ち上げて迎えてくれる。
「私の氷結魔法でも、背面全てのカバーは出来ないから助かるわ」
「それを言ったら、私なんて近接戦闘はダメダメだもん」
ちょっと自虐的に軽く笑ってから、ローザは魔道ショットガンを頭上に向けて撃ち込む。さっきと同じく、有翼ゾンビ6体の群れを凍結させ、墜落させる。
『
『
『
凍り付いていくゾンビ共が、不気味な呻き声を連鎖させていく。
その濁りきった響きの向こうに広がる夜空の先に、もっと濁った深紫の魔法円が、積層型に展開されているのが見えた。
魔力の光を暗がりに滲ませる魔法は、新たな有翼ゾンビの群を率いてこっちに近付いてくる。まだ距離はあるが、それでも凄い存在感だ。押し流されそうな程のプレッシャーが吹き付けて来るのを感じた。
展開されている積層型の魔法円の内部に、女性が佇んでいるのが分かる。まぁ、普通の女性なわけがないし、そもそも人間でさえないだろう。
アレが“指揮個体”のゾンビか。
「……見るからに面倒そうね」
大槍の穂先を下げた構えを取っているネージュも、鬱陶しそうに低く呟いた。
「面倒そうっていうか、かなりヤバそうだよ……」
ローザも魔法円の内部に目を凝らしてみて、思わず顔が歪んだ。
魔法円の内部で両手を広げている女性は、豪奢かつ荘厳、清廉な法衣を纏っている。その法衣をローブのように間深く被ることで、顔の上半分を神秘的に隠していた。
彼女の顔の下半分は、その全体の美貌を仄めかすように整っていて、形の良い唇も、細く通った鼻筋にも、厳粛な神聖さと艶やかさがあった。
ただ、彼女の肌は土気色で、瑞々しさが全くない。まるで古い陶器のようで、一切の生気が抜け落ちている。死人。死体。そんな言葉を嫌でも連想させた。
悪趣味な人造アンデッドが、暗黒の空を引き連れながら、こっちに迫ってきている。
あまりにも悪趣味なことだが――彼女の姿はまさに、ローザ達が守ろうとしている神殿にも祀られているはずの、女神そのものだ。
「……あれを造ったのがネクロマンサーなら、本当にイイ性格してるよ」
内心の苛立ちや焦燥を鎮めるついでに、ローザは小さく呟いた。こんなふうに軽口でも言っていないと、怯んでしまいそうだった。
「えぇ。でも、友人にはなれそうにないわね」
声のトーンを落としたままのネージュが、その声音だけを軽く笑わせた。
「お、おい……、何だありゃあ……」「次から次へと湧いてきやがって」「今度は女神さまのゾンビかよ……」などと、ローザの周りにいる冒険者達からも、あの女神ゾンビを見上げながら鼻白み、動揺しているのが伝わってくる。
そんなローザ達を嘲笑うかのように、精緻な装飾が施された錫杖を手にした女神ゾンビは、何かを詠唱をしはじめた。
「悲哀hr慈悲のMIEFfy慈悲をbhEFWEdaica苦悩niHCACoa愛されfuigrg涙にnsot濡れionb愛をirgue愛koMCE……」
それは途方もなく美しく澄んだ、女性の声だった。祝福の聖歌、詩歌でも歌い上げるような、濁りのない、薄気味悪いほどに透明な声だ。
綺麗だ。物凄く。こんな綺麗な歌声を、ローザは聴いたことがない。生まれて初めてだ。胸を打たれている。感動さえしてしまっている。ネージュでさえ、戦うことを忘れたような穏やかな吐息を漏らしているのが分かった。
その問答無用で圧倒的な歌唱にあてられ、ローザ以外の冒険者達も、惚けたように女神ゾンビを見上げていた。泣いている者までいるし、祈るために手を組もうとしている者までいる始末だ。
だが、そんなことをしても無意味だ。
ローザもネージュも、すぐに正気に戻った。
分かっているからだ。
あの女神は助けてなんてくれない。
あの歌は、村をまもるべく戦っているローザ達に慈悲と救いを齎すものではなく、死と破滅を与える為に違いなかった。
その証拠に、ローザ達の上空を飛行している有翼ゾンビ共が、濁った深紫色の魔光を纏いながら、吼え猛り、その身体を少しずつ巨大化させつつあるのだ。
案の定というか、想定通りというか。
無ければいいな、という予想は当たるものだ。
あの女神ゾンビには自分の魔力か何かを注ぎ込んで、指揮下にあるゾンビ共にバフをかける力があるらしい。まぁ別段、突拍子もない能力ではないが、状況が状況だけに嫌になるくらいに厄介だ。
「不味いわね……。敵の数が増えた上に、その質まで上がったとなると」
表情を険しくしたネージュが、夜空を突くように大槍を繰り出しながら溢した。
大槍が纏う冷気は渦となり、三叉に分かれた穂先のように鋭く伸び放たれて、正面から迫って来ていた有翼ゾンビを凍らせながら砕き、貫いていく。
一回りほど巨大化した有翼ゾンビであろうが、大槍を振るうネージュは容易く撃墜してみせる。エミリアやカルビ、サニアだって、まだまだこの程度のゾンビになら負けはしないだろう。
だが、他の冒険者の場合はどうか。
慌てて我を取り戻した彼らは、動揺の中で、必死に応戦する。
「うぉぉおおっ……!!」
「ぐぁぁっ!! クソが……っ!」
「吹っ飛ばされるな! バラけたら餌になるぞ!」
「耐えろ耐えろ! とにかく耐えるんだ!」
「奴らの突撃を止めて、引きずりおろせ!」
「魔術士達の詠唱時間を稼げ!」
「駄目だっ! 今までより奴らの身体が重ぇえ!」
「くそったれ……! 受け止めきれねぇぞ!」
ローザの周囲では、彼方此方で怒号が上がった。雄叫び。苦鳴。それらを掻き消す戦いの吼え声が、夜の空気を激しく震わせている。
集団戦を展開している他の冒険者達が、押され始めたのだ。
「神殿を守る防衛線が決壊するのも、このままだと時間の問題ね……」
冷静な声を僅かに強張らせているネージュは、周囲を素早く見回してから、手にした大槍の穂先を地面に撃ち込んだ。
「戦線維持の時間は多少稼げるけれど」
ネージュが纏う蒼い魔力が大槍を伝い、地面に流れ込みながら巨大な魔法円を描き出していく。無詠魔法だ。この規模の魔術を詠唱せずに行使するネージュは、きっと魔術士としても高い素質を持っているに違いない。
「……打開策を思い付く自信は無いわ」
そう続けたネージュの声が、くぐもったものになる。
彼女が着込んでいる蒼と黒の全身鎧が刺々しく変形したからだ。鋭利なフォルムの兜が生成されて、ネージュの頭部を覆っている。
あの冷厳とした厳めしさを湛えた鎧、そして彼女が手にした大槍の組み合わせは、陳腐な表現かもしれないが、まさに氷を操る暗黒騎士といった風情だ。
「何かを閃くのは、ローザの方が得意よね?」
「……こんな状況でそれを言われるの、滅茶苦茶プレッシャーなんだけど」
何とか軽口を返したローザは、足元から溢れてくる魔力の光から、腕で顔を庇う。ネージュが何をしようとしているのかは察していた。
こういう防御魔法は扱いに手慣れているネージュは、ローザ達と出会う前のパーティでも、後衛を守ることを主体として戦闘をこなしていたのだろう。
不意に、“教団”という言葉が、瞬間的にローザの脳裏を過った。
そして、復讐という言葉も。
ネージュが何の為に冒険者を続けているのか。
そして何故、冒険者になったのか。
その設問の答えとして、復讐という言葉は十分過ぎるほどの説得力を持っていた。そして、詮索することを躊躇わせるだけの、ネージュの過去も仄めかしている。
だがそれでも、ネージュは他者を見捨てることはしない。
人生の目的を復讐に設定していても、彼女は人間的な優しさを放棄していない。
一見して矛盾しているように見えるが、その強かさこそが、ネージュという女性の本質を語っているのだと信じたかった。
「おぉ!」
「これは……」
「氷の幕だ!」
「結界魔法か……!」
他の冒険者達が驚きの声を上げている。ネージュが地面に描き出した魔法円に呼応して、頑強に生成された蒼い氷が、ドーム状に中空に展開されたのだ。
魔力と冷気によって編まれた分厚い氷壁は、冒険者達のパーティを守るだけでなく、其々のパーティに属している魔術士達に、魔法詠唱の為の時間を与えてくれる。
ネージュが展開した氷壁に守られた魔術士達が、束の間ながらも貴重なこの時間を使い、魔術を完成させていた。やはり彼ら、彼女達だって、伊達に冒険者として命を張ってきたわけではないのだ。
魔術士達が空に向けて放った攻撃魔法には、確かな威力と精度があった。
炎が渦となって巨大な矢を為し、凝縮した風の刃が唸りを上げて吹き荒れ、雷の束が火花を散らしながら荒れ狂った。どれも殺傷能力の高い属性魔法であり、それらが複数回、波状攻撃のように展開されて、夜空に陣取る有翼ゾンビの群れを砕いていく。
幾人もの魔術士の魔力が混在する中空には、虹のような光の帯が燻ぶるように揺れて、微光となって夜風に薄れる前に、また次の魔法が波状攻撃のように放たれ、別の魔力光が幾つも加わった。
まるで降ってくる暗い空を、魔術士達が力を合わせ、魔法によって押し返そうとするかのようだ。何度も何度も、魔力の光が空で弾ける。その度に、女神ゾンビによって強化された有翼ゾンビ共が砕かれ、焼かれて、墜落していく。
物凄い連携魔法攻撃だった。
かなりの数の有翼ゾンビを撃破した筈だ。
これで流れが変わればと思う。
だが、そう簡単にはいかなさそうだった。
このときローザも魔導銃を構えて、女神ゾンビを狙って凍結魔法弾を撃ち込んでいた。だが、女神ゾンビは既に魔術結界を展開しており、ローザの魔法弾が通用しなかった。全て阻まれてしまった。
シャーマンの時と似た状況になってきているが、あの時と決定的に違うのは、女神ゾンビが空を飛んでいることだ。簡単に手が出せない。
魔法弾が無駄になったことに文句を言う暇もなかった。此方を見下ろす女神ゾンビも、既に何かの魔法の詠唱を完成させていたのだ。
「hrfy慈悲をbavnioa愛のfuigrg涙をnsotionb愛をirgue愛愛愛愛……」
音吐朗々に歌でも歌うような詠唱だった。なんて綺麗な声なんだろうと、やはり一瞬だけ思った。次の瞬間には、ローザは舌打ちをしていた。
女神ゾンビが此方を見下ろしながら展開した魔法円から、濁った薄紫色の光というか、靄の塊みたいなものが発射されてきたのだ。光の弾だ。それも、物凄い数と密度の、魔光弾の礫だった。
「鬱陶しいわね……!」
焦った声を兜の中でくぐもらせたネージュが、再び氷壁を展開すべく大槍を地面に叩き込んだ。だが、間に合うかどうかは怪しそうだった。
何せ、女神ゾンビが放ってきた深紫色の光弾は、分厚い弾幕のように拡がりながら降ってきている。星屑が降ってきたみたいだ。いや、これは暢気な比喩でもなんでもなく、文字通りだ。
冗談じゃない。マジで凄い量だ。
ブワァァァァっと来てる……!
「うおおおおおお!?」
「やばいやばいやばい……!」
「バカ野郎、逃げろ……!」
「何処へだよ!?」
「逃げ場なんてあるかよ!」
「盾だ! 防具で身を守れ!」
「防御結界を張れ!」
魔術士ともども、地上に居る冒険者を薙ぎ払うつもりに違いない。それどころか、神殿も一緒に崩落させようとしているのかもしれない。要するに、冒険者も村の人達も、まとめて皆殺しにする気なのだ。
「させないっての……!」
ローザは鋭く息を吐きながら、魔導ショットガンをアイテムボックスに仕舞う。それと同時に、腰に下げたホルスターから大型魔導拳銃を抜き取って、迫りくる光の壁に向かって構える。
魔法の即時発動はもとより、特に瞬間火力において、リボルバー型の魔導拳銃は非常に優秀だ。理由は単純に、扱える魔法弾の威力が大きいからだ。更に、ローザの持つカウントレス・シリーズの魔導銃は、その魔法弾の威力をブーストさせる。
装填している魔法弾は、『クリムゾン・エクスプロージョン』。
その名の通り、炎属性かつ爆発系統の魔術が籠められている。その威力の大きさから使いどころが難しい上に、値段も張る。1発で約100万ジェム。泣きそう。っていうか吐きそう。
さらに魔力消費も殺人級で、この魔法弾を実用したことが原因の魔力枯渇で、報告されているだけで7人が昏睡、2人が死亡している。
魔術士協会直属の販売店でも、この『クリムゾン・エクスプロージョン』弾を購入する際、ローザも一筆書かされて、血判を押して来たのだ。アレは要するに、“この魔法弾で魔力枯渇に陥って死ぬことになっても自己責任です”という署名だった。
まぁ、それぐらい曰く付きというか、普通なら使うことを躊躇うような代物だ。だが、かららこそ、こういうギリギリの時には頼りになる。
普段はケチになって節約して、ここぞという時は惜しまない。
それが冒険者を続けるコツだと、父は笑いながら言っていた。
その通りだと思う。
出し惜しみをして、誰も彼もが死ぬような事態になったら、何もかもが無意味だ。幸いなことにローザには借金も無いし、ローンで魔法弾を購入しているワケでもない。
貯金用と普段使い用に口座に分けて、涙ぐましいやりくりで装備を整え、赤字を補填するためだけのダンジョン探索も何度もやった。
ああいう地味な冒険者活動も、ある意味で、こういう時の為だ。
いざという時に備えて、用意できるものを持っておく為だ。
だから今は、持っているものは使い切ろう。
自分の命だけ、少し残しておけばいい。
――これも父が言っていた言葉だった思う。
「……残ればいいけどね」
ローザは口許だけで苦笑しながら、奥歯を噛み締めて引き金を引く。
その瞬間だった。身体の中から、体温というか体力というか鼓動というか、その他もろもろ、生きるために必要な色んなものが吹き飛んでいくような感覚があった。
「――ぅぁ……」唇の隙間から変な声が漏れるのを、他人事のように聞いた。
魔力消費に引き摺られて、呼吸が遠のいた。感覚が消えて、夜なのに目の前がホワイトアウトした。だが、即座に飛びかけた意識を捕まえ直して、身体にも力を入れ直す。
そして、ちょっと霞みつつある目を凝らして、見た。
『クリムゾン・エクスプロージョン』は、流石の高級魔法弾だった。
0.5秒の静寂のあと。
文字通り、中空に紅色の爆発が起こった。しかも、ただの爆発ではない。魔術士達によって編み上げられ、指向性を持ち、密度と殺傷力を増幅させられた、破壊のための魔法だった。
夜気を焼き払う紅の爆炎は、だが、その熱も火の粉も、ローザ達の方には押し寄せてはこない。そう設計されているからだ。
魔術によって発生した苛烈な炎は、その前方と横に向けて、荒々しくも盛大に、かつ迅速に、容赦なく腕を伸ばし、振りくる無数の光弾を抱き込み、消滅させた。
いや、それだけじゃない。周りにいた有翼ゾンビ共も数えきれないほどに炎に飲み込まれ、消し屑となって爆風と共に散っていく。この灼熱の風が吹き上がる先の夜空では、立ち込めていた雲の層も、紅色に滲みながら押し流されていた。
流されて千切れていく暗雲の狭間から、月明かりが覗いた。
その淡い光に誘われるように、冒険者達が声を上げる。
「す、すげぇ威力だ!」
「流石はアードベル出身の冒険者だな……」
「やることが違うぜ……」
「こりゃあ決まったんじゃねぇのか!?」
「いや、まだだ……!」
強烈な威力だったし、その分、ローザの魔力消費も半端では無かった。
身体がふら付いて、脂汗が吹き出してくる。喉の筋肉が痙攣して震えた。呼吸が上手くできない。身体が宙を浮いているような感覚だ。
胃から込み上げてくるものを飲み下しながら、正直、「あ、ヤバい死ぬ」と思った。だが、泣き言は言ってられない。
女神ゾンビは、展開している魔術結界で『クリムゾン・エクスプロージョン』弾の爆炎を防いでいた。ヤツは健在だ。嫌味ったらしいぐらい、悠然と空に佇んでいる。
それに女神ゾンビが放った、あの光弾の雨も、まだ残っている。かなり数は減らしたが、それでもまだ多い。
『クリムゾン・エクスプロージョン』でも、全部は撃ち落とせなかったのだ。冒険者達を狙った濁った紫色の光弾が。こっちに降ってくる。それに、神殿にも……!
――もう一発!
そう気合を入れて、ローザは魔導拳銃を構え直した。命を懸けた2連射になるが上等だと思った。覚悟はできている。
だが、ローザが2発目の『クリムゾン・エクスプロージョン』弾を撃ちだす必要は無かった。
「無理をしては駄目よ、ローザ……。貴女は私達の切り札なんだから」
ネージュの静かな声と共に、氷壁が中空に展開された。
それだけでなく、神殿の外壁を覆うように、分厚い氷山が立ち上がっていく。あの規模の魔術展開は、恐らくは無詠唱で行えるギリギリのものだろう。
冒険者達と神殿を守る防壁を、ネージュが展開してくれたのだ。そしてタイミングを合わせたように、神殿の屋根の上からも魔法攻撃の援護があった。
火、風、雷など、複数の属性によって編まれた広域魔法が網のように拡がり、まだ残っていた女神ゾンビの光弾を、横殴りに撃ち落としてくれたのだ。あとに残った光弾の数も少なくなかったが、これはネージュの氷壁が完全に防いでくれる。
「我々も続くぞッ!!」
「応……!!」「応……!!」「応……!!」
「隊列を整えろッ!!」
「応……!!」「応……!!」「応……!!」
「命に代えても、神殿を守れッ!!」
「応……!!」「応……!!」「応……!!」
冒険者達の中から、一際威勢のいい声が上がり、それに呼応した者達が続いた。彼らは『正義の刃』のクランメンバー達だ。今まで粛々と戦っていた彼らが、他の冒険者達を焚きつけるように腕を突き上げ、咆哮を連鎖させていく。
これには冒険者達も負けていなかった。
「おい! 他の奴らも気合入れろや!」
「特に魔術士ども!! チンタラやってんじゃねぇぞ!」
「さっさとあの女神ヅラしたゾンビをぶっ潰せ!」
「うるさいのよ馬鹿男ども!」
「あの女神モドキみたいなヤツ、魔術防壁を展開してるのよ!」
「見て分かんないの!?」
悪罵混じりの言い合いから、すぐに魔術詠唱が重なって聞えてくる。
ローザは安堵するよりも先に、この場に居る者達の連携に感動しつつあった。
阻みようのない、降り注ぐ豪雨のようだった女神ゾンビの光弾の礫を凌ぎ切って、こうして全員で反撃に移ろうとしているのだ。まだ、誰も諦めていない。戦う意志が折れていない限り、希望はある。
だが、突破口は必要だ。
見つけないといけない。
これは、時間制限のある決戦だ。
ネージュの魔法氷による結界、防御魔法も、ずっと維持することはできない。冒険者達の体力も無限ではないし、魔術士達の魔力も同じだ。彼らを回復する魔法薬がいくらあっても、優秀な治癒術士が何人いても、施術のための時間と安全さが確保されなければ無意味だ。
このままでは必ず限界がくる。
「せめて、あの女神ゾンビさえ落とせれば……」
ローザは噴き出してくる脂汗を腕で拭いながら、頭上を睨んだ。
まるで嫌味のように悠然と佇む女神ゾンビが両手を広げ、また音吐朗々に詠唱を始めている。さっきと同じだ。また濁った紫色の光が魔法円を描き出している。しかも、今度は2つだ。
さっきの豪雨みたいな光弾でも、魔法円は1つで展開されたものだったのに。今度はその倍ということか。凄いサービス精神だなぁ。もう涙が出てきそうだ。本当に勘弁して欲しい。
……多分というか、間違いなく、今度は防げない。
分かりやすいぐらい本格的な大ピンチだ。
先手を打って、もう一発というか、最後の『クリムゾン・エクスプロージョン』を撃つか。……いや、駄目だ。ただ撃ち込んだだけでは多分、あの魔術結界で防がれて終わりだ。
そうなったらキツな~……。
私は本格的に魔力枯渇で死にかけるだろうし……。
魔力枯渇状態の私とか、お荷物でしかないし……。
なら、どうする……?
迂闊に魔導銃を撃ちまくるのを控えて、私が出来ることは……?
ネクロマンサーを今から、必死に探す……?
状況を劇的に変えるには、悪くはない手だ。
ゾンビ共を操っているネクロマンサー自体を倒せば、ゾンビ共は死体に戻るだろう。要するに、諸悪の根源を叩くのだ。分かりやすい作戦だ。効果的でもある
だが、ネクロマンサーらしいヤツを今から探すのは、流石にちょっと悠長過ぎる。『正義の刃』のクランメンバーが村の内部や周辺を慎重に巡回していても、怪しい者は見つからなかったという話も聞いている。
そこで、ローザの脳裏に光るものがあった。
ローザは深呼吸しながら、5秒ほど瞑目した。
瞼の裏の闇の中で思考を研ぎ澄ます。
この危機的状況を頭の中で見詰め直し、自分の装備を想い返していく。
ゾンビ達が優勢になりつつあるこの戦場にも、ルールがある。
外部から魔力を受け取りながら、ゾンビ達は動いている。
つまりゾンビ達は、人形であり、器だ。
――そのゾンビ共を動かしているのが、あの女神ゾンビだったなら……?
仮にネクロマンサーが姿を見せない理由が、ローザ達のような冒険者に姿を見られたくないから、或いは、戦闘を避けるためならば、『ゾンビ共を操るゾンビ』を造り出す方法を考えてもおかしくはない。
手駒を動かせる手駒を用意しておけば、自分は安全なところから高みの見物を決め込むことができる。
実際のところ、顔が割れているネクロマンサーというのは極少数だ。彼らの活動は影からのものであり、何らかの被害が出る場合も、不可解に出現したゾンビによって齎される場合が殆どだからだ。
それに、クラン『正義の刃』は大陸各地に支部を持つような大型クランだ。そのメンバー達に顔を見られ、知られ、広まってしまうような事態は、ネクロマンサーも避けたい筈だ。
いや、もっと単純に、ネクロマンサー自身が、“剣聖”サニアを正面きって相手にしたくないのかもしれない。
死霊術に優れていても、直接的な戦闘に長けているとは限らないし、そもそもゾンビを操れるのならば、大軍を揃えて、悠々と後方から戦況を眺めていることもできる。
――その場合は、よりローザの仮説が現実味を帯びてくる。
態々あの女神ゾンビがこうして神殿付近までやってきたのも、有翼ゾンビ共だけでは劣勢になるとネクロマンサーが判断したからではないか。
ネクロマンサーの目的は見えないが、ほんの少しの希望は見えた。
あの“指揮個体”らしい女神ゾンビを倒すことさえできれば、他のゾンビ共も沈黙するのではないか――。そんな淡い希望と可能性を、ローザが見出しかけた時だった。
『悪いな。ちょっと遅れたぜ』
獰猛で美しい声が、通信用の指輪から届いてきた。そのすぐ後を追うように、『ヌォーーーーッホッホッホッホッホォォんッ!!』という、力強過ぎる笑い声が飛び出してくる。
『さァァァ……!! こぉぉぉのウルトラビューティィィィィストロォォォォングな
2人の声が交差するように響いた直後だった。
戦場となっている神殿周囲の、ローザの右手側で炎が迸って夜空に伸びた。熱波と赤橙色の火の粉が辺りを染め上げ、飛行している有翼ゾンビを6体ほど焼け落ちていく。
更にローザの左手側では、グオオングオオンギュオンギュオン!と巨大な鉄塊が豪速で振るわれる音と、腐肉と骨と金属、それに何か硬いものが砕けまくるような鈍い音が重なって響いてくる。
「アードベル出身の冒険者パーティだ……!」
「あの馬鹿デカい戦斧を、マジで振ってやがる!」
「無詠唱の炎魔法まで使えんのは、マジで心強いぞ!」
「ひえぇえ……っ!?」
「巻き込まれんなよ!」
「何だよあの盾、デッケぇ!」
「ありゃあもう鈍器の類だろ……」
「でも、すげぇぞ!」
「ゾンビ共が紙屑みてぇに吹っ飛んでいくぜ!」
彼女達の戦いぶりを見た冒険者達も、更に活力を取り戻し、言い争いまで始まるぐらい気合いが入ったようだ。
「……あの2人は喧しくて馬鹿だけれど、他の人間を奮い立たせる何かを持っているのよね」悪口混じりに鼻を鳴らしたネージュが、感嘆と呆れと、少しの尊敬を混ぜたような小声で溢した。
「戦い方が派手だから、見ている者にもインパクトが強いのかしらね」
暗黒騎士風の兜をしているネージュの表情は見えないが、もしかしたら微笑を浮かべているのかもしれない。そんな声音だった。
「そうかも。でもこういう時は、あの2人が仲間だとホントに心強いよ」苦笑しながらローザも頷き、汗を拭いつつ、魔導拳銃に装填している魔法弾を入れ替えていく。「カルビ、エミリア、神殿東側と西側は、もう大丈夫なの?」
『あぁ。空を飛んでやがるゾンビ共が、西側に集まる動きを見せてる。おかげで東側から襲撃してくるゾンビ共の数が減って、ちょっと手が余りかけてたんだよ』
『私も同じような状況でしたわ。……恐らくはゾンビ達も、あの女神型ゾンビと共に、西側から守備隊を一点突破するつもりなのでしょう』
このカルビとエミリアの話を聞いて、「状況が見えてきたわね……」とネージュが溢した。
「……実質的に、これが決戦って感じかな」
ローザも頷き、周りを素早く見回してから、空にも目線を巡らせた。
神殿の守備戦線は、まだ持っている。耐えている。冒険者達が、必死に戦い続けているからだ。
そんな冒険者達を殲滅すべく、女神ゾンビが広範囲に向けた強力な攻撃魔法を詠唱しているし、その女神を守るように、或いは、突撃準備を整えるかのように、有翼ゾンビ達も西側に集まりつつある。
この流れなら、じきにサニアも西側に回り込んでくるだろう。神殿の屋上を振り返って見上げると、『正義の刃』の魔術士隊も詠唱を重ねているようで、編まれていく魔術の燐光が、幾重にも重なって夜空に立ち昇っている。
あそこにはルフルと、アッシュが居る。だが、女神ゾンビへの物理攻撃は期待できないし、すべきではない。今の女神ゾンビは強固な防御術陣を展開しているし、アレを突破するのは至難だろう。
だが、ローザの頭の中には、1つの作戦が出来上がっていた。いや、作戦というよりも、有効打になりうる手を打てるというだけだが、無いよりはマシだ。
「……まぁ、やるしかないんだけどね」
我ながらバカげた考えだと思うが、どのみち、あの女神ゾンビは倒さないと、エルン村に朝はやってこない。
冒険者活動には、必ず装備と仲間が必要になる。これも父の教えだが、今はそれが揃っている。……多分、これが最後の勝機だ。
「カルビ、エミリア、合流しよう」
ローザは通信指輪に向けて、敢えて軽い口調で告げる。
「あの女神ゾンビを黙らせてやろうよ」
覚悟はできている。あとは実践あるのみだ。短く息を吐いたローザは、次は通信用の腕輪から、サニアに声を届ける。
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お忙しいなか、
今回も読んで下さり、ありがとうございました!
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